酸漿ほおずき)” の例文
青鬼のようになった三好の両眼が、酸漿ほおずきのように真赤になった……と思ううちに鼻の穴と、唇の両端から血がポタポタとしたたり出した。
オンチ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真菰まこもの畳を敷いてませ垣をつくり、小笹の藪には小さな瓢箪と酸漿ほおずきがかかっていた。巻葉を添えた蓮の蕾。葛餅に砧巻。真菰で編んだ馬。
黄泉から (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「血に飢えた、血に飢えた、獣物の肌の臭いがする。肉に吸い付いて、腹が赤く、酸漿ほおずきのように腫れ上るまで生血を吸いたい。」
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
金歯をめているのが見え、いつも酸漿ほおずきを口に含んでいた。売り声にも年季が入っていて、新米には真似られない渋さがあった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
月が血煙りにぼかされて、一瞬間赤く色を変え、まるで巨大な酸漿ほおずきが、空にかかったかと思われたが、それを肩にした弁天松代が
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
端の方に肥った二十三、四の色の浅黒い女が、酸漿ほおずきを鳴らしながら、膝を崩して坐っていたので、お庄はそっとその傍へ行って聞いてみた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
素顔に口紅でうつくしいから、その色にまがうけれども、可愛いは、唇が鳴るのではない。おつたは、皓歯しらは酸漿ほおずきを含んでいる。……
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また『和名抄』に蟒蛇ぼうじゃ、和名夜万加々知やまかがち、『古事記』に赤加賀智あかかがちとは酸漿ほおずきなりとあれば、山に棲んで眼光強い蛇を山酸漿やまかがちといったのであろう。
紅い丹波酸漿ほおずきを売る店の出る水天宮の縁日を想い出したり、とりこになった影画芝居の王子さまのことを考えたり、どうしても箸は遅くなります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本名はイガホオズキ、またオニホオズキともいうそうで、皆もよく知っている酸漿ほおずきとともに、茄子科なすかに属する草なのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
庭の酸漿ほおずきが赤く色づき、葉がむしばまれたまま、すがれてゆく頃、私は旅に出て、山の宿でさびしい鳥の啼声を聴いた。
忘れがたみ (新字新仮名) / 原民喜(著)
口さえ動かしていれば退屈が凌げる。アメリカの婦人がチュウインガムを噛み日本の娘が酸漿ほおずきを鳴らすのは或はこの辺の必要を補う為めかも知れない。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
酸漿ほおずき電灯の下をくぐり、そこにポツンポツンと三味を弾いて、これから商売にかかろうとする新内流しの二人連れに訊ねると、待合の紅高砂家はすぐ分った。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
巌畳がんじょうな支那の中年男が、酸漿ほおずきのしぼんだようなものを何本となく藁束わらたばに刺したのを肩へ担いで、欠伸あくびみたいに大きくゆっくり口を開けるたんびに、円い太い声が
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
白い紙に、元禄時代の女のひとが行儀わるく坐り崩れて、その傍に、青い酸漿ほおずきが二つ書き添えられて在る。この扇子から、去年の夏が、ふうと煙みたいに立ちのぼる。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この歌は酸漿ほおずきを主として詠みし歌なれば一、二、三、四の句皆一気呵成かせい的にものせざるべからず。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
俥から現れたのは、酸漿ほおずきのように赤く肥った中年の僧侶だった。法衣こそは纒っているが、金ぶちの眼鏡の下には慾望そのもののような脂肪あぶらぎった贅肉が盛り上がっていた。
棄てる金 (新字新仮名) / 若杉鳥子(著)
間もなく酸漿ほおずきほどの火玉となり、さらさらさっと八方へ、麻の葉のような火華をちらした。
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
巧いでしょうと笑いながらちょっと筆を置いた時酸漿ほおずきの鳴る音のしたのが、追々ことばのぞんざいになる始めであったが、それが貞之進には隔てのなくなったこととのみ思われて
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
国の方で素枯すがれたねぎなぞを吹いている年ごろの女が、ここでは酸漿ほおずきを鳴らしている。渋い柿色かきいろの「けいし」を小脇こわきにかかえながら、うたのけいこにでも通うらしい小娘のあどけなさ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
年々ねんねん酸漿ほおずきが紅くなる頃になると、主婦はしみ/″\彼女をおもい出すと云うて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
万歳をとなえる声がにぎやかに聞こえる。やがていとまを告げた医師は、ちょうどそこに酸漿ほおずき提灯を篠竹しのたけの先につけた一群れの行列が、子供や若者に取り巻かれてわいわい通って行くのに会った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
梅子は枝豆の甘皮あまかわ酸漿ほおずきのやうにこしらへ、口の所を指尖ゆびさきつまみ、ぬかに当ててぱちぱちと鳴らしてゐる、そこへ下より清さんがおいでですとの知らせと共に、はしごを上り来る清二郎が拵は細上布ほそじょうふ帷子かたびら
