馴染なじ)” の例文
そしてその思いにも落ちつき、新しい周囲にも心が馴染なじんで来るにしたがって、峻には珍しく静かな心持がやって来るようになった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
をとこ女蕩をんなたらしの浮氣うはきもの、近頃ちかごろあによめ年増振としまぶりけて、多日しばらく遠々とほ/″\しくなつてたが、一二年いちにねんふか馴染なじんでたのであつた。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
楽しみ、それは演ぜられてる芝居から受けるのではなくて、よく知ってる癖をまた見て取られる馴染なじみの役者から受けるのであった。
しばらく棲んだ自分の小屋でありながら、下からしみじみ見あげる自然木の垂木たるきや小枝の木舞こまいはひどく馴染なじみのないものであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
吉原の仲之町、そこの夜桜よりは桐佐きりさのお才といわれたお綱の母と、まだ三十二、三であった世阿弥とは、かなり永い馴染なじみだった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ソーリン (ステッキにもたれながら)わたしはどうも、田舎いなかが苦手でな、この分じゃてっきり、一生この土地には馴染なじめまいよ。
そして今度は先にいた旅館には行かず、ずっと上京の方の、気の張らない、以前から馴染なじみのある家に往って滞泊することにした。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
また南洲なんしゅう自身についていえば、ようによりては外貌がいぼうおそろしい人のようにも思われ、あるいは子供も馴染なじむような柔和にゅうわな点もあった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
毎日馴染なじみの家をぐるぐるまわって歩いているうちには、背中の荷がだんだんかろくなって、しまいにこん風呂敷ふろしき真田紐さなだひもだけが残る。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
本郷界隈かいわいの或禅寺の住職で、名は禅超ぜんてうと云つたさうである。それがやはり嫖客へうかくとなつて、玉屋の錦木にしきぎと云ふ華魁おいらん馴染なじんでゐた。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一年足らずのうちに新吉はすっかり巴里に馴染なじんでしまった。巴里は遂に新吉に故郷東京を忘れさせ今日の追放人エキスパトリエにするまで新吉を捉えた。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なるほどなるほど、味噌はうまく板に馴染なじんでいるから剥落はくらくもせず、よい工合に少しげて、人の※意さんいもよおさせる香気こうきを発する。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかし、また二、三日すると、目に馴染なじんで来て、今度来た方の狆が、どうも本当の狆というものだということが分りました。
あれほどまでに心を許し慣れ馴染なじんで来た浦里が、これという特別の理由もないのに、彼の心に従わないのが、彼には不満でならなかった。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「いやあ、どうだい」医科の三番を漕いでいる背の高い西川という男が、高等学校以来の馴染なじみでこっちの窪田に話しかけた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
ほかの女と一緒に居並んでいる店頭みせさきの薄暗いなかを、馴染なじみであった日本橋の方の帽子問屋の番頭が、知らん顔をして通って行ったりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
太宰さんは硝子のはずれたのは天の与えとばかり、馴染なじみのスタンドへ持参し、これを交換物資として酒を所望したのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
二年前に船で馴染なじみになった時、二人はいろいろの事情から本当の氏名も名乗り合わず、境遇も住所も知らせずにいるうちに上海へ着いた。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
うまほうでもまたわたくしによく馴染なじんで、わたくし姿すがたえようものなら、さもうれしいとった表情ひょうじょうをして、あのおおきなからだをすりけてるのでした。
ふとしたことから馴染なじんだ客に、つとめを離れて惹かれて、ひそかにこの足留稲荷へ願をかけた一夜妻もあったであろう……。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
よく馴染なじんでおいでにならない姫君を、父君へ渡して立って行くのも、自分らの気がかり千万なことであろうし、話をお聞きになった以上は
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼女もいつかは此の都会の自然に馴染なじむ事だらうと思つてゐたが、彼女の斯かる新鮮な透明な自然への要求は遂に身を終るまで変らなかつた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
悪獣毒蛇でも、馴染なじめばなじめるのだから、日月星辰にも、近寄ろうとすれば近寄れない限りはないと想いつつあります。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は元は洲崎すさきかどこかに出ていて、留さんとはそこで馴染なじんだ。そのあと潮来かどこかへ変ってからも、幾たびか留さんが逢いにいったらしい。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
文章のきめの荒さや作者の身についている一つのぬーっとしたあぶらこさが、鼻にぬけるアメリカ英語と共通な反撥を感じさせるようで馴染なじめなかった。
そして内地に帰って来て一箇月ばかりの間に飲み馴染なじんでいたなだの酒に、いよいよ別れて往かなくてはならぬと云う軽いのこり惜しさを感じて来た。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私はもう四十だ。さらでも早く年を取る女の事、私は昔馴染なじんだ女の年老としとつたのを見るに忍びない氣がする。強ひても見たくないと思つてゐる………
