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棚引
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たなび
ふりがな文庫
“
棚引
(
たなび
)” の例文
振り返ると、野路の末、雑木林の向うの空に、大小の屋根が夢の町のように浮んで、霞に
棚引
(
たなび
)
いているのが見える。平馬の藩である。
平馬と鶯
(新字新仮名)
/
林不忘
(著)
空を横切る
虹
(
にじ
)
の糸、
野辺
(
のべ
)
に
棚引
(
たなび
)
く
霞
(
かすみ
)
の糸、
露
(
つゆ
)
にかがやく
蜘蛛
(
くも
)
の糸。切ろうとすれば、すぐ切れて、見ているうちは
勝
(
すぐ
)
れてうつくしい。
草枕
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
祭壇の前に集った百人に余る少女は、
棕櫚
(
しゅろ
)
の葉の代りに、月桂樹の枝と花束とを高くかざしていた——
夕栄
(
ゆうばえ
)
の雲が
棚引
(
たなび
)
いたように。
クララの出家
(新字新仮名)
/
有島武郎
(著)
からは
灰
(
はひ
)
にあとも
止
(
とゞ
)
めず
煙
(
けぶ
)
りは
空
(
そら
)
に
棚引
(
たなび
)
き
消
(
き
)
ゆるを、うれしや
我
(
わが
)
執着
(
しふちやく
)
も
遺
(
のこ
)
らざりけるよと
打眺
(
うちなが
)
むれば、
月
(
つき
)
やもりくる
軒
(
のき
)
ばに
風
(
かぜ
)
のおと
清
(
きよ
)
し。
軒もる月
(旧字旧仮名)
/
樋口一葉
(著)
奧の一と間には、線香の匂ひを
棚引
(
たなび
)
かせて、番頭の彌八が妹娘のお信や下女のお六に指圖をしながら、女主人のお兼の新佛姿を調へて居りました。
銭形平次捕物控:233 鬼の面
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
▼ もっと見る
また
出雲娘子
(
いずものおとめ
)
を吉野に火葬した時にも、「山の際ゆ
出雲
(
いづも
)
の児等は霧なれや吉野の山の
嶺
(
みね
)
に
棚引
(
たなび
)
く」(同・四二九)とも詠んでいるので明かである。
万葉秀歌
(新字新仮名)
/
斎藤茂吉
(著)
これは琵琶湖の光景で、東海道の道中でもする時分に近江路を歩いておると広々とした琵琶湖は霞を
棚引
(
たなび
)
かせて際涯もないように春の水を
湛
(
たた
)
えておる。
俳句はかく解しかく味う
(新字新仮名)
/
高浜虚子
(著)
病室のなかには、かけ詰めにかけておく吸入器から噴き出される霧が、白い天井や曇った
硝子窓
(
ガラスまど
)
に
棚引
(
たなび
)
いて、毛布や蒲団が、いつもじめじめしていた。
爛
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
私達は
重
(
かさ
)
なり
畳
(
かさ
)
なった山々を眼の下に望むような場処へ来ていた。谷底はまだ明けきらない。遠い八ヶ岳は灰色に包まれ、その上に紅い雲が
棚引
(
たなび
)
いた。
千曲川のスケッチ
(新字新仮名)
/
島崎藤村
(著)
「
御来宅
(
おいで
)
を願つて
甚
(
はなは
)
だ勝手過ぎたが、
少
(
す
)
こし御注意せねばならぬことがあるので」と、
葉巻莨
(
はまきたばこ
)
の
烟
(
けむり
)
多
(
ふと
)
く
棚引
(
たなび
)
かせて「
他
(
ほか
)
でも無い、例の
篠田長二
(
しのだちやうじ
)
のことであるが、 ...
