去年こぞ)” の例文
文覚もんがくとかいって、去年こぞの秋、熊野権現に、百日荒行あらぎょうの誓願を立てて、毎日、那智なちの滝つぼで、滝に打たれていたとか、申すことですが
去年こぞ英吉利人一族を率ゐて国に帰りし後は、しかるべき家に奉公せばやとおもひしが、身元からねば、ところの貴族などには使はれず。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
去年こぞの夏凡兆が宅にふしたるに、二畳の蚊屋に四国の人ふしたり。おもふことよつにして夢も又四くさと書捨たる事どもなど云出いいいだして笑ひぬ」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
先づ古今集といふ書を取りて第一枚を開くと直に「去年こぞとやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て来る実に呆れ返つた無趣味の歌に有之候。
再び歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
此剣これのために、父鉄斎とは幽明ゆうめいさかいを異にし、恋人栄三郎を巷に失った不離剣ふりけん……去年こぞの秋以来眼を触れたこともなく
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何時いつもながら若々として、神々しきばかりの光沢つやみなぎれど、流石さすが頭髪かしら去年こぞの春よりも又た一ときは白くなりまさりたり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
丘はまだはだら雪で蔽われているのに、それを押しのけるようにして土筆つくしが頭をだす。去年こぞの楢の枯葉を手もて払えば、その下には、もう野蒜のびるの緑の芽。
葡萄蔓の束 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
伊之助の膝へ手を突いてホロリと泣いたのは真の涙で、去年こぞ別れ今年逢う身の嬉しさに先立つものはなみだなりけり。
うつさばやのこゝろあつく去年こぞより武藏野むさしのはあれどにげみづのそこはかとなくかくろひてさのみしるひともなかりしを
うもれ木:01 序 (旧字旧仮名) / 田辺竜子(著)
一四四いづれ消息せうそこを見ずばあらじとて、ふたたび山にのぼり給ふに、一四五いかさまにも人のいききえたると見えて、去年こぞふみわけし道ぞとも思はれず。
その精誠に至りては、天もまた泣くべし。「かくとしも知らでや去年こぞのこの頃は君をら行く田鶴たずにたとえし」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
去年こぞも一昨年も先方には大人の末社がつきて、まつりの趣向も我れよりは花を咲かせ、喧嘩に手出しのなりがたき仕組みも有りき、今年又もや負けにならば
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
曰く「この秋の君の心! 思へばありしことども思ひ偲ばる。『去年こぞ冬の、今年の春!』といふ君が言葉にも千万無量の感湧きでて、心は遠く成願寺のあたり」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
散りたる去年こぞの枯葉も寂しけど寒しとも無み、何かしら萠ゆる緑の春は早や竹の根にあり。よき湿しめりかくて湿らば、竹煮草、葛、蕗の薹ややややにすずろき出でむ。
昼食ひるげしながらさまざまの事を問うに、去年こぞの冬は近き山にて熊をりたりと聞き、寒月子と顔見合わせて驚き、木曾路の贄川、ここの贄川、いずれ劣らぬ山里かな
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
去年こぞ見てし秋の月夜は照らせども相見しいもはいや年さかる」(巻二・二一一)、「衾道ふすまぢ引手ひきての山に妹を置きて山路をゆけば生けりともなし」(同・二一二)がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ふみわくる道とにもあらざりしかど、去年こぞの落葉道をうずみて、人多く通う所としも見えざりき。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
去年こぞ九重こゝのへの雲に見し秋の月を、八重やへ汐路しほぢ打眺うちながめつ、覺束なくも明かし暮らせし壽永二年。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
河や、田に滿々と濁水を湛へて、去年こぞの枯れ草の殘骸や、水際の灌木の骸骨を水浸しにする。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
十日とをかの朝八時頃、𤍠田丸の此処ここに入港せしと云ふを聞き、私は心ときめき申しさふらふ去年こぞ君の乗り給ひたればとて今その影のとゞまれるならねど、ゆかりはうれしくはた悲しきものにさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
白城の城主狼のルーファスと夜鴉の城主とは二十年来のよしみで家の子郎党ろうどうの末に至るまでたがいに往き来せぬはまれな位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年こぞの春の初からである。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
去年こぞの秋江上の破屋に蜘蛛くもの古巣をはらひてやゝ年も暮れ、春立てるかすみの空に白川の関こえんと、そゞろ神のものにつきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取るもの手につかず。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やみうれえ何処にはては落ち行くであろう。……うす紫に匂う、希望の星の光は遠い。……去年こぞの秋、この道を歩いた時は、恋しい影がいていたものを……今は思いにやつれしさすらい人!
