鹿爪しかつめ)” の例文
彼は鹿爪しかつめらしく左のこぶしひざにつき、腕を直角にまげ、首飾りを解き、腰掛けにどっかとまたがり、なみなみとついだ杯を右手に持ち
君等きみらみたいな高等常識を持った記者諸君に「海上の迷信」なんて鹿爪しかつめらしい、学者振った話なんか出来る柄じゃ、むろんないんだ。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
世の中はなるべく鹿爪しかつめらしく儀式張ったり騒ぎ廻ってくれる方が、見ていて大変に変化あり、かつ面白く、景気もいいようである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
当人に云わせると、学問しただけに、鹿爪しかつめらしい理窟りくつなんじょうも並べるけれども。つまり過去と現在の中間を結びつけて安心したいのさ。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芸術の鑑賞と批評——などと鹿爪しかつめらしく言うのも烏滸おこがましいが、優れたる探偵小説なるものは誰が読んでも面白いものでなくてはならない。
「二銭銅貨」を読む (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
お得意さきのおなべどんに、鹿爪しかつめらしく腕組して、こんこんと説き聞かせているふうの情景が、眼前に浮んで来たからである。
思案の敗北 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わたしは、そうそう子供と見てもらいますまいという意気ごみで、できるだけ磊落らいらくな、しかも鹿爪しかつめらしい顔つきになって、こう言ってやった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「坐右」の語は僧に対する多少の尊敬を表し、「売卜ばいぼく先生」と言へば「卜屋算うらやさん」と言ひしよりも鹿爪しかつめらしく聞えて善く「訪はれ顔」に響けり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
『あんな鹿爪しかつめらしいかおをしているくせに、そのこころなかなんという可愛かわいいものであろう! これなら神様かみさまのお使者つかいとしておやくはずじゃ……。』
「だつて、急に起居振舞が少笠原流になつたり、膝つ小僧がハミ出してるくせに、日本一の鹿爪しかつめらしい顏をしたり、お前餘程あわてて居るんだらう」
この御方おかたは中津の御家中ごかちゅう、中村何様の若旦那で、自分は始終そのお屋敷に出入でいりして決して間違まちがいなき御方おんかただから厚く頼むと鹿爪しかつめらしき手紙の文句で
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、それまで鹿爪しかつめらしい表情をくづさずにゐた仲買の富田が、突然半畳を入れた。どつと立つた笑ひ声で、聞きとれなかつた者までがふき出した。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
それから、主人側と来客が鹿爪しかつめらしい声、よそゆきの口調を出しておたがいに、おテンタラの交換をするのであります。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
巫女は鹿爪しかつめらしく、お前が今日わしに逢うたのはせめてものさいわいだ、ここ二三日遅れたらもう取り返しがつかなかった。
その間を鹿爪しかつめらしく歩んで城から遠からぬ林中に入り、神足を修せんとしたが、鳥が鳴き騒いで仙人修行し得ず。
急いでそれ相応の防禦の道を講じなくてはなるまいと、コン吉が、まずそれとなく鹿爪しかつめらしい咳ばらいをし、さて、おもむろに舌を動かそうとしたとたん。
梓の羽織の袖に、まげ摺合すれあうばかり附着くッついて横坐よこずわりになったが、鹿爪しかつめらしく膝に手を置き、近々と顔を差寄せて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その隆夫が、なんだって朝っぱらからやってきて、この鹿爪しかつめらしい口のききかたをするのか、それは隆夫が三木をからかっているのだとしか考えられなかった。
霊魂第十号の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
小藤次にとって、士分になったのは、勿論、得意ではあったが、岡田利武という鹿爪しかつめらしさは、自分でも可笑おかしかった。そして、自分では、可笑しかったが、人から
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
人よ、これを単に他愛もなき坐談の一節なりとて、軽々に看過するなかれ。尊とむべき教訓は、あにかの厳たる白堊校堂裡、鹿爪しかつめらしき八字ぜんの下よりのみ出づる者ならむや。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
岡田式静坐法の姿勢を崩さないで、哲学者然と構え込んでいた南日君も、堪らなくなったと見えて、鹿爪しかつめらしい顔を窓の外へ出しながら、斯う言って仔細らしく首を捻った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その骨が艶麗の美女となって礼に来て喋々喃々ちょうちょうなんなん、おおいに壁一重隣の八さんを悩ますあの老人であるが、わがE師もまた、日頃、とにかく鹿爪しかつめらしいことを並べ立てながら
艶色落語講談鑑賞 (新字新仮名) / 正岡容(著)
すると、群衆の中に交じって、それとなく弥次っていた愚連隊の中から、神学生の今村がつかつかとそこへ出て来て、鹿爪しかつめらしく仲裁した。彼女は今村と何か目交めくばせをして
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
フランボーは鹿爪しかつめらしい顔をもたげた。そして黒い眼をこの友人の上にジッとえた。
兄弟分が御世話になりますからとの口上を述べに何某が鹿爪しかつめらしい顔で長屋を廻ったりした。すると長屋一同から返礼に、大皿に寿司をよこした。唐紙とうしを買って来て寄せ書きをやる。
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
