狼狽ろうばい)” の例文
不意に伊豆守が不思議なほどな狼狽ろうばいの色を見せて、右門の鋭い凝視をあわててさけながら、濁すともなくことばを濁されましたので
脚燈の火に触れはすまいかと狼狽ろうばいしているが、一方ではむち打たれて、無理にも獅子だということを思い起こさせられているのである。
残る一人がちょっと狼狽ろうばいしたところを、飛びかかって、肩をおさえて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
首を振ったが、それは事実そのとおりなのだが、どうしてか顔が熱くなり、兄やつなの眼がまぶしくなった。そこで彼は自分で狼狽ろうばい
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから上野がられて犬のようにころがるだけでなく、もう少し恐怖と狼狽ろうばいとを示す簡潔で有力な幾コマかをフラッシュで見せたい。
映画雑感(Ⅲ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私もまごついたが、相手は、もっと狼狽ろうばいしたようであった。れいの秀才らしい生徒である。白皙はくせきの顔を真赤にして、あははと笑い
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
吾輩は実をいうとこの時に内心すこぶ狼狽ろうばいしたね。タッタ今歯で引抜いた黒い毛は、どこかへ吐き出すか嚥込のみこむかしてしまっている。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
馬関ばかんに来り虎病患者死せし頃は船中の狼狽ろうばいたとへんにものなく乗組将校もわれらも船長事務長と言ひ争そひて果ては喧嘩けんかの如くなりぬ。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
すると意外にもお芳が一人、煉瓦塀れんがべいの前にたたずんだまま、彼等の馬車に目礼していた。重吉はちょっと狼狽ろうばいし、彼の帽を上げようとした。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
格別! と言い切って、口をまた固く結んだその余音よいんが何物を以ても動かせない強さに響きましたので、いまさらに女は狼狽ろうばいして
狼狽ろうばいと混迷の極から、お駒は、急に立ちなおってきた。すっかりおちつきを取りもどして、しずかに、お民のほうへすわり直した。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
きよさん清さん。」という声が聞こえた。その声は狼狽ろうばいした声であった。余が蹶起けっきして病床に行く時に妹君も次の間から出て来られた。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
僕は、西洋の事なんぞは、なるたけ言わないようにしているのに、お母様に西洋の例を引いて弁じ附けられて、僕は少し狼狽ろうばいした。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうとは思っていたにしろ、カビ博士がこうして素直すなおにそれを認めたとなると、僕はあらたな狼狽ろうばいにおちいらないわけにいかなかった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この間から無闇むやみと話を急いだ様子や、たった今の狼狽ろうばいしたような態度を見ると、矢張知っていたのであろうかと思わざるを得なかった。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「ゲルベルトの月琴タムブル⁉」検事は法水の唐突な変説に狼狽ろうばいしてしまった。「いったい月琴タムブルなんてものが、鐘の化物ばけものにどんな関係があるね」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼は自ら進んでこの条件を、認容したのだといったふうに、見せかけたかったが、あまりにも狼狽ろうばいした彼にはその方法もできなかった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
又お二人にしても余り不覚な、それしきの事に狼狽ろうばいされる方ではなかつたに、これまでの御寿命であつたか、残多のこりおほい事を致しました
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もののようにえた呂宋兵衛は、すでに、味方みかたなかばはきずつき、半ばはどこかへ逃げうせたのを見て、いよいよ狼狽ろうばいしたようす。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はじめアリスは冗談と思ったのだが、良人おっとの手に力が加わって、真気ほんきに沈めようとかかっているので、急に狼狽ろうばいしてもがき始めた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
両親も多少は狼狽ろうばいしたものか、御仲人様に私の身体の不浄を申し上げたのは、披露の宴も大方すもうとした頃で御座いました。
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
こういた場合にもあまり狼狽ろうばいした様子を見せない弟は、こう慰めるように言って、今度は行李を置いてFと二人で出て行った。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
それは彼を喜ばせるよりもむしろ狼狽ろうばいさせたのであった。俺は一体どこへ連れて来られたのであろう、ここは一体どこなのだ?
