厭味いやみ)” の例文
厭味いやみな喉を振りしぼつて、ほろゝん、ほろゝんの唄などをうたひ出した容子が、鷹揚な機關手のまなこに餘程異樣と映つたのであらう。
城ヶ島の春 (旧字旧仮名) / 牧野信一(著)
隨分ずゐぶん厭味いやみ出來できあがつて、いゝ骨頂こつちやうやつではないか、れは親方おやかた息子むすこだけれど彼奴あいつばかりはうしても主人しゆじんとはおもはれない
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
民間は官途に一もく置くものと信じているから、大谷夫人の厭味いやみを当然の卑下ひげと認めて、御機嫌よく暇を告げた。大谷夫人はこれからだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
毎日夕方からお湯に入りに行くことを日課にしているその女の意気がった髪に掛けた青い色の手絡てがらたまらなく厭味いやみに思うものであった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時たま厭味いやみのようなことを云わぬではなかったが、正面から責めたことはない。細君のあけみに対しても同じ態度をとっていた。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
尊重し、みずから『無縁の衆生』と称し、あるいは『新興階級者に……ならしてもらおうとも思わない』といったりする……女性的な厭味いやみ
片信 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
馬鹿律氣ばかりちぎなものに厭味いやみいた風もあり樣はない。其處に重厚な好所かうしよがあるとすれば、子規の畫は正に働きのない愚直ものゝ旨さである。
子規の画 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
母から厭味いやみや皮肉を言われて泣いたのはだ悲くって泣いたので、自分が優しく慰さむれば心も次第に静まり、別に文句は無いのである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
箱根の山の大自然の中に、ここばかり一寸ちょっと人間が細工をしたと云ったような、こましゃくれた、しかし、厭味いやみのない小公園だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかして古雅幽玄なる消極的美の弊害は一種の厭味いやみを生じ、今日の俗宗匠の俳句の俗にして嘔吐おうとを催さしむるに至るを見るに
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
とかく柔弱にやけたがる金縁の眼鏡も厭味いやみに見えず、男の眼にも男らしい男振りであるから、遊女なぞにはわけて好かれそうである。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
……柱も天井も丈夫造りで、床の間のあつらえにもいささかの厭味いやみがない、玄関つきとは似もつかない、しっかりした屋台である。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが私にはそれが旺盛おうせいで、その点では咢堂の厭味いやみを徹底的にもっている。自分ながらウンザリするほど咢堂的な臭気を持ちすぎている。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
春宵怨しゅんしょうえん」とも言うべき、こうしたエロチカル・センチメントを歌うことで、芭蕉は全く無為むいであり、末流俳句は卑俗な厭味いやみに低落している。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
すなわち感情が事実にこんじやすい。ゆえに事実を冷静に客観的に述べないで、あるいは厭味いやみを付加したりあるいは喜ぶ意を含ましめたりする。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そんな厭味いやみな、気障きざな態度は、およしなさい。不満があるなら男らしく、はっきりおっしゃって下さい。私は、そんな言いかたは、きらいです。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
予は和蘭ヲランダ派のリユウバンスについその気魄きはくと精力の偉大、その技巧の自由を驚歎しながら、何となく官臭とも云ふべき厭味いやみのあるのに服しなかつたが
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それでも、高等学校の時分、三造には、この伯父のこうした時代離れのした厳格さが、甚だ気障な厭味いやみなものに見えた。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
もし上手に描いたとしたら、それは拙いよりもなおなお厭味いやみである。文章にしてもこの時代においてかなり嫌味である。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「そんならお前も奧さんが死なはるやうに、風呂の踏石のことを旦那に言はんのやなア、あゝさうか。」と、定吉は厭味いやみらしく言つて横を向いた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
リストは、気高い長老で曲馬師で新古典派で香具師やし、実際の気高さと偽りの気高さとの同分量の混合、晴朗な理想と厭味いやみな老練さとの同分量の混合。
今まで甘酸あまずっぱいような厭味いやみを感じていた提琴の音のよさがわかり、ジムバリスト、ハイフェツなどのおのおののき方の相違が感づけるくらいの
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
然し『方丈記』に現れた處では長明の思想は不徹底です。のみならず、その厭世的態度には何となくわざとらしい、誇張されたやうな厭味いやみがあります。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
私は一種の尊敬を以て、此のハイカラな厭味いやみもないではないが、いかにも青年らしい清純な姿の前に頭を下げた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
男の我々が見るとたまらなくキザで鼻持がならないもんだが、当時の若い女をゾクゾクさした作で、キザな厭味いやみな文句を文学少女は皆暗誦あんしょうしていたもんだ。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
