あか)” の例文
すぐ顔をあからめるやうな愛すべき人で、学生相手に下手な常磐津を唸つてきかせ、碁は五級だが常磐津は五段だなどと威張つてゐる。
市井閑談 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
秀夫はその柳の枝をちらと見た後でまた眼を牡蠣船のほうへやった。壮い姝な婢が心もちあからんだ顔をこっちに向けてにっと笑った。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「ばかなと云ったってあかくなってるじゃないか、貴様が某家の佳人に夢中だということは看板に書いたようなものだ、しっかりしろ」
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのうちに、ふと気がついて、顔をあかくするときが来るのだ。私は、じっとしてその時期を待っていた。けれども私は間違っていた。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「お約束致しますとも。屹度誰にも話しは致しませんわ。」と若い女客は幾らか顔をあからめながら身体からだを乗り出すやうにして言つた。
だが彼はやはり固くなつて、顔を子供のやうにあからめた。少年の方でもそのやうな事を真顔で云はれたので、同様にはにかむ様子を見せた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
それも、ひろ子の顔を屈辱であからめさせた。山岸がひろ子を後で喋らせなかったのは、すれきった彼の政治的な技術なのであった。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
また見て居たの……といつたは其の所為せいで、私は何の気もなかつたのであるが、これを聞くと、目をぱつちりあけたが顔をあからめ
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
加野は戻つて来るなり、事務所の幸田ゆき子を見て、吃驚びつくりした表情で、顔をあからめた。富岡の紹介で加野とゆき子は挨拶しあつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そう聞くと雪子はあわてた。筆をいて立ち上ったものの、ぐ電話に出ようとはせず、顔をあかくしながら階段の下り口でウロウロした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
色の白い人があかくなったので、そりアどうも牡丹ぼたんへ電灯をけたように、どうも美しいい男で、暫く下を向いて何も云えません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こつなどのは、質屋しちやのことを御存ごぞんじかな。』と、玄竹げんちく機智きちは、てき武器ぶきてきすやうに、こつな言葉ことばとらへて、こつなかほいろあかくさせた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「誰も貴方あなたを擇びはしませんよ。」とツて、少し顏をあかめ、口籠くちごもツてゐて、「貴方あなたの方で、私をお擇びなすツたのぢやありませんか。」
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
すると、憂鬱な小学生の様に、ボンヤリと円柱にもたれていた相手は、青白い顔を少しあからめながら、うやうやしく答えるのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
耳の附根まであかくなった。彼は入山のいないことが残念だった。二人で「カスタニエン」を出て行くところを、入山に見せてやりたかった。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
あかくなりながら一生懸命に読み直せば読み直すほど、みんなは笑いくずれる。しまいには教師までが口のあたりに薄笑いを浮かべる始末だ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私はことによると、その時ぽっと顔をあかくしたかも知れんと思う。何しろ、ひどくどぎまぎしたことはたしかにおぼえている。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「何か御用で……。」おあいは、堀と内儀との間に、立ちはだかってこう言うと、内儀は、ちょいとあかくなってもじもじした。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
はづかしげにおもてあからむる常の樣子と打つて變りし、さてもすげなき捨言葉すてことばに、冷泉いぶかしくは思へども、流石さすが巧者しれもの、氣をそらさず
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「ええ」と、おしおはみるみる顔をあからめながら、「そりゃまあ後でもいいことじゃわいな」と、その場をまぎらそうとした。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
正直者の虎之助は、二言なく、顔をあかめていた。脇坂甚内も、すでに槍の穂をちぬり、敵の一首級は腰にくくっていたのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういったお秀は急にあかくなった。それが何の羞恥しゅうちのために起ったのかは、いくら緊張したお延の神経でも揣摩しまできなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
皆が彼のまわりへになった。彼等は代る代るに、顔をあからめて、うそを半分まぜながら、その匿名の少女のことを話した。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼女は汲み上げた水壺の水を長羅の馬の前へしずかに置くと、あからめた顔を俯向うつむけて、垂れ下った柳の糸を胸の上で結び始めた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
消えかかってる炎は、いつにない内心の興奮のためにあかくなってるアルノー夫人のほっそりした顔を、ひらひらと燃えたつごとに照らしていた。
