逗留とうりゅう)” の例文
「きのうまで手前共に逗留とうりゅうでしたが、いつまでも手がかりが無いので、いったん江戸へ帰ると云って、今朝ほどお立ちになりました」
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宿の娘ではないし、誰か連れがあって冬籠ふゆごもりをする逗留とうりゅうの客に違いない。その連れはいずれも相当の教養もあり、風流も解する人だ。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この二十九日には、信長が安土を立つと聞いては、光秀もさすがに、ここ七日間の逗留とうりゅうを顧みて、心をせかれずにはいられなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人あるじと妻と逗留とうりゅうに来て居る都の娘と、ランプを隅へしやって、螢と螢を眺むる子供を眺める。田圃たんぼの方から涼しい風が吹いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
同じころボストン市に逗留とうりゅう中、日曜日の夕方、かの有名なる歴史的の公園地「コンモンス」にぶらぶら散歩したところが、道傍みちばたに二
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「江戸趣味だか、呉服屋趣味だか知らないが、それから僕は爺さんとおおい肝胆相照かんたんあいてらして、二週間の間面白く逗留とうりゅうして帰って来たよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかもその朝東京から出掛けて来た自分たちと軽井沢に逗留とうりゅうしていられる寺田さんたちとが、こうして同じ電車に落ち合ったのである。
寺田さんに最後に逢った時 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
を囲んだり、逗留とうりゅう客を泊めたりするのに建てたのだと云って「爛柯亭らんかてい」と名づけていたその一と棟は、八畳に六畳の次の間があって
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
岸本は七日ばかりもこの旅の人を自分の許に逗留とうりゅうさせて置いた。その七日の後には、この落魄らくはくした太一の父親を救おうと決心した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二日三日逗留とうりゅうしている間に、お島は浅草や芝居や寄席よせへ一緒に遊びに行ったり、上野近くに取っていたその宿へ寄って見たりした。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それでは私と同じ事、一眼お前様を見た時から、あの恋しく思いまして、主人の金を持ちながら、ついうかうかと逗留とうりゅうし、……」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またその時予がさいむかって、今日福沢諭吉は大丸だいまるほどの身代しんだいに成りたれば、いつにても予が宅に来て数日逗留とうりゅうし、意をなぐさめ給うべしとなり。
境は奈良井宿に逗留とうりゅうした。ここに積もった雪が、朝から降り出したためではない。別にこのあたりを見物するためでもなかった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宿屋を頼んでも近辺に良い医者もございませんから、思う様になおりません、マア癒るまではというので、逗留とうりゅう致して居りました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ついたけれども今とは違ってその時分はマダ鉄道のないときで、パナマに廻らなければならぬからサンフランシスコに二週間ばかり逗留とうりゅうして
咸臨丸その他 (新字新仮名) / 服部之総(著)
その山の頂上まで十ちょうほどある所を下僕しもべ二人にぶさって昇りましたけれども、何分にも痛くて動けませんので二日ばかり山中に逗留とうりゅういたし
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
千代さんは二、三日逗留とうりゅうしてから家に帰った。そしてそれから間もなく、客と姉夫婦との間で、千代さんの縁談がまとめられた。
わたしはいつまでもあちらに逗留とうりゅうしてもいられないので、バルブレンにいくらかお金をやって、おまえをさがすようにたのんだ。
義姉だけはまだ逗留とうりゅうしていたが、家のうちは急に静かになった。床の間の骨壺のまわりには菊の花がひっそりとにおっている。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「この上なく愉快なご逗留とうりゅうをいのります。」とかれは足をうしろへ引いておじぎをしながら、やぎのなくような声を出した。
そうすると、学校や家の都合で逗留とうりゅうできない私は、何にも見ないで帰らなければならないことになる。そうなったら、趙は一体どうするだろう。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「お同伴つれはまだ気を失っておるようじゃの。まあ、こんなところだが、ゆるゆる逗留とうりゅうして、からだの回復をお待ちなせえ」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
床の上に、小さな花瓶に竜胆りんどうの花が四五本挿してある。夏二た月の逗留とうりゅうの間、自分はこの花瓶に入り替りしおらしい花を絶やしたことがなかった。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
土地の誰かが、鉄道の開通した当座に、長い逗留とうりゅうの客を当て込んで建てた家であった。簡易な別荘風の安普請やすぶしんであった。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
それでも、今からもう二十五年も昔になるが、ついに私もこの洗いを思う存分賞味する機会を得た。加賀の山中やまなか温泉に逗留とうりゅうしていた時のことである。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
そして四五日逗留とうりゅうしていた。この弟夫婦の処に、昨年の秋から、彼の総領の七つになるのが引取られているのであった。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
僕はカビ博士の努力によって、ようやく考古学の標本または実験動物として、この世界に逗留とうりゅうを黙認されている次第しだいだ。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「多賀の勘右衛門という人で、四五日まえから逗留とうりゅうしているんだが、今日の会は刀を持ち寄るのだと聞いたものだから、ぜひ拝見したいと云ってさ」
