かんざし)” の例文
「あっ——」というと、夜目にもきわだつ凄艶せいえんな顔がむきだされて、頭巾に飛ばされた珊瑚さんごかんざし、お綱に、もうこれまでと思わせた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
興哥はそこへ歩いて往った。黄金のかんざしが落ちていた。しゃがんで拾って空の明るみに透して見ると、鳳凰の形にこしらえた物であった。
金鳳釵記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
すがる波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、かんざし鸚鵡おうむの白くはねうつが如く、月光にかすかに光つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
むらの物を借りたのであろう、地味な鼠色小紋の着物に、黒っぽい帯をしめ、頭には蒔絵まきえくしと、平打ちの銀のかんざしをさしていた。
その木戸を通って (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから猫に赤い首玉を入れて鈴をつけて、女の襟と袖口と帯とに赤い線を少し引いて、頭にはふさのついたかんざしを一本けた。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
珊瑚さんごかんざしもつつましい。よく気を入れて見ると、びんの毛がちとほつれたまま写っている。顔に窶れの見えるのはそのためであるかも知れない。
十一娘はそこで別れて帰ることにして、金のかんざしをとって三娘にやった。三娘ももとどりの上にさした緑のかんざしをぬいて返しをした。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
松をまた人間に当てめるならば車の矢の様に四方に出る枝は睦まじい一家の団欒だんらんにも比する事が出来ますし、またかんざしあしをなした葉は何時いつも離れず連れ添うて居り
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「伯爵のかんざし」は、大正九年一月號「婦女界」に掲げられた泉先生の新作である。元來先生の作品は、部分的には冴えた客觀的描寫の手腕を見せながら、大體の構想と仕組は物語風ナレエテイブである。
平次は小首を傾けて、むごたらしい殺されようをした女の頭を見詰めております。そこには、不思議に落ち散りもせず玳瑁たいまいくしと、珊瑚さんごの五分玉に細い金足をすげたかんざしがもう一本あったのです。
おとよは金めっきの足に紅玉の玉をつけたかんざしをさし替え、帯締め直して手早く身繕いをする。ここへ二十七、八の太った女中が、茶具を持って上がってきた。茶代の礼をいうて叮嚀ていねいにお辞儀じぎをする。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
飛騨山脈の主脈はこの蓮華岳からかんざしの股のように二つに岐れて、東と西とに対峙した高大な連嶂れんしょうが相並行して南北の方向に長く続いている、西に在るのが立山山脈で、東に在るのが後立山山脈である。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
お国は黙って、かんざしで、自棄やけに頭を掻いていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
躯のふるえのしずまるのを待っていたらしい、やがて、頭から銀の平打のかんざしを抜き取ると、それを右手に持って、静かに四帖半の襖をあけた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
紫玉は、はじめて納得したらしく、ひとみをそらす時、まげに手をつて、かんざしに指を触れた。——指を触れた釵は鸚鵡おうむである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
曹操自身すら、その渦中に巻きこまれ、馬は狂いに狂うし、冠のかんざしは飛ばすし、髪はみだれ、旗下はたもとどもは後先になり、いやもうさんざんな態であった。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女はかんざしを抜いて水の中に投げた。と、見ると一そうの舟が湖の中から出て来た。女はそれに飛び乗って鳥の飛ぶようにいったが、またたく間に見えなくなった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
鍋のかけら、あかの薬缶、鉄鍋、真鍮の煙管きせる、何でも同じこと、お望みなら山吹色の小判でも、貴方あなたがたの鼻の先で、見事瞬きする間に銀にしてお目にかける、嘘だと思う方は煙管でも、かんざしでも
あんたには気のどくだが、しかたがないことじゃ、諦めておくれ、半年ほど患ってて、二ヶ月前に歿くなったのじゃ、あんたの処から許嫁の証に貰っていた鳳凰のかんざしは、あれは棺の中へ入れてやった。
金鳳釵記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女は頭へ手をやり銀の平打のかんざしを抜き取ると、それを逆手に持って云った、「二人ともきっと殺してみせるわ、きっとよ」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あなたを大のご贔屓ひいきの、中坂下のお娘ごのお達引で、金子きんす珊瑚さんごかんざしの、ご心配はもうなくなりましたと申したのは、実は中洲、月村様のお厚情こころざし
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だが、髪にとめた安翡翠ひすいかんざし一つが、さして美人でもないこの娘の可憐さを、いとど秋の蝶のように眺めさせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寝ていた村の人達は皆帰っていったが、懶け者の王成一人は陽が高く昇るまで寝ていて起き、それでまだぐすぐすしていて帰ろうとすると、草の根もとに金のかんざしが一つ光っていた。
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「——向う山で鳴く鳥は、ちいちい鳥かみい鳥か、源三郎のみやげ、なにょうかにょう貰って、金ざしかんざしもらって……」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
知らないふりして、目をそらして、紫玉がかんざし俯向うつむいた。が、濃い睫毛まつげの重く成るまで、坊主の影はちかづいたのである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
晴れの黒髪から、銀のかんざしを抜き取って川の中へ、そっと落した。——細い月の光が、キラキラと沈んで行った。