吉本はすると、いくぶんか顔をあからめるようにしてにやにやと微笑ほほえみながら、昨夜の夢の中の出来事をでも思い出すようにして言うのであった。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
いまだ十六ぐらいの初々ういういしい美しい娘。羞かしそうに偽の三津五郎のそばへ寄って行って、顔をあからめながらモジモジと身体をくねらせている。
顎十郎捕物帳:22 小鰭の鮨 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
圭一郎はあからむ顏を俯向うつむいて異樣に沸騰たぎる心を抑へようとした。をばさんさへ居なかつたらと彼は齒をがた/\ふるはした。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
醜男面ひょっとこづら假面めん無用むようぢゃ!(と假面を抛出なげだしながら)れが皿眼さらまなこで、このともないつらやがらうとまゝぢゃ! 出額でこすけあかうなるばかりぢゃわい。
その真っ先に立ったのは、年も恥じず赤黄青のさも華美きらびやかの色模様ある式服を纏った鬼王丸で、そのあぶらぎったあから顔には得意の微笑が漂っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ことに村を出るまでは、顔を知った人たちにあうたびに、顔がぽっとあかくなって、いっそ大きい風呂敷ふろしきにでも胡弓を包んで来ればよかったと思った。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
小僧はませた口吻で、躍気やっきになってわめきながら、きゃっきゃっ笑い崩れた。許生員は我知らず、忸怩じくじと顔をあからめた。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
「何なら定吉の方を貰っておもらい申したいっていうこンだで……。」と、母親は、あからんだような顔をしながら、たばこを吸い着けて義妹いもうとに渡した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
かうお雪伯母に言はれて、私は顔をあからめながら、鼠が物を引くやうに、おづ/\と膝の前に散つて居る銀貨を拾つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
吉里はしばらく考え、「あんまり未練らしいけれどもね、後生ですから、明日あしたにも、も一遍連れて来て下さいよ」と、顔をあかくしながら西宮を見る。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
次郎は、少し顔をあからめて答えた。彼は、朝倉先生がどんなつもりで奥さんだけに今日の話をしようというのか、その真意は少しもわからなかった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
帆村は重大なことを忘れていたので、思わず暗中で顔をあからめた。慌てないつもりでいたが、やはり慌てていたのだ。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
雅子は顔をあかくしたが、別にとめだてしないで、その両頬を手ではさんで、テーブルに眼を落した。私も、うつむいた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
……良子は、はじめて小説の中の人物のように、自分があることを積極的に欲しているのを知った。暗闇くらやみの中で、幾度も頬が燃えるようにあかくなった。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
美伃 (ちょっとあかくなって)そうでもないんですのよ。歩いてるとそんなに感じませんの。未納ちゃん、只今。
華々しき一族 (新字新仮名) / 森本薫(著)
同時に何かしらき物にでも逃げだされたような放心の気持と、禅に凝ってるのではないかと言った弟の言葉が思いだされて、顔のあかくなるのを感じた。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
続いてまだその人を恋せぬ前のこと、須磨の海水浴、故郷の山の中の月、病気にならぬ以前、ことにその時の煩悶はんもんを考えると、ほおがおのずからあかくなった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それから注意して窺うと、庄兵衛夫婦のむつまじいことは想像以上で、弟子のうちでも少しく大きい子どもは顔をあかくするようなことが度たびであった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
本当に顔をあからめて如何どうあっても是非をわかってしまわなければならぬと云ういった議論をしたことは決してない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
あかい落葉は、踏む足のしたでカサとの音もたてず、降りつづく陰欝な霖雨りんうにうたれて、わだちのなかで朽ちていた。
寡婦 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
と家内は恥ずかしそうに顔をあからめました。そしてまだ気味悪そうにっと溜息をいているのでございます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あのりんとした植木屋の若い衆を想うと、その悲痛のどん底にあっても、萩乃は、ひとりでポッとあからむのです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
皆が渡りきると、兄はも一度片方の梯子はしごを登り初めた。教師はあかくなって兄を叱った。兄は微笑しながら、だいじょうぶですと言った。そして登っていった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
聞いてアラねえさんとお定まりのように打ち消す小春よりも俊雄はぽッと顔あからめ男らしくなき薄紅葉うすもみじとかようの場合に小説家が紅葉の恩沢に浴するそれ幾ばく
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
数分の後には彼はもうすっかりあかくなって、これはけっして新調の外套でも何でもなく、ただの古外套なのだと、あくまで無邪気に一同を説き伏せにかかった。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)