芥子けし)” の例文
下水の桶から発散する臭気や、ねぎや、山椒さんしょうや、芥子けしなどの支那人好みの野菜の香が街に充ち充ちた煙りと共に人の嗅覚を麻痺させる。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
右手には、塗香と、加持物、房花、扇、箸、三種の護摩木を置き、左手には、芥子けし、丸香、散香、薬種、名香、切花を置いてある。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
法海和尚は「今は老朽ちて、しるしあるべくもおぼえはべらねど、君が家のわざわいもだしてやあらん」と云って芥子けしのしみた袈裟けさりだして
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
芥子けしの実ほどの眇少かわいらしい智慧ちえを両足に打込んで、飛だりはねたりを夢にまで見る「ミス」某も出た。お乳母も出たお爨婢さんどんも出た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
鉄条網の間から赤い芥子けしの花が夏草の中に交って咲き出ているのも、血を連想させるというよりはもっと深い意味に於いて美しく感じられた。
ヴェルダン (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
麦の中に芥子けしの花の咲いたのはつひに偶然と云ふ外はない。我々の一生を支配する力はやはりそこにも動いてゐるのである。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「お手の筋だ。しかし、売女ばいたのお品と江戸前のお綱とは芥子けし牡丹ぼたんほどの違いがある。すぐ片ッ方は追い返してしまった」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
以上の文句の通りに軽々と疱瘡痲疹の大厄を済まして芥子けしほどの痘痕いもさえ残らぬようという縁喜が軽焼の売れた理由で
君は、芥子けしつぶほどの蟹を見たことがあるか。芥子つぶほどの蟹と、芥子つぶほどの蟹とが、いのちかけて争っていた。私、あのとき、凝然ぎょうせんとした。
狭いはずの十七字の天地が案外狭くなくって、仏者が芥子けし粒の中に三千大千世界を見出みいだすようになるのであります。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「誰だい」こう云って振返ると、濛々もうもうたる湯気の中に卵のように白いはだ芥子けしの花のように赤いものが見えた。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五町ほど沖合に、芥子けしの花のような薄赤い色が浮き沈みしている。波にゆりあげられてチラと見えたと思うと、すぐ次の波のしたに沈んでしまうのだった。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
だから将門が火の手をあげると、八箇国はべた/\となつて、京では七斛余こくよ芥子けしを調伏祈祷の護摩ごまいて、将門の頓死屯滅とんしとんめつを祈らせたと云伝いひつたへられて居る。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
だから芥子けしの種の中に、須弥山を発見することは出来るのであつて、すぐれた作の不朽的価値は、箇の中にその金剛不壊なる全、法、自然を包んでゐるからである。
孤独と法身 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
そこには人のきぬを染めるような濃緑の草や木が高くい茂っていて、限りもないほどに広い花園には、人間の血よりもあか芥子けしの花や、鬼の顔よりも大きい百合の花が
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
何故なぜ、その、それだけの姿が、もの狂おしいまで私の心を乱したんでしょうか。——大宇宙に咲く小さな花を、芥子けし粒ほどの、この人間、私だけが見たからでしょうな。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夕景に蚊遣かやりを焚いて居る様子、庭の方を見ると、下らぬ花壇が出来て居りまして、其処に芥子けし紫陽花あじさいなどが植えて有って、隣家となりも遠い所のさびしい住居すまいでございます。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
法師もやがまうでなんとて、三七七芥子けしにしみたる袈裟けさとり出でて、庄司にあたへ、かれ三七八やすくすかしよせて、これをもてかしらに打ちかづけ、力を出して押しふせ給へ。
「莫迦らしいとはお思いになりませんか。推摩居士が、真実竜樹の化身ですのなら、何故南天の鉄塔を破った時のように、七粒の芥子けしを投げて、密室を破らなかったのでしょう」
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
丁度われわれが子供の頃食べた金米糖こんぺいとうを作る時、砂糖をとかした中へ芥子けしの実を入れて動かしていると、その芥子の実が芯となってそれに砂糖が附いて金米糖が生長するように
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
風俗問題とか女子の服装問題とかいう議論が守旧派の人々の間にはかまびすしく持ち出されている間に、その反対の傾向は、からを破った芥子けしたねのように四方八方に飛び散った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
極込細工きめこみざいくじょううばや、西京さいきょう芥子けし人形、伏見人形、伊豆蔵いずくら人形などを二人のまわりへ綺麗に列べ、さま/″\の男女の姿をした首人形を二畳程の畳の目へ数知れず挿し込んで見せた。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見よ、彼は自らの芥子けしの種子ほどの智識をもってかの無上土を測ろうとする、その論を更に今私は繰り返すだもずる処であるが実証の為にこれを指摘してきするならば彼は斯う云っている。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼女の蒼ざめた顔が迫ってくる、皺ばんだ枯れた腕をさし伸ばしている、それから、おずおず多勢の押しひしがれてる母たちの中へ呑みこまれてゆく、芥子けし粒のように小さくなる——。