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
それへ蓋をして軽いしをして二時間ほど置くと中の物がよく馴染なじみ合いますからそれを二寸角位に切って出します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
一しょに行こうじゃないか。己の方ではもうその考えに馴染なじんでしまっている。アルフレットのいう事なんぞはもううから己はあてにしていないのだ。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
如何いか馴染なじみでも、こんな遅い客を入れる事が出来ないのは明瞭だから彼はざるを積み終って電気を消そうとした。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
お菊はなかなか用心深くて、庭の樹の下なぞにひとりで遊んでいる方で、容易に他の子供と馴染なじもうともしなかった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お杉は重蔵に比べると、殆ど十歳とうばかりの姉であったが、何時いつこの二人がなれ馴染なじんで、一旦は山の奥へ身を隠した。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お初も、馴染なじむうちに、いつか、相手の本体を知った。が、知ってしまうと、尚一そう、その性格や渡世にまで愛着を感じないわけにはいかなかった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
それは妹の子供と同級の子供で、前には集団疎開に加わって田舎いなかに行っていたのだが、そこの生活にどうしても馴染なじめないので両親のもとへ引取られていた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
そして彼はどこへ行っても、自分自らのこの上もなく貧しい事と、何物とも馴染なじみ得ない孤独とを感じた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
練吉の息子の正雄はこの新しい母親に馴染なじまなかつた。それが正文夫婦には茂子の大変な欠点に見えた。正文は今ではさすがに練吉についてはあきらめてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
「馬鹿をいえ。お前たちの目にも、ここが○○市だってぇことが分るはずだ。ほら向うを見ろ。幾度もいってお馴染なじみの木馬館もくばかんの塔があそこに見えるじゃないか」
自分はその頃もっぱら焼酎で、催眠剤を用いてはいませんでしたが、しかし、不眠は自分の持病のようなものでしたから、たいていの催眠剤にはお馴染なじみでした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……ハテ……どこかで聞いたような……と思い思い新聞を見るふりをして聞くともなく聞いていると、それは顔馴染なじみの警視庁のT刑事と、下宿の女将おかみの話声だった。
冗談に殺す (新字新仮名) / 夢野久作(著)
文子はそのころもう宗右衛門町の芸者で、そんな稼業かぎょうとそして踊りに浮かれた気分が、幼な馴染なじみの私に声を掛けさせたといえましょうが、しかし、私はうれしかった。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
奥の方に通り抜け、私の席についた。食器に麦酒がトクトクとつがれるのを眺めながら、私は此の騒然そうぜんたる雰囲気に何か馴染なじめない気がした。卓が白い泡で汚れている。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
はじめは何処どこのお子さんといたりして、姉妹で私の肩上げをつまんだりたもとの振りを揃えて見たりしていたが、段々に馴染なじんで先方むこうでも大っぴらに表の障子を明けひろげて
其れがめ特に良人をつとの妹を地方から来て貰つて留守を任せた。子供等は叔母さんに馴染なじんで仕舞しまつた。叔母さんからの手紙は断えず子供等の無事な様子を報じて来る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
僅か三時間ほど馴染なじんだだけで、これだけの信頼を見せる右文の動作はいたく私の心をうった。部屋の隅で子守唄を歌ってやると、すぐ眠った。二十年ぶりの子守唄だった。
一つ身の着物 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
朝暮あけくれ馴染なじんでいた柳の木の事であれば、伐るにしても、もっと伐りようがあると思うのであるが、家主方にはかえってその情けがなくって、他の木と違って柳の事であれば
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
とさりげなく調子は合わせたが、大分少年が馴染なじんできたのを見ると、ここで方向を換えた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
以前は自分もよく彼に馴染なじんで、無二の親友であつたのだが今云ふ如く自分の反對黨のために推されて、その旗頭の地位に立つに及び小膽者の自分は飜然ほんぜんとして彼を忌み憎み
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
夏も平林も、そうして私の心にも赤児が乳母の乳首に馴染なじんでくれればよいと思った。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
……だが、今ジナイーダの身に漠然ばくぜんと感じられるること、——それには何としても馴染なじむことができなかった。……「男たらし」と、わたしの母はいつぞや彼女のことをののしった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
まだ物馴ものなれぬときのことで、弥一右衛門や嫡子権兵衛と懇意でないために、思いやりがなく、自分の手元に使って馴染なじみのある市太夫がために加増になるというところに目をつけて
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)