末っ子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
阿部一族は評議の末、このたび先代一週忌の法会ほうえのために下向して、まだ逗留とうりゅうしている天祐和尚にすがることにした。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その男がもう一週間しか逗留とうりゅうしないということだから、おまえひとつ出かけて、その男と談判してみてくれないか……
宮地翁はこのことばによって河野が聴講生であったことを知った。河野はそれを縁にして時おり宮地翁の許へやって来て、二三日逗留とうりゅうしてゆくこともあった。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と千代子も悉皆すっかり暗誦あんしょうしていた。絹子さんはもうお多福風が直ってもとの通りの美人に戻ったが、逗留とうりゅうしている。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そしてやっと一週間の逗留とうりゅうを許された。私は海水着やグロオブで一ぱいになったバスケットを重そうにぶらさげて、心臓をどきどきさせながら、出発した。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「そうか。実は俺の方にも、ちと貴様に話したい事がある。マア、いいから逗留とうりゅうして行け。本当を云うと、俺も一度貴様の成人した顔が見たかったのだよ」
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
わたくしもも少し逗留とうりゅうして、お話もいたしましょうし、ごあんばいのいいのを見て帰りたいのでございますが——」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
父はわたくしの家へ来て、少し長逗留とうりゅうになると、母は窮屈がって、釣にでも行ってらしてはと勧めました。父も根が好きと見えて、この船宿から出かけました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老母は答えて、「倅よ。出雲に行っても、早く帰ってきて、この年寄を安心させておくれ。むこうに長く逗留とうりゅうして、きょうの別れを永久の別れとしないでおくれ」
下碑げじょが是非御来臨おいでなされというに盗まれべき者なき破屋あばらやの気楽さ、其儘そのまま亀屋かめやへ行けば吉兵衛待兼顔まちかねがおに挨拶して奥の一間へ導き、さて珠運しゅうん様、あなたの逗留とうりゅうも既に長い事
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
及ばずながら弊藩の力にても御身柄を幕府へ渡し候ようの事は断然つかまつらず候、候て弊藩御逗留とうりゅう中に弊藩有志の者ども九州辺へ差廻さしまわし、勤王の義申し談じ仕るべく候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
新羅使の一行が、対馬つしま浅茅浦あさじのうら碇泊ていはくした時、順風を得ずして五日間逗留とうりゅうした。諸人の中でなげいて作歌した三首中の一つである。浅茅浦は今俗に大口浦といっている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
信州しんしゅう戸隠とがくし山麓なる鬼無村きなしむらという僻村へきそんは、避暑地として中々なかなか土地ところである、自分は数年ぜんの夏のこと脚気かっけめ、保養がてらに、数週間、此地ここ逗留とうりゅうしていた事があった。
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
そもそも女にめた時分、それからつい去年の五月のころ、女の家に逗留とうりゅうしていた時分に見て思っていた母親とは、まるで打って変った悪婆らしい本性を露出して来た。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
今日マデ机ノ上ニ逗留とうりゅうシテオリマシタ、昨夜帰宅イタシマシタバカリデ今マタ東京へ立チマスノデ書直スヒマガアリマセヌ、ナゼソンナニアワテルカトオ思召シマショウガ
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
上座に私の席をとってあったので、そこへ坐って、初対面の挨拶をかわし、来意を告げると、老翁は言下に快諾して、二、三日逗留とうりゅうして話して行ってくれるようにと申し出た。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
チャイコフスキーのパトロンで有名なメック夫人のところに逗留とうりゅうして、ロシアの楽人達と知る機会を得、わけてもムーソルグスキーの音楽に感化されることが少なくなかった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
彼等は三条の旅宿に二三日の逗留とうりゅうをして、都の春を十分に楽しむと、また大鳥毛おおとりげやりを物々しげに振立てて、三条大橋の橋板を、踏みとどろかしながら、はるか東路あずまじへと下るのであった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
逗留とうりゅう中は勿論もちろん彼方あっちまかないも何もそっくりて呉れるはずであるが、水夫を始め日本人が洋食に慣れない、矢張やはり日本のめしでなければえないと云うので、自分賄と云うけにした所が
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
同判事宅に逗留とうりゅう中の、同じく東京高等裁判所判事井沢孝雄氏(四十六歳)と判明、前後の事情より推して、二、三日前両氏は、ひそかに人なき孤島に上陸、兇器きょうきをもって互いにり結び
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
翁は厚くもてなして逗留とうりゅうして子供を教えさせようとした。金は両親の消息が解らないので、いって探ろうとしていたから決しなかった。その時網で老人と老婆のしがいきあげた者があった。
庚娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
昭和八年の五月、私は始めて隠岐島おきのしまに渡ってみた。西郷さいごうの町に逗留とうりゅうしていた際に、宿の近くの大社教の分院に何か祝い事があって、島名物の村相撲むらずもうが、大層な景気で村々から乗り込んできた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)