菖蒲あやめ)” の例文
時鳥ほととぎす啼くや五尺の菖蒲あやめ草を一杯に刺繍ぬいとった振り袖に夜目にもしるき錦の帯をふっくりと結んだその姿は、気高く美しくろうたけて見える。
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
吃驚びっくりしたようにあたりを見ながら、夢に、菖蒲あやめの花を三本、つぼみなるを手に提げて、暗い処に立ってると、あかるくなって、太陽した。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母屋から離れた二間ふたまつづきの茶室の内で、こう軽く驚いていたのは、菖蒲あやめの寮が焼けて以来、その行方を疑われていた光子てるこの御方——
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日頃信ずる五右衛門さまのれいけん夫の悪運のつよいところ今ごろ探したとて六日の菖蒲あやめ十日の菊無用無用わたしゃ夫とふたり手に手を
焚付たきつけ疎朶そだの五把六束、季節によっては菖蒲あやめや南天小菊の束なぞ上積にした車が、甲州街道を朝々幾百台となく東京へ向うて行く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その時です、ちょうど、この室から幾間かを隔てた——多分三階ではありますまい、二階の菖蒲あやめあたりでしょう。そこで
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
菖蒲あやめの咲いている向うの細長い池のみぎわを、三人の女学生がこっちへ歩いて来るのを見た倭文子は、村川の言葉をすぐ受け入れて歩き出した。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そこへいくとこの文楽師匠は赤でなし、青でなし、巧緻に両者を混ぜ合わせた菖蒲あやめ鳶尾いちはつ草、杜若かきつばた——クッキリとあでに美しい紫といえよう。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
彼女はほんとうに真菰まこもの中に咲く菖蒲あやめだった。その顔があどけなく愛くるしいように、気質きだても優しくて、貞淑だった。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
二幕目丹吾兵衛たんごべえ住家の場は光俊戦場を逃れてもと明智の臣なる漁師丹吾兵衛を訪ひて、そこにかくまはれし明智の妾菖蒲あやめの方に明智の系図を渡す処なり。
ここらの習いで、かなりに広い庭には池を掘って、みぎわには菖蒲あやめなどがえてあった。青いすすきも相当に伸びていた。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
杜若かきつばた菖蒲あやめ伊吹虎尾いぶきとらのを、どんなに恐しい娘よりも、おまへたちのはうがわたしはすきだ。ほろんだ花よ、むかしの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
やがて麦の根元ねもとばみ、菖蒲あやめつぼみは出で、かしの花は散り、にわやなぎの花は咲いた。かいこはすでに三眠さんみんを過ぎた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いけ菖蒲あやめかきつばたのかゞみうつはな二本ふたもとゆかりのいろうすむらさきかむらさきならぬ白元結しろもとゆひきつてはなせし文金ぶんきん高髷たかまげこのみはおな丈長たけながさくらもやう淡泊あつさりとしていろ
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
自転車のうしろには、菖蒲あやめの花束が載せられていた。白や紫の菖蒲の花が、ゆらゆら首を振っていた。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
「——が、かうしてゐるうちにも、平馬の子平太郎の御目見得が濟んでしまつては、六日の菖蒲あやめだ」
そうだす。いまはほんまに綺麗やろ。そやけれど、あこの菖蒲あやめの咲くころもよろしいおまっせ。それからまた、夏になるとなあ、あこの睡蓮が、それはそれは綺麗な花を
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
中で柳模様は好んでえがかれた画題であって、その変化が多い。この外えらばれた画はあるいは撫子なでしこ、あるいは桐、または竹、鶴、ふじ蒲公英たんぽぽ菖蒲あやめ、あるいは波、文字等。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
どれが菖蒲あやめか、どれが杜若かきつばたであるのか、子供達にはそんな事はどうでもよかつた。どれもこれも美事であつたからだ。この花は水の画布かんばすに刺繍されて、いよいよ美事になつた。
雑草雑語 (新字旧仮名) / 河井寛次郎(著)
菊、牡丹、はぎ菖蒲あやめ、桜、梅——十二月の花々が、雪のなかを飛んで、雪のうえに落ちた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
周三は何といふことは無く振向いて見た。而るとお房は、紅を吸上げさせた色のめたやうに淡紅い菖蒲あやめの花と白の杜若かきつばたとを五六本手に持つて、花屋と何か謂ツてゲラ/\笑出す。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
冷たそうに咲いていた菖蒲あやめと比べて、この性の微妙なる働きをおもう、小舎の後には牛馬の襲わないように、木垣が結んである、梓川へ分派する清い水が直ぐ傍を流れている、鍋や飯櫃めしびつ
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
射干ひあふぎにも似、菖蒲あやめにも似たる葉のさま、燕子花かきつばたに似たる花のかたち、取り出でゝ云ふべきものにもあらねど、さて捨てがたき風情あり。雨の後など古き茅屋かややの棟に咲ける、おもしろからずや。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