(新字新仮名) / 島木健作(著)
次郎は何も考える余裕がないほど狼狽ろうばいしていた。で、ほとんど反射的にそんな言葉が彼の口からつぎつぎに爆発したのである。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そして次の十九日、即ち犯罪の行われた翌々朝、狼狽ろうばいした当局者の横面よこつらをはり飛ばす様に、又しても、前代未聞の椿事ちんじが突発したのである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少し狼狽ろうばいして、庸三は出て見たが、「二度とおれの家のしきいまたぐな」ととがった声を浴びせかけて、ぴしゃりと障子を締め切った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
テナルディエは慄然りつぜんとした。しばらくすると、脱走が発見された後に起こる狼狽ろうばいし混雑した騒ぎが監獄のうちに起こってきた。
狼狽ろうばいしていたと云ってもよかった。美奈子は、全身の血が、凍ってしまったように、じっと身体を縮ませながら、立っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
地震ぢしん出會であつた一瞬間いつしゆんかんこゝろ落着おちつきうしなつて狼狽ろうばいもすれば、いたづらにまど一方いつぽうのみにはしるものもある。平日へいじつ心得こゝろえりないひとにこれがおほい。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
「僕がまいりましたのは……」と、アリョーシャは狼狽ろうばいしながら、口ごもった。「僕は……兄の使いでまいったのです……」
ゆえにこの想像がなかったならば狼狽ろうばいすべかりし場合にも、うんこれは例の夢が実現せられているんだと、思いきりがつく。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と岸本が病室の方へ節子を誘おうとした時は、さすがに狼狽ろうばいの色が彼女の顔に動いた。節子は岸本にいて病室に入ると直ぐ窓の方へ行った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このときの父の様子は余程狼狽ろうばいして居るようでした。それで声さえ平時いつもと変り、僕は可怕こわくなりましたから、しく/\泣き出すと、父は益々ますます狼狽うろた
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
此の前、見張台みはりだいでグラマンを見たとき、私は狼狽ろうばいはしたけれど、恐いとは思わなかったのだ。今、私をとらえたあの不思議な恐怖は何であろう。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そこで実際生活に必要なことは、如何いかなる不意を喰ってもこれに狼狽ろうばいしないだけの心胆を錬っておくことであると思う。
多くの草刈夥間なかま驟雨ゆうだち狼狽ろうばいして、蟻のごとく走り去りしに、かれ一人老体の疲労はげしく、足蹌踉よろぼいて避け得ざりしなり。
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戦場なら、こんなみじめな思いはしないと、後程人に話したが、人の親清盛の狼狽ろうばいぶりは想像にあまりあるものがある。
成は慨然がいぜんとしてついて来た。そして寝室の前にいくと周は石を取って入口の扉を打った。内ではひどく狼狽ろうばいしだした。周はつづけざまに扉を打った。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
処が、以外にも氏の顔には、今が今、自分の口から出た言葉に吃驚びっくり狼狽ろうばいして居る色が私達の吃驚以上に認められた。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「僕の関係した事でないから、僕は何とも云うまい。だから君もそう落胆イヤ狼狽ろうばいして遁辞とんじを設ける必要も有るまい」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
我が作れる狭き獄室に惰眠だみんむさぼ徒輩とはいは、ここにおいて狼狽ろうばいし、奮激ふんげきし、あらん限りの手段をもって、血眼ちまなこになって、我が勇敢なる侵略者を迫害する。
初めて見たる小樽 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
庄吉もまったく狼狽ろうばいして実家へ問い合せたがそこにも居らず、探してみると浮田信之と失踪していることが分った。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
物も言わずに突き膝で箪笥たんすの方へにじり寄り、それをしまいこむその腰のあたりを見ると、安二郎はなぜかおかしいほど狼狽ろうばいして、しぶしぶ承知した。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
貴子たかこさんも狼狽ろうばいした。実は事によるとほんとうにおいでになるかもしれないと思って、三、四日用心していたのをあいにく今日から油断したのだった。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
同人は驚愕きょうがくのあまり大声をあげて泥棒泥棒と連呼し隣室に就寝中の竜太郎氏に救いを求めたので、賊は狼狽ろうばいの極
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
学者の輩がかくも狼狽ろうばいして、一朝にして一大学校を空了くうりょうして、日本国の洋学が幕府とともに廃滅したるは何ぞや。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
狼狽ろうばいした振りで本村町ほんむらちょうへ行き、清岡先生に三番町の千代田という家へ行った事を告げると、先生はにわかに不快な顔色をして、いろいろ弁解するのも聴かず
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それだけの狼狽ろうばいをさせるにしても快い事だと思っていた。葉子は宿直部屋べやに行って、しだらなく睡入ねいった当番の看護婦を呼び起こして人力車じんりきしゃを頼ました。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
併し其等は一切無益であった。彼女は歩度を緩めて彼を振向いた。足をめた。最早取返しは付かなくなった。狼狽ろうばいの余りかえっ誤間化ごまかす事が出来なかった。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
田中は私の余りに狼狽ろうばいした手紙に非常に驚いたとみえまして、十分覚悟をして、万一破壊の暁にはと言った風なことも決心して参りましたので御座います。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)