煌々こうこう)” の例文
深夜両親の寝室で時々煌々こうこうと電燈がともったり、螢光燈ランプが輝いたりするのも、彼女は気がついて不思議に感じているに違いない。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
新張家の豪華を極めた応接室の中央と四隅のシャンデリアには、数知れない切子球に屈折された、蒼白な電光が煌々こうこうと輝き満ちている。
女坑主 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
八畳の茶の間に燈火とうか煌々こうこうと輝きて、二人が日頃食卓に用ひし紫檀したんの大きなる唐机とうづくえの上に、箪笥たんすの鍵を添へて一通の手紙置きてあり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「あれ、あの煌々こうこうとみゆる将星が、予の宿星である。いま滅前の一さんをまたたいている。見よ、見よ、やがて落ちるであろう……」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
汽船きせんがいくとみえて水平線すいへいせんに、一まつけむりのぼり、おき小島こじまには、よるになると煌々こうこうとしてひかりはな燈台とうだいが、しろとうのようにかすんでいます。
薬売りの少年 (新字新仮名) / 小川未明(著)
電気が煌々こうこうとついていた。部屋の隅に母がねずみよりも小さく私の眼に写った。父が、その母の前で、巡査じゅんさにぴしぴしビンタを殴られていた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
次第に夜の明くるに従って月の光の薄らぐと同時に南方雪山の頂には暁の星が輝々きき煌々こうこうと輝いて、その光が湖面に反射して居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そして夕方には久しぶりで、太陽がまぶしく輝きだした。「あすはお月さまにかくされることも知らないで、お日さまは煌々こうこうと照っていますね」
日食記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
昔の煉瓦建れんがだてをそのまま改造したと思われる漆喰しっくい塗りの頑丈がんじょうな、かど地面の一構えに来て、煌々こうこうと明るい入り口の前に車夫が梶棒かじぼうを降ろすと
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
真昼間のように煌々こうこうと電灯がかがやき、掘割のように、いく筋も入りこんだ海水の上に、例の鯨のような潜航艇がいく十となく浮んでいた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
暮れなやむ夏の夕暮のまだほの明るいやみを、煌々こうこうたる頭光ヘッドライトで、照し分けながら、一台の自動車が、はげしい勢でけ込んで来た。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
祝言の煌々こうこうたるあかりに恥じらうごとくその青い火はすぐ消えてしまったが、登勢は気づいて、あ、螢がと白い手を伸ばした。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「電気はよいの口から煌々こうこうと点いていたさ。僕はあなたと違って品行方正だから、夜遊びなんか滅多めったにした事はありませんよ」
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十六の煌々こうこうと照り渡って、縁から射し込む美しい夕陽と対照し、甘美な香煙がゆらゆらとこめる中に、九郎次先達の祈祷が始まるのです。
宵闇の深くならぬ先に、いおりのまわりは、すっかり手入れがせられて居た。灯台も大きなのを、寺から借りて来て、煌々こうこうと、油火あぶらびが燃えて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
石橋のかかつてゐる中の島の枯松を越して、奥座敷に電燈が煌々こうこうとついてゐた。座敷の中には美術品らしいものが一ぱいに詰つてゐるのが見えた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
ふたたび子どもにうながされてようやく座敷へ上がる。姉はばさばさ掃き立てている。洋燈ランプ煌々こうこうとして昼のうす暗かった反対に気持ちがよい。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
沙漠の旅は夜においてすものなれば、あるいは明月煌々こうこうたるの夕、あるいは星斗闌干せいとらんかんたるの夜、一隊の隊旅キャラバン香物こうものかおりを風にただよわせながら
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
深夜の伊志田屋敷は、部屋という部屋に煌々こうこうと電燈が点じられ、庭には懐中電燈の光が交錯して、物々しい光景を呈した。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
したがって、この昔話も煌々こうこうたる電灯の下で語るよりは、薄暗いランプの下で語るべき種類のものであるかも知れない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
食卓は煌々こうこうと灯に照らされていて、多計代の手がこまかく動くごとに蒼く紫っぽく焔のような宝石のひらめきが走った。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ただ遥かの高台の首相官邸や書記官長邸と覚しきあたりから煌々こうこうと木立ち越しに電灯の光がれているばかりであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その中に篝火かがりびが燃え立って、特に煌々こうこうと光り輝やいているものの動いているのは何かと見ると、それは神輿であった。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と、忽ち剣の面、煌々こうこう明々陽に輝き、四方一面天地をこめて虹の如き光りほとばしると見るや「うん!」とばかりに悶絶して五右衛門は地上にたおれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
