おさな)” の例文
それは俳句には限らぬが、総ての技芸について見ても、始めのおさない時は同一の団体に属して居るものはほぼ同一の径路をたどって行く。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
K—は、郷里では名門の子息むすこで、おさない時分、笹村も学校帰りに、その広い邸へ遊びに行ったことなどが、おぼろげに記憶に残っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「それではおいとまいたしましょう。おさない事を、貴僧あなたにはお恥かしいが、明さんに一式のお愛相あいそに、手毬をついて見せましょう、あの……」
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おさない者に話す時には、稚い者にもわかるように、よく噛んで話してくれるのが、慈円座主の偉さであった。都という話が出た時に
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『女大学』という書に、「婦人に三従の道あり、おさなき時は父母に従い、よめいる時は夫に従い、老いては子に従うべし」と言えり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
本堂の前を過ぎ庫裏くりと人家との間の路地に入るに、迂回して金剛寺坂の中腹に出でたり。路地の中におさなき頃見覚えし車井戸なほあるを見たり。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私たちも一面に蒲公英たんぽぽ土筆つくしの生えている堤の斜面に腰を下して、橋の袂の掛茶屋で買ったあんパンをかたみに食べた。私たちもまだおさなかった。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
もとよりこの書には、ことにその初めの頃のものはおさなく、かつ若さに伴う衒気げんきと感傷とをかなりな程度まで含んでいる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
今度新潮文庫に入れるに際し、読みかえしてみたが、十年前の文章などおさなつたない。しかし、これもその時期の記念と思ってそのままにしておいた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
もちろんまだおさなかった日本が老大支那の文物に触れはじめたのは、恐しく早い昔からであった。漢字漢文を理解し得たのも決して遅いことではない。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
まだおさなそうだし、背中には美しい縞を持っているが、動作も緩慢なうえにひどくもの憂げな眼つきをしていた。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
されど我国の人はおさなきよりなれたる事なればめづらしからず、垂氷つらゝ吟詠ぎんえいに入るものなし。右のつらゝあかりにさはるゆゑ朝毎あさごと木鋤こすきにてみな打おとさす。
やがて湧き立つ様に野をこめるかえるの声が、どんなにめずらしくなつかしく、かやのおさない心をそそる夜も、秋祭りの野太鼓が、しきりに響いて渡る頃であっても
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そしておさない女の子の気まぐれのように、ふと思い出して風炉の釜に湯を沸かして、薄茶を立てて飲ましたりした。そして、そこにある塗り物の菓子箱を指さして
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
美しい娘も老いておもかげが変ったのであろう。私のおさない眼には格別の美人とも見えなかった。店の入口には小さい庭があって、飛石伝いに奥へ這入はいるようになっていた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
巻三(二九〇)に、「倉橋の山を高みかごもりに出で来る月の光ともしき」とあるのも全体が似て居るが、この巻七の歌の方が、何となくおさなく素朴に出来ている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
今こうして市井しせいの巷を庶民にしてもまれもまれて徒歩ひろっているのを誰ひとり知るものもないという、おさない、けれども満ちたりたよろこびなどはすこしもなかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
多弁な惟光は相手を説得する心で上手じょうずにいろいろ話したが、僧都も尼君も少納言もおさない女王への結婚の申し込みはどう解釈すべきであろうとあきれているばかりだった。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
どれもこれも一様に日本語がかなり出来るのも、妙にその発音がおさない子供のように寂しかった。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
皆家元の家来もしくは書生同様に育てられるので、おさないうちは学校に遣ってもらう、かたわら兄弟子から芸を仕込まれたり、自分で研究したりする。つまり一種の天才教育である。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
花がひらくのと同じで、万象の色が真の瞬間に改まる、槍と穂高と、兀々ごつごつした巉岩ざんがんが、先ず浄い天火に洗われてかたちを改めた、自分の踏んでいる脚の下の石楠花しゃくなげ偃松はいまつや、白樺のおさないのが
奥常念岳の絶巓に立つ記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
おさな詩心リリスムのほかに、なにかもっと別な意味があるのではないだろうか、って……。
キャラコさん:08 月光曲 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おさなきより金の不自由は知らで育てし身が、何に感じてやらそれはそれは尋常ならぬ心得方、五厘の銅貨を二つにも三つにも割りて遣ひたしといふほどの心意気、溜めた上にも溜めて溜めて
心の鬼 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
いつの頃か、まだひどくおさない子供だった自分が、丁度これに似た気持を味わったことがあった。めざす目的に向っていながら、どう手をおろすべきかについてなかなか心が定まらなかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
更におさなきもの、商人、学生、教員、画家、牧畜家、官吏、玄人筋らしい老婆と娘、各種の中流階級の人々が、仰向き、横向き、斜め向き、手を曲げ、足を蹴ぬき、くぐまり、反り出し、歯をむき
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