窓の上の屋根に打ちかぶさるばかりに茂り広ごりたるが、去年こぞの春見しが如き、血の色せる深紅の花は一枝も咲き居らず。屍肉の如く青白き花のみ今を盛りと咲き揃ひ居りしこそ不思議なりしか。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
も手さぐりにて去年こぞの秋九月本伝第九輯四十五の巻まで綴りはた
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
師父空穂召されしと知るわれのに「去年こぞの雪」あり遺品かたみとなりぬ
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
去年こぞゆきし姉の名よびて夕ぐれの戸に立つ人をあはれと思ひぬ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
友われの手を握りつつもの言ひし去年こぞの最後のかの日思ふも
斎藤茂吉の死を悲しむ (旧字旧仮名) / 吉井勇(著)
年の内に春は来にけり一年ひととせ去年こぞとや言はむ今年ことしとや言はむ
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
本当にこの手紙は、去年こぞとやいわん、今年とやいわん。
去年こぞ見しと同じきすみに石亀は向ふむきたりほこりを浴びて
河馬 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
去年こぞとやいはむ今年とや年のさかひもみえわかぬ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ほつれたる去年こぞのねござのしたゝるく 兆
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そして去年こぞの雪はどこにたずねよう。
私の果樹園 (新字新仮名) / 三木清(著)
去年こぞ今日けふくはりきとあきの雨
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さはれ去年こぞの雪いづくにありや
鳥獣剥製所:一報告書 (新字旧仮名) / 富永太郎(著)
恋しとよ去年こぞの今宵の夜もすがら
去年こぞ来て鳴きしもこの鳥か。
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
去年こぞなが姉はこゝにして
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
取りいでし去年こぞあはせ
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
去年こぞの雪いづこ
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
去年こぞも今年も
枯草 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
はや去年こぞのむかしとなりぬ。ゆくりなく君を文づかひにして、ゐや申すたつきを得ざりければ、わが身の事いかにおもひとり玉ひけむ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この中国にを唱えた祖先赤松一族の行方はどこにありましょう。ぼうとして、去年こぞの秋風を追うようなはかない滅亡を遂げたままです。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先づ古今集といふ書を取りて第一枚を開くと直に「去年こぞとやいはん今年とやいはん」といふ歌が出て來る實に呆れ返つた無趣味の歌に有之候。
歌よみに与ふる書 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
記憶おぼえのよければ去年こぞ一昨年おととしとさかのぼりて、手振てぶり手拍子てびやうしひとつもかはことなし、うかれたちたる十にんあまりのさわぎなれば何事なにごとかどたちちて人垣ひとがきをつくりしなかより。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そちは何時いつぞやの熊であったか、先程はう加勢をしてくれやった、其方そちと私とういう因縁か知らぬが、去年こぞの冬から我身を助け、今又此処こゝに来合わして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
散りたまる去年こぞの枯葉も、寂しけど寒しともなみ、何かしら萠ゆる緑の、春は早や竹の根にあり。よき湿しめりかくて湿しめらば、竹煮草、葛、蕗の薹ややややにすずろき出でむ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ふみわくる道とにもあらざりしかど、去年こぞ落葉おちば道をうずみて、人多くかよふ所としも見えざりき。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
我がいへにもしばしばまうで給うて、いとも三五うらなく仕へしが、去年こぞの春にてありける。