あたかも生きた人間にむかって物言うごとき態度に出て、ごう厭味いやみを感じないのは、直接であからさまで、擬人などという意図を余り意識しないからである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
何うして花里さんが伊之さんと切れられるものかね、また無理もないから、男ぶりも厭味いやみッ気がないのだもの
緑雨の小説随筆はこれを再読した時、案外に浅薄でまたはなはだ厭味いやみな心持がした。わたくしは今日に至っても露伴先生の『讕言長語』の二巻を折々ひもといている。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから漱石氏はあまり厭味いやみのない気取った態度で駈足かけあしをしてその的のほとりに落ち散っている矢を拾いに行って、それを拾ってもどってから肌を入れて
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
今だから正直に言うと、その時あの人の顔には、下品な、皮肉とも厭味いやみともつかぬ表情が浮かんでいました。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
厭味いやみな婆あにすりゃあいいんだから、よくなくってどうするんだ。手近に、そのままのがいるじゃあねえか。そっくりそのまま真似ときゃあ、すむんだ。」
年輩の経理は厭味いやみな笑を作って——若いの、分っている癖に、あっさりとって置け——という眼付をした。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
実に馬鹿らしく形式だった厭味いやみなものであるので、吾輩の抹茶についても時折嘲笑ちょうしょう的痛罵を頂戴ちょうだいしたことがあったのである、だがそれもやはり酒のような筆法で
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
自分が少し知っていることで得意になって、ほかの人を軽蔑けいべつすることのできる厭味いやみな女が多いんですよ。
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
故意わざとならぬながめはまた格別なもので、火をくれて枝をわめた作花つくりばな厭味いやみのある色の及ぶところでない。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そこに篏めている眼玉のようにギラギラした大きな指環ゆびわも、日本人ならきっと厭味いやみになるでしょうに、かえって指を繊麗に見せ、気品の高い、豪奢ごうしゃな趣を添えています。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頭髪かみうなじあたりって背後うしろげ、あしには分厚ぶあつ草履ぞうりかっけ、すべてがいかにも無造作むざうさで、どこをさがしても厭味いやみのないのが、むしろ不思議ふしぎくらいでございました。
大きなカステラのはこ手土産てみやげに持って行ったので、大叔父は義理にからまれて、要求されただけの金をその場で払わされたとかで、私はさんざ大叔母に厭味いやみを言われた上
彼女たちは絶えず彼にながしめをくれ、つきまとい、思わせぶりや厭味いやみなどで彼をうるさがらせた。それだけならよかったが、やがて黒門のお登女さまの問題が起こった。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
頭がよく厭味いやみのない久兵衛のひとそのものにれて通って来る者ばかりといって過言かごんではない。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
鳴尾君の意識に厭味いやみな文学趣味など毛ほどもなかったことは云うまでもない。私はまた鳴尾君のことを時に「讃美歌牧師」と云ったりした。鳴尾君の声は純粋のバスだった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
我知らず熱心になつて、時には自分の考へを言つても見るが、其麽時には、信吾は大袈裟に同感して見せる。歸つた後で考へてみると、男には矢張り氣障きざ厭味いやみな事が多い。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
さはあれ、このお嬢様、べつに女紀文きぶんを気どる次第でもなく、厭味いやみな所もさらさらない。ただこうした色彩の雰囲気ふんいきにつつまれているのがわけもなく面白いのであるらしい。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この性格において私は先生の偉大さを切実に認めるとともに、そこに少しの厭味いやみをも伴うことなく、どこまでも懐かしさを感ぜしめることを、まことに貴とくも思うのである。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
よく禅僧などの墨せきにいやな力みの出ているものがあるが、そういう厭味いやみがまるでない。強いけれども、あくどくない。ぼくとつだが品位は高い。思うままだが乱暴ではない。
黄山谷について (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
私は、まだ名前を承わらぬと、厭味いやみをいわれたので、それにはいささか当惑しながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
まん目的もくてきげられたことがつたとしてもれはたゞにんかぎられてて、爾餘じよ幾人いくにんむなしくしかきはめてかる不快ふくわい嫉妬しつととから口々くちぐちそのにんむかつて厭味いやみをいうてまねばらぬ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
と八五郎、何とか厭味いやみなことを言われながらも、職業意識は独りで働きかけます。
ところで、今、幸い山鹿の方では気づかぬようなので、この間に帰ろうか、それとも、一言厭味いやみでもいってやろうか——と考えてみたが、とてもあの悪辣あくらつな男にはかなうまい、というより
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
事件のこの転回を見て自分の口惜くやしさをまったく隠しきれなくて、人はみんな自分自分のことをかまっていればいいものだ、というような厭味いやみを一つ二つ言うよりほかにしようがなかった。