炬燵こたつ)” の例文
けさ遠野から馬車に乗った人たちが、二組三組に分かれてほうぼうの室の炬燵こたつにあたっている。時計を見ると、もう三時少し過ぎた。
黄昏 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
わたしが十一か二の年の冬の夜だつたと覚えてゐる。お父さんは役所の宿直番で、私はお母さんと二人炬燵こたつにさしむかひにあたつてゐた。
お母さんの思ひ出 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
したふか板倉のひえ炬燵こたつとは少しもがないといふ事なりと火と同音どうおんなればなり夫より後世こうせい奉行ぶぎやういつれも堅理けんりなりといへども日を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
前から鶏舎や炬燵こたつなど作ってもらっていたが、この前の五月二十五日の空襲の翌日(二十七日)ふらりと姿を我家へ現わしてくれた。
海野十三敗戦日記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この炬燵こたつやぐらぐらいの高さの風呂にはいってこの質素な寝台の上に寝て四十年間やかましい小言こごとを吐き続けに吐いた顔はこれだなと思う。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ある日、私が鳥わなの見廻りか何かに行って来ると、内には母がたった一人で炬燵こたつにあたっていた。その顔がよほど変に、私に見えた。
私の母 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
手足が冷えると二階か階下かの炬燵こたつの空いた座を見つけて、そっとあたたまりに行くが、かつて家族に向って話をしかけたことがなかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
私は遠慮して、女たちふたりを炬燵こたつのある大きな布団に寝せ、ひとりで隅の小さいボロ布団にねたが、淋しくて寒くて仕方がない。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
下の間の若者達は、べんがら染の炬燵こたつぶとんを中心にかたまっていた。伝右衛門は、自分の息子たちを見廻すように、眼をほそくした。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふんと鼻で笑った藤吉、そうかとも言わずに退屈そうな手枕、深々と炬燵こたつに潜って、やがて鬱気もなげな高鼾が洩れるばかり——。
あるひは炬燵こたつにうづくまりて絵本読みふけりたる、あるひは帯しどけなき襦袢じゅばんえりを開きてまろ乳房ちぶさを見せたるはだえ伽羅きゃらきしめたる
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ああ、それも売物じゃいうだけの斟酌しんしゃくに違いないな。……お客様に礼言いや。さ、そして、何かを話しがてら、御隠居の炬燵こたつへおいで。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆき子はそのラジオを意地悪く炬燵こたつの上に置いた。富岡は急にかつとして、そのラジオのスイッチをとめて、床板の上に乱暴に放つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
夜、二畳の炬燵こたつに入って、架上かじょうの一冊をいたら、「多情多恨たじょうたこん」であった。器械的きかいてきページひるがえして居ると、ついつり込まれて読み入った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
秋の中央なかばではあったけれど名に負う信州の高原地帯の木曾の福島であったから、寒さは既に冬に近く炬燵こたつの欲しい陽気であった。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
爾来次男は母屋の仏間に、悪疾のある体を横たへたなり、ぢつと炬燵こたつを守つてゐた。仏間には大きい仏壇に、父や兄の位牌ゐはいが並んでゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は玩具おもちゃの包みを炬燵こたつの上へ置くと、自分も母や姉のように蒲団ふとんの中へ足を入れた。母は包みを解いて中からセルロイドの人形を出した。
御身 (新字新仮名) / 横光利一(著)
今はもうそういう手数てかずをする家も少なく、ただ朝から一日ゆっくりと休んで、炬燵こたつにでも入って寝転んでいるだけだそうである。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
むかしからくせがついているせいか炬燵こたつや湯たんぽばかりではたよりないといいますとそんなえんりょをしてくれないでもようござります
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
見ればこの人はまだ眼を開かないけれど、炬燵こたつの中から半身を開いて、かたえに置いた海老鞘えびざやの刀を膝の上まで引寄せているのでありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
斉興は、土へ紙を貼って蒔絵した、小さい手焙に手をかざし、脚は、友禅羽二重の蒲団を被せた炬燵こたつへ入れて、寝そべっていた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
弥太はけいきよく立ちあがり、「では炬燵こたつを入れておきましょう」と云って、階下へおりていった。佐吉は膳の上の盃を取った。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しるしばかりに持って行った手土産を隠居は床の間の神棚の前に供え、鈴を振り鳴らし、それから炬燵こたつにあたりながら種々な話を始めた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
炬燵こたつの中の雪見酒めいた文学の風情は、第二次大戦後の人類が、平和をもとめ、生活の安定をもとめてたたかっている苦痛と良心に対して
いいえ、夏でしたから、炬燵こたつじゃないんです。瓦斯ガスなんです。身体からだじゅう火ぶくれになってかわいそうな死にかたをしました。
夏の夜の冒険 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