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そっと金のかんざしを質に入れて、その金で親類の家をかたっぱしから探して、い花の種を買って植えたが、数月の中に、家の入口、踏石ふみいし垣根かきね、便所にかけて花でない所はなくなった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「——向う山で鳴く鳥は、ちいちい鳥かみい鳥か、源三郎のみやげ、なにょうかにょう貰って、金ざしかんざしもらって……」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぶら提灯ちょうちんが、けて、みぞへ落ちた。板新道の女が、かんざしを落として、舌うちをする。町人は、軒下へりついて
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
抜いて持ったかんざしびんれに髪に返そうとすると、や、するごとに、手のしなうにさえ、得も言われない、異な、変な、悪臭い、たまらない、臭気においがしたのであるから。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あなたには結婚の機がもう動いているのですが、魔劫まごうがまだ消えないのですから、私はこれまでお世話になった恩返しと思って来たのです。ではお別れして、あなたからいただいた金のかんざし
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「銀の平打のかんざし」と青木千之助はつぶやいた、「片方は裏梅の彫りで片方は花菱はなびしだった、注文して打たせたものではなく、小間物屋で買った品だろう」
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かんざしゆら気勢けはいは、彼方あちらに、お嬢さんの方にして……卓子テエブルの其の周囲まわりは、かえつて寂然ひっそりとなりました。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
西行が白峯紀行にも書いた「——清涼せいりやう紫宸ししいの間、百官にかしづかれ給ひ後宮後坊のうてなには、三千の美翠びすゐかんざし、あざらかにて、おんまなじりに懸らんとのみしあはせし給ひし……」
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
花城は自分でむすめを送って来た。女は華やかに化粧をしていたが、その容光きりょうが人を照らすほどであった。羅夫婦はひどく悦んで、一家の者を呼びあつめて酒盛をした。翩翩はかんざしたたいて歌った。
翩翩 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
翌日もやはり雨が降っていたが、彼は城下町までいって、出来合のかみしもや鼻紙袋や、扇子、足袋、履物などを買い、かなり金が余るので、妻のためにかんざしを買った。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かんざしゆら氣勢けはひは、彼方あちらに、おぢやうさんのはうにして……卓子テエブル周圍まはりは、かへつて寂然ひつそりとなりました。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
兄弟は、黄金こがねかんざしを持って、母に教えられたとおり、そっと戻って、農家の軒下へ行った。そして、まだほかにも吊るしてある干菜かんさいや柿の縄へ、その釵をして帰って来た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老婆はかんざしを細君にやって
王成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「あたしは同じことを考えたのです、いよいよ自分は殺されるだろう、こんどこそ殺されるだろうって、——それで、あたしはかんざしを取りました、ごらんなさい、この釵です」
吹矢のみちから公園へ入らないで、引返したので、……涼傘を投遣なげやりにかざしながら、袖を柔かに、手首をやや硬くして、あすこで抜いた白金プラチナ鸚鵡おうむかんざし、その翼をちょっとつまんで
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「いいよ。私も手伝ってあげるから、お前もそのかんざしなんか拾って——気を持ちなおしたがいい。こんな物が散らばっていると、いつまでも腹が立っていてしようがありやしない」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかけて、男に寝間へ忍んで来させる、それから相当ないろもようがあるらしいんだが、すっかり男がのぼせあがって、無抵抗な状態になったとき、かんざしでぐっとやるんだそうです
「櫛も、かんざしも。どこへぱしって行きやがったのだろう。おれを置き去りにしやがって」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
びん後毛おくれげを掻いたついでに、白金プラチナ高彫たかぼりの、翼に金剛石ダイヤちりばめ、目には血膸玉スルウドストンくちばしと爪に緑宝玉エメラルド象嵌ぞうがんした、白く輝く鸚鵡おうむかんざし——何某なにがしの伯爵が心を籠めたおくりものとて、人は知って
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蜀江織しょっこうおりの薄むらさきの鸞帯らんたい——つまり大事な物入れとして肌身につけておく腹おび——に、かんざしにでもなりそうな翡翠玉ひすいだま瑪瑙めのうの付いたくくひもが、たらりと、それにかかっている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
派手すぎてなまめかしいような着物や帯がえ、かんざし、なかざし、くしこうがい手筐てばこ、文庫、手鏡などという風に。——真沙はつとめて悦ぼうとした、なかには本当に嬉しい物もあったから。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
其處そこたづねまして、はじめて、故郷ふるさとまでとほくない、四五十里しごじふりだとふのがわかつて、それから、かんざしり、おびつて、草樹くさきをしるべに、つとをかさねてかへつたのでございます。
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
楊雄はさてと、巧雲の髪から抜き取ってきたかんざしを出して、前払いの物代ものしろとした。そしてさっきの若い男が何か面白そうなので、それをも加えた車座の四人でやがて飲みはじめた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
姐さんは落ちていたかんざしを拾って、やけに髪の根を突つきながら立ち上がった。