かん)” の例文
それに離屋にゐる先のお内儀のお直さんも死んだことだし、少しはたしなめと言つたのが、ひどくお近さんのかんにさはつた樣子で——
かんのせいで、そんないやがらせをなさるんでしたら、もういっさいそまつな口あききませんから、あしたの朝にしておくんなせえましよ
唄と囃が一時にやみ、風が落ちて海がいだような広間の上座から、播磨守がかんを立てた蒼白あおじろんだ顔で次の間のほうをめつけながら
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そしてわざと暗い所をってもつれ合ってゆく柔弱なやからを見るといきなり横づっぽうの一つも張り飛ばしてやりたいほどかんがたって
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
前に立って、木村助九郎が、ついにこうかんげ、刀の柄を打ち鳴らすと、年上の庄田と出淵の二人は、まあ待てとそれを止めながら
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お父さんのかんの起らない時には、それは優しい人でしたよ。子供にきゅう一つすえられないような人でしたよ」と嫂は話してくれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それをとうとう売らせたのは英吉と申すわたしの兄、……やはり故人になりましたが、その頃まだ十八だつた、かんの強い兄でございます。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
年は四十六歳なのだが、五十以上にも老けてみえる、色の黒い、骨ばった、ごつごつした躯つきで、かんの強そうな顔をしていた。
この時、高部は前よりグッと手荒く、竜之助の肩をつかみ、極めて意地悪く小突き廻すと、その時、竜之助のかんがピリリと響き
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
余が飛び上がるのを相図に四人が申し合せたようにホホホとかんの高い声で笑った。おやと思ううちにどたりと元のごとく地面の上に立った。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
元気なすずめ一羽いちわ、少し先の、半ば割れた赤煉瓦あかれんがの上に止って、絶えず全身をくるくる回し、をひろげて、かんにさわる鳴き声を立てていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
持ち前で眉根まゆねをしかめていた。漠然と横目を流した掴みどころのない表情で、かんの立った馬の背に乗ってぐるぐるまわっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
如何にも其様そんな悪びれた小汚い物を暫時にせよていたのがかんに触るので、其物に感謝の代りに怒喝を加えてなげてて気をくしたのであろう。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こんな何の変哲もない言葉が、どうした加減かぐいとグーロフのかんに触って、いかにも浅ましい不潔な言い草に思われた。
かんのせいか、あんまりゾッといたしませんねえ。そりゃそうと、どうおっしゃるのですか……乾雲丸か、このあたしか」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
まあ一杯、まあ一杯と無理矢理に二人をとらえて仲間に入れたが、彼らのいうことがいちいち私たちのかんにさわった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そのあまりに完全な立派さがかえって悲運を想わせるような顔立ちでした。子供はかん持ちらしい鋭く羸弱るいじゃくな子でした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
君は見たことがあるかい……ことにかんが立っておる時の息づかいを? 子供の泣き声もやはり恐ろしい……だって
そう云いながら夫が眼交ぜで、「まあ、今直ぐ帰るとも云いかねるから」と訴えているらしいのが分ると、それが何がなしにかんに触れてならなかった。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その人の言葉は何んでもないのであったでしょうが、ふと、今いった言葉の中に、「怠けてはいけない」という一語があったので、私のかんさわりました。
お君さんのかん走った声がしている。やがて、土間をあける音がして、御亭主が駅へ妾さんをむかいに出て行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
というような赤子のような声で、女房はあんな工合だし、かんにさわってさっぱり寝つかれん、仕方がないから、こんな小さな池だし、干してやれと思って
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
あい長上下なががみしも、黄の熨斗目のしめ、小刀をたしなみ、持扇もちおうぎで、舞台で名のった——脊の低い、肩の四角な、堅くなったか、かんのせいか、首のややかしいだアドである。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母子おやこに聴かすよりも、もし男でも来ていたら、それに聴かすつもりで、そんなことをかん高い調子でいい続けた。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
イヤ先日せんじつかんつてつたところへ、其方そのはうさからつたものだから、つまらん事をまうして気の毒に心得こゝろえ出牢しゆつらうをさした、其方そのはう入牢中じゆらうちうに一作つたから見てれ。シ
詩好の王様と棒縛の旅人 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