寒がりの叔母は、炬燵こたつのある四畳半に入り込んで、三味線をいじりながら、低い声で端唄はうた口吟くちずさんでいたが、お庄の姿を見るとじきにめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
東風こち すみれ ちょう あぶ 蜂 孑孑ぼうふら 蝸牛かたつむり 水馬みずすまし 豉虫まいまいむし 蜘子くものこ のみ  撫子なでしこ 扇 燈籠とうろう 草花 火鉢 炬燵こたつ 足袋たび 冬のはえ 埋火うずみび
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
炬燵こたつに寝倒れ、その肉体的な苦痛よりも、仕事と闘うために最後の希望を托していた、その打撃が、まさしく私を打ちふせてしまったのである。
小さな山羊の記録 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「疊と疊の隙間にほこりがハミ出して居るぢやないか——おや、を切つてあるのか。若い者の癖に、炬燵こたつでもしたんだらう」
今までは神経痛のために仰臥することが出来ずに、おほむね炬燵こたつ俯伏うつぶしになつてゐたのが、昨夜以来は全く仰臥の位置のままだといふことである。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
式亭三馬しきていさんばの「客者評判記」のうちに、襟巻をした町人らしい人物が炬燵こたつを前にして、春狂言の番附を見ている挿画がある。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
外の雪は止んだと見えて、四境あたりが静かであった——炬燵こたつに当っていて、母からいろんな怖しい話を聞いた。その中にはこんな話もあったのである。
北の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
大晦日おおみそかの晩のことを私は覚えている。母は弟をおぶって街に出かけた。父と叔母と私とは茶の間で炬燵こたつにあたっていた。
想いは同じだと政江は何か愉しい気持で、炬燵こたつの上に足を伸ばした。その為には、権右衛門の足に触れる必要があった。
俗臭 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
されば今日だけ厄介やっかいになりましょうとしり炬燵こたつすえて、退屈を輪に吹く煙草たばこのけぶり、ぼんやりとして其辺そこら見回せば端なくにつく柘植つげのさしぐし
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
座敷に通ると火鉢や炬燵こたつに火を山のように入れてもらって、濡れた物を乾しにかかった。身に着いていたもので濡れていないものは一つもなかった。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
炬燵こたつにもぐり込んで配給の焼酎しょうちゅうでも飲みながら、絵本の説明文に仔細しさいらしく赤鉛筆でしるしをつけたりなんかして、ああ、そのさまが見えるようだ。
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
六畳には炬燵こたつがしてあった。清三は多くそこに日を暮らした。雑誌を読んだり、小説を読んだり、時には心理学をひもといてみることなどもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
さっき女中のき付けて行ったストーヴにどんどん薪をほうり込みながら、炬燵こたつの上で熱いやつをみ交していたが
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ある日のこと、それはちようど秋の末で僅かな耕地の名ばかりの収獲もすみ、早霜がすでにいくどか降り、炬燵こたつには火を絶やすことのできぬ頃であつた。
この握りめし (新字新仮名) / 岸田国士(著)
二人置いてけば、冬なら炬燵こたつが有るから当人同志で旨く成って仕舞い、当人が来たいと云えば宜いじゃアないか
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私が入口に入る姿を見ると、すぐ上り口の間で炬燵こたつにあたっていた加藤の老人夫婦は声をそろえて微笑わらいながら
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
炬燵こたつの火もいとよし、酒もあたゝめんばかりなるを。時は今何時なんどきにか、あれ、空に聞ゆるは上野うへのの鐘ならん。二ツ三ツ四ツ、八時はちじか、いな九時くじになりけり。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのうち子供は、炬燵こたつにもぐり込んで転寝うたたねをしている。今日だけの休暇を楽しむ、可憐かれんな奉公人の子供は、何の夢を見ていることやら、と言う意味である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
炬燵こたつの中で小さい孫を膝にのせ、暑い夏の日、日陰の涼み台の上で、ある時はそら豆の皮などむきながら、またある時は孫と向い合ってひきうすを回しながら
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
この部屋には炉が切ってあって、冬にはその上に炬燵こたつを設けた。雪の日など、兄と私は炬燵に暖まりながら、茶碗にすくってきた雪に砂糖をかけて食べたりした。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
自分で断然年賀端書を廃して悠然炬燵こたつにあたりながら彼の好む愚書濫読にふけるだけの勇気もないので、表面だけは大人しく人並に毎年この年中行事を遂行して来た。
年賀状 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お座敷のお炬燵こたつに当りながらウトウトしておいでになる間に生れたのだそうで、夜が明けてから子供の泣き声をおききになるとお二人ともビックリなすったそうです。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「冷えたんやらう、今晩から炬燵こたつ入れさしてあげるよつて、暖かにして寝なはい。そしたら治るえ。」
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
氏は笑いながら「ある人は私が炬燵こたつにあたりながら物をいっていると評するそうだが、全くそれに違いない。あなたもストーヴにあたりながら物をいってる方だろう」
宣言一つ (新字新仮名) / 有島武郎(著)