歩む (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
船橋から千葉の方の浅瀬から始まつて、川崎沖横浜近くで終る。芥子けしの花が咲くと始める。八十八夜過ぎである。私の方では七月いつぱいは釣れる。浅瀬へ産卵にやつて来るのであらう。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
ほんものゝ植物以上に生々と浮き出てゐる草花が染付けられてゐる鉄辰砂しんしゃの水差や、てのひらの中に握り隠せるほどの大きさの中に、恋も、嘆きも、男女の媚態びたいも大まかに現はれてゐる芥子けし人形や
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
寺の門に近づくに人群集せり。何故なにゆえならんといぶかりつつ門を入れば、くれない芥子けしの花咲き満ち、見渡すかぎりも知らず。いよいよ心持よし。この花の間にくなりし父立てり。お前もきたのかという。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ある晩方、つひ見たことのない、七八つ位のお芥子けし坊主が庭へ来て
仲のわるい姉妹 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
桜の種子にても大根の種子にても芥子けしの種子にても、これを発育してその中より梅の葉や花を現ぜしむることができそうのものであるのに、そのできざるは、梅の葉や花は梅の種子の中に具していて
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
かのひとは しろき芥子けしの花のごとく
蛇の花嫁 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
どこともなく、芥子けしの花が死落しにお
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
芥子けしの花咲や傘ほす日の移り 烏水
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
つごもりや由なき芥子けしの花あかり
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
散りてのち悟るすがたや芥子けしの花
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
芥子けしかみみづ
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
途中に芥子けし
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
芥子けしちるか
秋の日 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
二三本の赤い芥子けしの花を見せてやったさ、小供の心はすぐその花へ来た、小供は手をべてろうとしたが執れない、そこで
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
信ずるものに対しては、いかなる疑惑も、いかなる悪魔もその力を揮ふことが出来ない。さうすれば我の中に世界の人間がある。芥子けしの中に須弥山しゆみせんがあるのである。
解脱非解脱 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
ほたるの尻の真珠、鸚鵡おうむの青い舌、永遠に散らぬ芥子けしの花、ふくろう耳朶みみたぶ、てんとう虫の爪、きりぎりすの奥歯、海底に咲いた梅の花一輪、その他、とても此の世で入手でき難いような貴重な品々を
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ことわざにも“芥子けしは針の穴にも入る”とか。はしなくも草簪くさかんざしの女の眼から事は重大になって行った。沂水県きすいけんの県役署では、その日、村名主の密訴に接して、ただならぬ動きを俄に見せだしている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の胆の小なる芥子けしの如く其の心の弱きこと芋殻の如し、さほどに貧乏が苦しくば、いずくんぞ其始め彫闈ちょうい錦帳の中に生れ来らざりし。破壁残軒の下に生をけてパンをみ水を飲む身も天ならずや。
ある時は河童のお芥子けし坊主と畑の中で酒盛をしてゐた話もあります。
青い眼の人形 (新字新仮名) / 野口雨情(著)
寺の門に近づくに人群集せり。何ゆゑならんといぶかりつつ門を入れば、くれなゐ芥子けしの花咲き満ち、見渡す限りも知らず。いよいよ心持よし。この花の間に亡くなりし父立てり。お前も来たのかといふ。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
麦畑の萌黄天鵞絨芥子けしの花五月の空にそよ風のふく
芥川竜之介歌集 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
どこともかく、芥子けしの花が死落しにお
心の姿の研究 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一三六芥子けしたきあかすみじか夜のゆか
緑蔭を出れば明るし芥子けし
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
つまさせ、てふ、かたさせ、ときますなかに、くさですと、そこのやうなところに、つゆ白玉しらたまきざんでこしらへました、れう枝折戸しをりどぎんすゞに、芥子けしほどな水鷄くひなおとづれますやうに、ちん、ちん……とかすか
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
芥子けしたきあかすみじか夜のゆか