七重は菖蒲あやめの模様の着物を着て、素足に高足駄をはき、かさの蔭から微笑しながらこっちへ来た。出三郎は身ぶるいをした。さしている傘の紺色に染まって、七重の顔はあやしいほど美しかった。
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
正にこれ巫女廟の花は夢のうちに残り、昭君村の柳は雨のほかにおろそかなる心地して、かの者餓鷹の雞を見るがごとく、ただ就いてこれ食いおわらんと要したが、また思い返していずれ菖蒲あやめと引き煩い
あやめに似て小さい花をつける、菖蒲あやめの種類としては最も見ばえのせぬものである。花は夏の季になっており、俳句の材料にもしばしば用いられているが、葉を取上げたのはあまり見たことがない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そのこまもすさめぬものと名に立てるみぎは菖蒲あやめ今日や引きつる
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
戸に倚りて菖蒲あやめる子がひたひ髪にかかる薄靄うすもやにほひある朝
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
似つかしと思ひしまでよ菖蒲あやめきり池のみぎはを南せし人
恋衣 (新字旧仮名) / 山川登美子増田雅子与謝野晶子(著)
夏草は刈りはらはねば葺かずとも菖蒲あやめよもぎにうづもるる庵
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
沼の中に菖蒲あやめの花も咲いてゐる
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
つまり菖蒲あやめ浴衣ゆかた三下さんさが
菖蒲あやめおいけのきいわし髑髏されこうべ
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
菖蒲あやめころなれば
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
「もう菖蒲あやめだわ。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
水のおもは秋の空、みぎわに蘆の根が透く辺りは、薄濁りに濁って、二葉ふたは三葉みは折れながら葉ばかりの菖蒲あやめの伸びた蔭は、どんよりと白い。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
菖蒲あやめの寮の奥で、今こうして、自分の運命のあやしさに思い入りつつある現在の新九郎も、女難という方には、更にうッかりしているのだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藤と菖蒲あやめをとりあわせた、長い袂の単衣ひとえが似合って、ろうたけてさえ見えるその娘は、とりなすようにそういうように云い、気の毒そうに壮年武士を見た。
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
湯は菖蒲の湯で、伝説にいう、源三位頼政げんざんみよりまさの室菖蒲あやめまえ豆州長岡ずしゅうながおかに生まれたので、頼政滅亡の後、かれは故郷に帰って河内かわうち村の禅長寺に身をよせていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「——が、こうしているうちにも、平馬の子平太郎の御目見が済んでしまっては、六日の菖蒲あやめだ」
それには同じく従軍した知名な画家が死屍ししのそばに菖蒲あやめが紫に咲いているところを描いていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その岸べには菖蒲あやめのすこし生い茂っている、古びた蓮池のへりを伝って、塔のほうへ歩き出したが、その間もまた絶えず少女は妻に向って、このへんの山のなかで採れるたけのこだの
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
純真・可憐、そうしてときに快活な笑い、それはこのビルディング街の真菰まこもの中に咲く菖蒲あやめだった。近づく機会のもっとも多い西村商会の人々が煩悩をそそられたのは当然であった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
屋根へ出ると菖蒲あやめの生えていた棟へとりつきました。そこでホッと息をついて、自分のかおを撫でてみました。頬のあたりから血が流れている、何かのはずみに怪我をしたものらしい。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日は暮れぬ海の上にはむらさきの菖蒲あやめに似たる夕雲のして
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
にほ鳥に影を並ぶる若駒はいつか菖蒲あやめに引き別るべき
源氏物語:25 蛍 (新字新仮名) / 紫式部(著)
菖蒲あやめ女丈夫ぢよぢやうふの血にまつた凄い短刀。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
菖蒲あやめの花も咲いてゐる
沙上の夢 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
向って日南ひなたの、背後うしろは水で、思いがけず一本の菖蒲あやめが町に咲いた、と見た。……その美しいひとの影は、分れた背中にひやひやとむ。……
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただ一つの隠れ家である菖蒲あやめの寮へも、今は帰ることのできない事情がある。そこには、御方が怖ろしい嫉妬を燃やして彼を待ち構えている。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)