床間とこのまには百合の花も在らず煌々こうこうたる燈火ともしびの下に座を設け、ぜんを据ゑてかたはら手焙てあぶりを置き、茶器食籠じきろうなど取揃とりそろへて、この一目さすがに旅のつかれを忘るべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
坂の途中に、電灯を煌々こうこうとつけて土木工事をやっている。近づくと兵隊さんの姿もあり、兵舎のようなものもある。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして彼の本心は、彼をくじき苦しめ打ち折った後、恐ろしい煌々こうこうたる落ち着いた姿をして彼の上につっ立ち、彼に言った、「今は平和に歩くがいい!」
彼の眼にうつつた狭い船室の内部は思つたよりも煌々こうこうとして居、其処にただ一の陰影しか残されてはゐなかつた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
煌々こうこうたる食堂。それが却って明る過ぎて、何か今夜は堅苦しい。誰でもが緊張して、以前とは様子が違っている。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
煌々こうこう燭台しょくだいつらね、十四五人の侍臣侍女にとり巻かれて、忠秋はいま大盃をあげているところだ、そのすぐ傍らに妹の汀がいるのをすばやく認めた藤六は
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
県下の大半の人間が衣裳を飾って楽しげに木蔭を逍遥しょうようしているが、煌々こうこうたるこの照明の中では誰にも何ら不思議なものとも怖ろしいものとも思われない。
煌々こうこうとしている妓楼の家の中はちょうど神経が興奮している時のように夜のけるに従ってえ返っている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
燭台の光が煌々こうこうとかがやき渡って、金泥きんでいふすまに何かしらいにしえの物語めいた百八つの影を躍らせているのだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
吉里は燭台しょくだい煌々こうこうたるかみまぶしそうにのぞいて、「何だか悲アしくなるよ」と、覚えず腮をえりに入れる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
今言ったように太陽がすでに昇っていたけれども、それでもその部屋にはまだ煌々こうこうと燈火がついていた。
お燈明の煌々こうこうと輝く仏壇の前に坐りこんで、数珠じゅずのかかったを合わせて、殊勝げにお経をあげていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そこに数十枚のむしろが敷きつめられてあり、その周囲まわりに、煌々こうこうとして幾多の篝火かがりびが焚き立てられている。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まだ、終列車まで、いくつかあるとみえ、暗い夜の中に、その一角だけ、煌々こうこうと、光を発散している。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
しばしば跫音あしおとを立ててしっくいたたきの土間を、靴で士官の群の処へ通うのはこのボオイで、天井は高く四辺あたりはひっそり、電燈ばかり煌々こうこう真昼間まっぴるまのごとく卓子をてらして
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今までかすかなりし燭火の光、煌々こうこうとあたりまばゆきばかり照り輝きて、あなたの壁際に年ごろ二十あまりともおぼしき女の、鮮血にまみれておどろの黒髪振り乱し
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
会堂に着くと、入口の所へ毛布けっとを丸めて投げ出して、木村の後ろについて内にはいると、まず花やかな煌々こうこうとしたランプの光が堂にみなぎっているのに気を取られました。
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その中にペテロも交じって、燈火煌々こうこうたる室内の成行きを心配しながら、火にあたたまっていた。
海に突き出して一つの城郭のようにやかたが右手に見える。点々たる星の空の下にクッキリと四角に浮き出すその家の広間の中は、煌々こうこうとしてどのくらい明るいのかとおもわれる。
喧騒けんそうしてる蛮人らを煌々こうこうたる鎗でなぎ倒す至上の理性など——のうちに明滅する、かつて愛したことのある見れた一つの眼つきを、一つの微笑を、クリストフは見てとった。
と思った次の瞬間、彼女の姿はもう馬車の中にはなくて、煌々こうこうと灯のともったクラブの車寄せ近くに立っていた巡警が、不愉快きわまる声でパンテレイモンをどなりつけた。——
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼らの小屋では焚火のあかりで夜を過したが、ここには、これはこれは——と見あげる珍しいランプがともっていた。その輝きを煌々こうこうと感ずるだけでもほッと救われるのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
煌々こうこうと無数に臨時燈をかかげ、その真昼のような明るさの中に、青磁色無地、剣かたばみを大きく染め残した式幕で門前を廻らし、その左右に高張りを立てて、静まりかえった大家たいかを見た。
自殺を買う話 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
私は、その夕、電燈煌々こうこうとして自動車の目まぐるしく飛びにぎやかな町中で、一枚の号外を握って、地質時代の出来事であるところの、氷河退却時代が、のあたりに見られるのだと思った。
火と氷のシャスタ山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
窓の外は病院の中庭で、そこに外郭がいかく煉瓦れんがで囲った手術室がある。手術室には煌々こうこうと燈火が点いている。中では順吉の手術が行われているわけである。薄闇の中で手術室の窓はいかにも明るい。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
閉め切ったその上段に煎餅せんべい蒲団にくるまって寝て、その下段に電灯を引張り込み、それにどこからか持ってきた途方もない大きな電球をつけ、煌々こうこうと光るその光で暖をとっていたというのだが
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)