実際それが久保田氏の仕業であったかどうかは判らないが、ともかくもそれを掲載した雑誌の編集者たる責任上、同氏から鹿爪しかつめらしい謝罪状を提出して事済みになったそうである。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
老人は娘のいる窓や店の者に向って、始めのうちはしきりに世間の不況、自分の職業の彫金の需要されないことなどを鹿爪しかつめらしく述べ、従って勘定も払えなかった言訳を吃々きつきつと述べる。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は折々突然に開き直って、いとも鹿爪しかつめらしくうなり出すと大業おおぎょう見得みえを切って斜めの虚空をめ尽したが、おそらくその様子は誰の眼にも空々しく「法螺忠」と映るに違いないのだ。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
これに限ったことではないが、いわゆる理科教育が妙な型にはいって分りやすいことをわざわざ分りにくく、面白いことをわざわざ鹿爪しかつめらしく教えているのではないかという気がする。
颱風雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
江戸以来の矢場、明治時代にも馬喰町の郡代、芝の神明前、浅草の奥山等に名残りを止めて楊弓店営業と鹿爪しかつめらしい看板、化生の女が下町の若衆相手に艶めかしい空気を漂わせたものだ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
兼ねての打ち合わせだが、鹿爪しかつめらしく近藤君を呼んで、て相談にとりかかる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
そこで私は、河田さんからもらった金を、恩返しだの何だのと鹿爪しかつめらしいことを言わずに、ただ彼に、少し落ち着いて勉強のできるようにと、すっかりそのまま、伊藤にやりたいと思った。
たちまち一ぱいして獻酬とりやりはじまつた。がれるものは茶碗ちやわんげて相手あひてもつてる徳利とくりくちけてさけこぼれるのをふせいだ。さけはじまつてからみなめう鹿爪しかつめらしくずまひをあらためた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
さて組合の禿頭はげあたまのトムソンが赤つちやけたる鹿爪しかつめらしき古外套ふるぐわいたうををかしがり
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
鹿爪しかつめらしい顔して、講座でもやられると、成程えらいもんじゃと思うが、昔木綿衣のを引っからげて、藁ですげた下駄をはき、網代笠をかぶって、門前へ饅頭買いに行かれたときを思うと
鹿山庵居 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
そこの校長は自分が一度も少年の時期をくぐりぬけた経験を持たぬような鹿爪しかつめらしい顔をして、君主の恩、父母の恩、先生の恩、境遇の恩、この四恩の尊さ難有ありがたさを繰返し繰返し説いて聞かせた。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二人がいくら話をしようと、少しもその声は他へ聞こえなかった。ベービの陽気な顔と動いてるそのくちびるとが見えていた。ザーミの鹿爪しかつめらしい大きな口は少しも開かずに、苦笑のしわを寄せていた。
たとえば無骨ぶこつ一偏の人と思った者にして、案外にも美音を発して追分おいわけうたう、これも一つの表裏ではあるまいか。またひげもやもやの鹿爪しかつめらしきおやじが娘の結婚の席上で舞を舞いていわうことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ヘッケルの進化論というのは、まさしく私たちが小学校で聞かされた話を、少し鹿爪しかつめらしくしたようなものであった。そしてその最後のところは、物質と勢力との一元論に落著おちつくというのであった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
丸井玉吾は鹿爪しかつめらしく首傾け「成程——花ちやんどうでげすな」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
鹿爪しかつめらしく袴なんぞ履きゃアがって、なんて恰好だい。
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
伊庭は鹿爪しかつめらしく、外国煙草をふかしながら
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
なんかと鹿爪しかつめらしく並べ立てていたのだ。
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すると先生は鹿爪しかつめらしく
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
「座右」の語は僧に対する多少の尊敬を表わし、「売卜先生ばいぼくせんせい」と言えば「卜屋算うらやさん」と言いしよりも鹿爪しかつめらしく聞えてよく「訪はれ顔」に響けり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
「じゃ、鹿爪しかつめらしく云い出すのも何だか妙だから、そのうち機会おりがあったら、聞くとしよう。なにそのうち聞いて見る機会おりがきっと出て来るよ」
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あまり鹿爪しかつめらしい態度をせずに打ちくつろいで訊問したほうが効果の多いことを知り、これを大訊問と称してこれまでしばしば行ってきたのである。
「だって、急に起居振舞たちいふるまいが小笠原流になったり、ひざっ小僧がハミ出してるくせに、日本一の鹿爪しかつめらしい顔をしたり、お前よほどあわてているんだろう」
その芝居たるや、役者はことごと羽織袴はおりはかま、もしくはフロックコートで、科白せりふが又初めからしまいまで、漢語に片仮名まじりの鹿爪しかつめらしい言葉ばかりである。
自分ではその氏も素性も知れない女を可愛がって勝手な真似をしながら、人の縁談に鹿爪しかつめらしいことを言って故障を入れる、その心が憎らしいではないか。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)