百足山むかでやま昔に変らず、田原藤太たわらとうたの名と共にいつまでもおさなき耳に響きし事は忘れざるべし。湖上の景色見飽かざる間に彦根城いつしか後になり、胆吹山いぶきやまに綿雲這いて美濃路みのじに入れば空は雨模様となる。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
銀行員だった幾田君の青白い坊っちゃん坊ちゃんした顔をおもいだしながら原稿をめくった。「退屈な町」というのが題名で、馬糞ばふんに汚れたこの町の事をスケッチしたものだが、まだおさない作品だった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
そんなことを想いだすままに泡鳴に説明した。また鶴見のおさなかった時分には、おもて二階に意気な婆あさんがいて、折々三味線の音じめが聞える。町内の若衆わかいしゅを相手に常磐津ときわずでもさらっていたのだろう。
切って逃げたのは私です。その女は私のおさな友達だったのですから
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
出代でがわりおさな心に物あはれ 嵐雪らんせつ
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
最終に右の条々おさなき時より能く訓う可し云々、今の代の人、女子に衣服道具など多く与えて婚姻せしむるよりも此条々を云々
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
衣笠きぬがさのふきおろしは、小禽ことりの肌には寒すぎた。チチチチチ野に啼く声もおさなく聞えて耳に寒い。人々は、さやの中の刀から腰の冷えて来る心地がした。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
道具屋は、おさないのをあわれがって、嘘でかばってくれたのであろうも知れない。——思出すたびに空恐ろしい気がいつもする。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつも学校でみんなから変な目で見られて憂鬱ゆううつになっている長女の身のうえか、それともおさない次女に何か起こったのかと、瞬間目先きがくらんだようだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
八重わがに来りてよりはわがおさなき時より見覚えたるさまざまの手道具てどうぐ皆手入よく綺麗にふき清められて
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「千枝松という名はあまりにおさなげじゃと仰せられて、お師匠さまが千枝太郎と呼びかえて下された。しかも泰親の一字を分けて、元服の朝から泰清やすきよと呼ばるるのじゃ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三月の末、雲雀ひばりが野の彼処に声を落し、太陽があかく森の向うに残紅をとどめていた。森の樹々は、まだ短くておさない芽を、ぱらぱらに立てていた。風がすこし寒くなって来た。
兄妹 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私は私の実際生活の上に落ちかかったこの大問題に貧しいおさない思想をもって面接することを、どんなに心細くもおぼつかなくも思ったであろう。苦しんでも悶えてもいい考えは出なかった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
我がおさなかりし時におもひくらべて見るに、今は物の模様もやうるなどにしきをおる機作はたどりにもをさ/\おとらず、いかやうなるむづかしき模様もやうをもおり、しま飛白かすりも甚上手になりて種々しゆ/″\奇工きかうをいだせり。
とある杉垣の内をのぞけば立ち並ぶ墓碑こけ黒き中にまだ生々しき土饅頭どまんじゅう一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人とおさなき女の子一人、いずれも身なりいやしからぬに白粉気おしろいけなき耳の根色白し。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おさない金作は読みかけの「外史」から上気した瞳をあげた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
無理はない、無理はない! この子たちには、酒飲みで無理解で乱暴な男親はあるが、貧しい中にも、おさない心を温めてくれる女親の肌がない。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さる継母に養わるる姉上の身の思わるるに、いい知らず悲しくなりて、かくはわれ小銀のものがたりに泣きしなる。その理由いわれを語るべき我が舌は余りおさなかりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしてその布局は和蘭陀銅板画どうばんがを模倣したるおさなき技巧のためにかへつて一種愛すべき風趣を帯びたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
是等はすべて家風に存することにして、おさなき子供の父たる家の主人が不行跡にて、内にめかけを飼い外に花柳に戯るゝなどの乱暴にては、如何に子供を教訓せんとするも
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
美しい娘も老いておもかげが変ったのであろう、私のおさない眼には格別の美人とも見えなかった。店の入口には小さい庭があって、飛び石伝いに奥へはいるようになっていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
私は表現の権威につきては十分注意したつもりであった。表現の価値を批判しつつ、みずからも言い女の言をも聞いた気であった。しかしなんといっても私がおろかにしておさなかったに相違ない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
おさない時分から、始終劣敗の地位にしいたげられて来た、すべての点に不完全の自分の生立おいたちが、まざまざと胸に浮んだ。それより一層退化されてこの世へ出て来る、赤子のことを考えるのも厭であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
伸びるいきおい不揃ふぞろひなところが自由で、おさなく、愛らしかつた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そしてその足もとへ、誰かぶつかった者があるので、初めてオヤと我に返って見ると、姉弟ふたりおさないものが手をつないでシクシクと泣いている……。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)