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
晩年には益々こうじて舶来の織出し模様の敷布シーツを買って来て、中央に穴を明けてスッポリかぶり、左右の腕に垂れた個処を袖形そでがたって縫いつけ、まる酸漿ほおずきのお化けのような服装なりをしていた事があった。
この指したところを見ると、ぼうっと、一隅だけ酸漿ほおずきのように赤い。
卑弥呼ひみこは竹皮を編んで敷きつめた酒宴の広間へ通された。松明たいまつの光に照された緑のかしわの葉の上には、山椒さんしょうの汁で洗われた山蛤やまがえると、山蟹やまがにと、生薑しょうがこい酸漿ほおずきと、まだ色づかぬ獮猴桃しらくちの実とが並んでいた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこでいよいよマハツブの話になるが、昔の昔の大昔、酸漿ほおずきとマハツブとは姉と妹、二人の同胞はらからであったという。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
黒漆の縁の森林からは、絶えず点々と火の光が、あるいは酸漿ほおずきのようにあるいは煙火はなびのように、木の間がくれに隠見して見えた。松火たいまつ提灯ちょうちんの火なのである。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
飯粒まんまつぶいてやった、雀ッ子にだって残懐なごりおしいや、蔦ちゃんなんか、馴染なじみになって、酸漿ほおずきを鳴らすと鳴く、流元ながしもとけえろはどうしたろうッてふさぐじゃねえか。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まる天井から、淡紅うすべに色の絹布きぬぎれに包まれた海月くらげ型のシャンデリヤが酸漿ほおずきのように吊り下っていたが、その絹地に柔らげられた、まぼろしのような光線が、部屋中の人形を
白菊 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
小さな防空壕ぼうくうごうのまわりにしげるままに繁った雑草や、あかく色づいた酸漿ほおずきや、はぎの枝についた小粒の花が、——それはその年も季節があって夏の終ろうとすることを示していたが
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
奥様から頂いた華美はでしまの着古しに毛繻子けじゅすえりを掛けて、半纏はんてんには襟垢えりあかの附くのを気にし、帯は撫廻し、豆腐買に出るにも小風呂敷をけねば物恥しく、酢のびんは袖に隠し、酸漿ほおずき鳴して
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつか深い夜霧に暮れてしまった花咲町の向こう河岸を、あとからあとから紅白だんだらの酸漿ほおずき提灯が続いて大きく二列に動いていく真っ黒な人の流れからは、軍歌の声が湧き起こっていた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
と目笊はながしへ。お蔦は立直って腰障子へ手をかけたが、どぶの上に背伸をして、今度は気構えて勿体らしく酸漿ほおずきをクウと鳴らすと、言合せたようにコロコロコロ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
酸漿ほおずき木瓜きゅうりのようなありふれた紋ではいかんともすることができぬが、何か一所、形か物体かに特色のある紋なら、自然に家の由来を仮定せしむる材料となるのである。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
露草、鳳仙花ほうせんか酸漿ほおずき白粉花おしろいばな、除虫菊……密集した小さな茎の根元や、くらくらと光線を吸集してうなだれている葉裏に、彼の眼はいつもそそがれる。とすさまじい勢で時が逆流する。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
と声を掛ると、おつぎさんは酸漿ほおずきを鳴しながら、小ぶとりな身体を一寸ゆすって
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いさりをしている舟のかがり火が、数点酸漿ほおずきのように遠方に見え、長地おさち村、湊村、川岸村、湖水を囲繞している村々は、その背後に頂きだけを、月光に明るめている山々の、裾の暗さに融け込んでいて
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
カバンをげた男、店頭に置かれている鉢植はちうえ酸漿ほおずき、……あらゆるものが無限のかなたで、ひびきあい、結びつき、ひそかに、ひそかに、もっとも美しい、もっとも優しいささやきのように。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
そうして姉妹二人の小鳥が、ちょうどお化粧をしていたときにというかわりに、その二人も酸漿ほおずきとマハツブとのように、めいめいの着物を織ろうとしていたという話になっているのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、ただ先哲、孫呉空は、蟭螟虫ごまむしと変じて、夫人の腹中に飛び込んで、痛快にその臓腑ぞうふえぐるのである。末法の凡俳は、咽喉のどまでも行かない、唇に触れたら酸漿ほおずきたねともならず、とろけちまおう。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
五〇 死助しすけの山にカッコ花あり。遠野郷にても珍しという花なり。五月閑古鳥かんこどりくころ、女や子どもこれをりに山へ行く。の中にけて置けば紫色むらさきいろになる。酸漿ほおずきのように吹きて遊ぶなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
酸漿ほおずきを鳴らすがごとく
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)