蒼空あおぞら)” の例文
早朝あさまだき日の出の色の、どんよりとしていたのが、そのまま冴えもせず、曇りもせず。鶏卵たまご色に濁りを帯びて、果し無き蒼空あおぞらにただ一つ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紙で作った衣裳いしょうかんむりの行司木村なにがし、頓狂声の呼出しが蒼空あおぞらへ向かって黄色い咽喉を張りあげると、大凸山と天竜川の取り組み。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
のこっているものは、蒼空あおぞらの如き太古のすがたとどめたる汚れなき愛情と、——それから、もっとも酷薄にして、もっとも気永なる復讐心。
周囲は至る所静寂であったが、しかしそれは蒼空あおぞらのうちに太陽が沈んでいった後の麗わしい静寂だった。薄暮の頃で、夜はきかかっていた。
雲、童をのせて限りなき蒼空あおぞらをかなたこなたに漂うこころののどけさ、童はしみじみうれしく思いぬ。童はいつしか地の上のことを忘れはてたり。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
太陽と、蒼空あおぞらと、雲の間を、ヒトリポッチで飛んで行く感激の涙が……それを押ししずめるべく私は、眼鏡めがねの中で二三度パチパチとまたたきをした。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
仰向あおむい蒼空あおぞらには、余残なごりの色も何時しか消えせて、今は一面の青海原、星さえ所斑ところまだらきらめでてんと交睫まばたきをするような真似まねをしている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
海岸開きの花火は、原色に澄切った蒼空あおぞらの中に、ぽかり、ぽかりと、夢のような一かたまりずつの煙りを残して海面うなもに流れる。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それから一時間すると、大地を染める太陽が、さえぎるもののない蒼空あおぞらはばかりなくのぼった。御米はまだすやすや寝ていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朱実あけみは、籠から蒼空あおぞらへ出た小禽ことりのような自由を持ったが、なんといっても、いちど海で仮死の状態になった体である。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
形は画で見る竜と、少しも変りがない。それが昼間だのに、中へ蝋燭ろうそくらしい火をともして、彷彿と蒼空あおぞらへ現れた。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
羽根をふくらす。その羽根は見苦しくない、あるものは青く、あるものは銀色——しかし、「もう一つの」は、蒼空あおぞらのただなかに、まばゆいばかりの金色。
別に捜し回りもしないで、夕陽ゆうひを受けてる赤いフォールムを見、深い蒼空あおぞらが青い光のふちとなって向こうに開けてる、パラチーノ丘の半ばくずれてる迫持せりもちを見た。
むかし、僕の幼い魂は、終日、窓ガラスに頬を寄せて蒼空あおぞらを眺め、未知の天地に恋い焦れていた。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
そして、漫々とたたえた水が、ゆるく蒼空あおぞらを映して下流の方へ移るともなく移って行く。軽く浮く芥屑ごみくずは流れの足が速く、沈み勝ちな汚物をめぐるようにして追い抜いていく。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、大きくひろがっている蒼空あおぞらの中に、その姿を見つけることはなかなかむずかしい。二人は眼をギロギロさせて大空をさがしたが、蚊よりも小さい姿は見つからなかった。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
けれどその代り、はてしもない大洋と、限りない蒼空あおぞらと、それから、波も、風も、オゾーンも、元気な水夫達の放埒ほうらつな生活も、すべてはみな、叔父の若さを養うのには充分であった。
このとき御座船近く用意された船の中から、嚠喨りゅうりょうとして楽の音が起った。幾十人の奏する大管弦楽は、水を渡り蒼空あおぞらに響いて、壮麗雄大、言葉にも尽せぬ情趣をかもし出したのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
蒼空あおぞらの光も何物か空中にあって、太陽の光を散らすもののあるためと考えなければならない。もし何物もない真空であったら、太陽と星とが光るだけで、空は真黒に見えなければならない。
塵埃と光 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕日がだんだん山のに入るに従って珊瑚の色は薄らいで黄金色となり、其色それもまたつかに薄らいで白銀しろがねの色となったかと思いますと、蒼空あおぞらぬぐうがごとく晴れ渡って一点の雲翳うんえいをも止めず
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
まるで蒼空あおぞらの下の壮快を味っている快適な姿であった。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
世のたとえにも天生あもう峠は蒼空あおぞらに雨が降るという、人の話にも神代かみよからそまが手を入れぬ森があると聞いたのに、今までは余り樹がなさ過ぎた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
むりに押し分けたような雲間から澄みて怜悧さかにみえる人の眼のごとくに朗らかに晴れた蒼空あおぞらがのぞかれた。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
宗助は小供の時から、この樟脳の高いかおりと、汗の出る土用と、炮烙灸ほうろくぎゅうと、蒼空あおぞらゆるく舞うとびとを連想していた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なぜにかかる蒼空あおぞらから外に出る時が来るのであろうか。なぜに生命はその後にも続いてゆくのであろうか。
自分の思想の空虚な蒼空あおぞらのうちにではなしに、人間にたいする愛のうちに、それを捜し求むべきである。