私のこの爪を気にする病いはかんという古く曖昧あいまいではあるが同時に多含で適切である言葉でしかいい現せない。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
当然回転が早められたようなかんの狂いを感じて、そのまま失神きのとおくなるような眩暈を起こしてしまったのです。
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
君の頭を引っぱり込もうとしている態度を見ているうちに、吾輩の持って生れたかんの虫がジリジリして来た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「あたしは邪慳さ。おまけにこの頃はかんが起ってじりじりしているから、たれかれの遠慮はないんだよ」
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ところが、その獰猛な顔が引っこんだらしいと思うと間もなく、今度はかんの強い声が指揮台から聞え出した。新入生たちはちょっと顔をあげてその声の主をぬすみ見た。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「遠慮せずに、斬って来い! 今夜はこっちも容赦しねえぞ。少しかんが立っているのだから——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
かっぽれには、僕以上に固パンの英語がかんにさわるらしく、小さい声でれいの御自慢の都々逸どどいつ
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「ご所望しだいにきましょうか」こういって口もとを曲げて見せた。左の唇がかんのためでもあろうか、斜めに上へまくれ上がって、そこから犬歯がとがって見える。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君は少しふきげんそうな、口の重い、かんで背たけが伸び切らないといったような少年だった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その癖のある尻上りの文字が、突然彼のかんにさわった。彼はそれを引っぱり出して、いきなり二つに破ろうとした。しかし厚過ぎて、ただねじれただけで、破れなかったのだ。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
焦慮あせり気味の慎九郎は、老僕の押えた袖を、かん強く振り払った、袖はほころびてビリッと泣いた。
討たせてやらぬ敵討 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
三味線弾きになろうとしたが非常にかんが悪い。落話家はなしかの前座になって見たがやはり見込がないので、遂に按摩になったという経歴から、ちょっと踊もやる落話おとしばなしもする愛嬌者あいきょうものであった。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は自分の不安な心を見るやうにランプの揺れるしんを凝視して、かん苛立いらだてて居た。
そういうことが三日みっか四日よっかとつづくうち、天子てんしさまのおからだは目にえてよわって、御食事《おしょくじ》もろくろくにがれないし、かんばかりたかぶって、るもおどく御容態ごようだいになりました。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
かんのためにそう引きつるのだとは、跡でお袋みずからの説明であった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
湯村はこの日、朝ツからかんが立つて、妹ばかり叱つて居た。塩鰺しほあぢの塩加減、座敷の掃除、銅壺どうこに湯をらしたの、一々癪に触る。襦袢の洗濯を忘れて居たのでは、妹が泣出すほど叱り付けてやつた。
茗荷畠 (新字旧仮名) / 真山青果(著)
おせいはくせかんが起ってくるのを、じっとこらえながら聞いた。
お勢登場 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
着せるにゃあたらねえ。畜生、生意気ぬかすな、と、ここまでこうかんの虫がぐっと込みあげて来ましたね。だがでがす。まあそうしたもんじゃねえ。町長さんの口添えもあり、これも本斗のためだとひとまず胸を
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かんの強い東洋史の専門家はにやりと笑つた。
年の頃二十一、二、少々馬面うまづらで、丈夫で、そのくせ意志が弱さうでかんが強さうで、どう見ても戀患ひなどをしさうもない人柄です。
ぐっと右門のかんにこたえたものでしたから、時機はよし、もうこうなるからには御意もよし、さっそうとしてその場に出動いたしました。
それがまた気を負った煙客翁には、多少かんにもさわりました。何、今貸してもらわなくても、いつかはきっと手に入れてみせる。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
カオルがかんをたてた声で、愛一郎に毒づいている。愛一郎は、車のボンネットにひじをつき、そっぽをむいたまま返事もしない。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ここんとこ、久しくこの腕ッぷしを振り廻さねえから、かんの虫が退屈しやがって、なんだか、こううずうずしているのだぞ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正三たちの父は、初めから兄たちの結婚に反対であったうえに、結婚後の二人の派手な生活がことごとにかんに障ったらしい。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)