いや、あなたばかりでなく、誰でもでしょう、四畳半の茶室より、蒼空あおぞらを好むのが若い人の当り前です。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洗われて薄い水いろの蒼空あおぞらが顔を見せて、風は未だにかなり勁く、無法者、街々を走ってあるいていたが、私も負けずに風にさからってどんどん大股であるいてやった。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼の頭の上には、大きな蒼空あおぞらが音もなくおおいかかっている。人間はいやでもこの空の下で、そこから落ちて来る風に吹かれながら、みじめな生存を続けて行かなければならない。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蒼空あおぞら培養硝子ばいようガラスを上からかぶせたように張り切ったまま、温気うんきこもらせ、界隈かいわい一面の青蘆あおあしはところどころ弱々しくおののいている。ほんの局部的な風である。大たい鬱結うっけつした暑気の天地だ。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
庭の一隅いちぐう栽込うえこんだ十竿ともとばかりの繊竹なよたけの、葉を分けて出る月のすずしさ。月夜見の神の力の測りなくて、断雲一片のかげだもない、蒼空あおぞら一面にてりわたる清光素色、唯亭々皎々ていていきょうきょうとしてしずくしたたるばかり。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
青芒あおすすきの茂った、葉越しの谷底の一方が、水田に開けて、遥々はるばると連る山が、都に遠い雲の形で、蒼空あおぞらに、離れ島かと流れている。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分は天気の好い折々へや障子しょうじを明け放って往来を眺めた。またひさしの先によこたわる蒼空あおぞらを下からすかすように望んだ。そうしてどこか遠くへ行きたいと願った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二郎が家に立ち寄らばやと、靖国社やすくにしゃの前にて車と別れ、庭に入りぬ。車をりし時は霧雨やみて珍しくも西の空少しく雲ほころび蒼空あおぞら一線ひとすじなお落日の余光をのこせり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
東山連峰の肩が、墨の虹を吐き流すと、蒼空あおぞらは、見るまに狭められて、平安の都の辻々や、橋や、柳樹やなぎや、石を載せた民家の屋根が、暮色ぼしょくのような薄暗い底によどんでゆく。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太古のすがた、そのままの蒼空あおぞら。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄こくはくなすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。
めくら草紙 (新字新仮名) / 太宰治(著)
行手の蒼空あおぞらの裾が一点つねられて手垢てあかあとがついたかと思う間もなくたちまちそれが拡がって、何百里の幅は黄黒い闇になってその中に数え切れぬほどの竜巻きが銀色の髭を振り廻した。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蒼空あおぞらに消え去るにはなおあまりに人間の性を帯び、震盪しんとうを待つ原子のように中間にかかり、見たところ運命の束縛を脱し、昨日と今日と明日との制扼せいやくを知らず、感激し、眩暈げんうんし、浮揚し
が、彼は土と血とにまみれて、人気のない川のふちによこたわりながら、川楊かわやなぎの葉が撫でている、高い蒼空あおぞらを見上げた覚えがある。その空は、彼が今まで見たどの空よりも、奥深く蒼く見えた。
首が落ちた話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
蒼空あおぞらの澄んだのに、水の色が袖に迫って、藍は青に、小豆はくれないに、茶は萌黄もえぎに、紺は紫のくまを染めて、あかるい中に影さすばかり。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八カ月の長い間薄暗うすくらい獄舎の日光に浴したのち、彼は蒼空あおぞらもとに引き出されて、新たに刑壇の上に立った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うるわしきすみれの種と、やさしき野菊の種と、この二つの一つを石多く水少なく風つよく土焦げたる地にまき、その一つを春風ふきかすみたなびき若水わかみず流れ鳥蒼空あおぞらのはて地にるる野にまきぬ。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
マリユスは蒼空あおぞらのうちに漂って、星に歌われる一節を聞くがように思った。
その一本一本の間から高い蒼空あおぞらかしていた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蒼空あおぞらを見たのだ。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここにその清きこと、水底みなそこの石一ツ一ツ、影をかさねて、両方の岸の枝ながら、蒼空あおぞらに透くばかり、薄く流るる小川が一条ひとすじ
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その目は遠く連山のかたを見やりて恋うるがごとく、憤るがごとく、肩にるる黒髪こくはつ風にゆらぎのぼあさひに全身かがやけば、蒼空あおぞらをかざして立てる彼が姿はさながら自由の化身とも見えにき。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
寒からぬ春風に、濛々もうもうたる小雨こさめの吹き払われて蒼空あおぞらの底まで見える心地である。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
宗吉は針のむしろを飛上るように、そのもう一枚、肘懸窓ひじかけまどの障子を開けると、さっと出る灰の吹雪は、すッと蒼空あおぞらに渡って、はるかに品川の海に消えた。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしそれが木葉落ちつくしたころならば、路は落葉に埋れて、一足ごとにがさがさと音がする、林は奥まで見すかされ、梢の先は針のごとく細く蒼空あおぞらを指している。なおさら人に遇わない。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)