火の柱
(新字旧仮名)
/
木下尚江
(著)
暫く御ぶさたしていました間にいつか今年も好季節になり六甲の山に日々霞が
棚引
(
たなび
)
くようになりました。
細雪:03 下巻
(新字新仮名)
/
谷崎潤一郎
(著)
伯爵は煙草に火をつけて、紫色の煙を
棚引
(
たなび
)
かせながら、我身の危急も知らぬげに、呑気らしく云った。
黄金仮面
(新字新仮名)
/
江戸川乱歩
(著)
あわあわしい
白
(
し
)
ら雲が
空
(
そ
)
ら一面に
棚引
(
たなび
)
くかと思うと、フトまたあちこち
瞬
(
またた
)
く間雲切れがして
武蔵野
(新字新仮名)
/
国木田独歩
(著)
窓ガラスのように、堤ぎわの空あかりが、
茜色
(
あかねいろ
)
に
棚引
(
たなび
)
き光っていた。小さい板橋を
渡
(
わた
)
って、
昏
(
くら
)
い水の上を
透
(
す
)
かしてみると、与平が水の中に胸にまでつかって向うをむいていた。
河沙魚
(新字新仮名)
/
林芙美子
(著)
あるいは
霞
(
かすみ
)
を
棚引
(
たなび
)
かせて、その中間の幾十里の直接不必要な風景を
抹殺
(
まっさつ
)
してしまう。
油絵新技法
(新字新仮名)
/
小出楢重
(著)
山腹を
這
(
は
)
う
蟻
(
あり
)
まで見えやしまいかと思うくらいハッキリと岩の角々が太陽に輝いている……と思う間に、その大山脈の絶頂から
真逆落
(
まっさかおと
)
しに七千噸の巨体が
黒煙
(
くろけむり
)
を
棚引
(
たなび
)
かせて
辷
(
すべ
)
り落ちる。
難船小僧
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
□夕方西に
紅
(
くれない
)
の
細
(
ほそ
)
き雲
棚引
(
たなび
)
き、
上
(
のぼ
)
るほど、うす紫より終に
淡墨
(
うすずみ
)
に、下に秩父の山黒々とうつくしけれど、そは光あり力あるそれにはあらで、冬の雲は寒く寂しき、
例
(
たと
)
へんに恋にやぶれ
田舎教師
(新字新仮名)
/
田山花袋
(著)
景彦の姿は
遽
(
にわ
)
かにおぼろげになって、遠くかすんで行った。幽微な雰囲気が、そのあたりに
棚引
(
たなび
)
いている。ほのかな
陽炎
(
かげろう
)
が少しずつ凝集する。物がまた
象
(
かたど
)
られて
揺
(
ゆら
)
めくように感ぜられる。
夢は呼び交す:――黙子覚書――
(新字新仮名)
/
蒲原有明
(著)
「おのおの方、あれを見られよ、煙が
棚引
(
たなび
)
いている」
大菩薩峠:05 龍神の巻
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
野と山にはびこる
陽炎
(
かげろう
)
を巨人の絵の具皿にあつめて、ただ
一刷
(
ひとはけ
)
に
抹
(
なす
)
り付けた、
瀲灔
(
れんえん
)
たる春色が、十里のほかに
糢糊
(
もこ
)
と
棚引
(
たなび
)
いている。
虞美人草
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
田圃に薄寒い風が吹いて、野末のここ彼処に、千住あたりの工場の煙が重く
棚引
(
たなび
)
いていた。疲れたお島の心は、
取留
(
とりとめ
)
のない物足りなさに
掻乱
(
かきみだ
)
されていた。
あらくれ
(新字新仮名)
/
徳田秋声
(著)
人々は彼と朝日照り
炊煙
(
すいえん
)
棚引
(
たなび
)
き親子あり夫婦あり
兄弟
(
きょうだい
)
あり
朋友
(
ほうゆう
)
あり涙ある世界に同居せりと思える
間
(
ま
)
、彼はいつしか
無人
(
むにん
)
の島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。
源おじ
(新字新仮名)
/
国木田独歩
(著)
ここにありて
筑紫
(
つくし
)
やいづく
白雲
(
しらくも
)
の
棚引
(
たなび
)
く
山
(
やま
)
の
方
(
かた
)
にしあるらし 〔巻四・五七四〕 大伴旅人
万葉秀歌
(新字新仮名)
/
斎藤茂吉
(著)
「一里四方、妖氣が
棚引
(
たなび
)
いてゐるくらゐのもので。ま、ちよいと覗いて見て下さい」
銭形平次捕物控:314 美少年国
(旧字旧仮名)
/
野村胡堂
(著)
残りなく寸断に
為
(
な
)
し終りて、
熾
(
さか
)
んにもえ立つ炭火の
中
(
うち
)
へ
打込
(
うちこ
)
みつ打込みつ、からは灰にあとも
止
(
とゞ
)
めず、煙りは空に
棚引
(
たなび
)
き消ゆるを、「うれしや、
我
(
わが
)
執着も残らざりけるよ」と
打眺
(
うちなが
)
むれば
軒もる月
(新字旧仮名)
/
樋口一葉
(著)
夕雲の
棚引
(
たなび
)
くように、ユラリユラリと高く高く天井を眼がけて渦巻き昇って、やがて一定の高さまで来ると、水面に浮く油のようにユルリユルリと散り拡がって、霊あるものの如く結ぼれつ解けつ
ドグラ・マグラ
(新字新仮名)
/
夢野久作
(著)
細く
棚引
(
たなび
)
くしのゝめの
若菜集
(新字旧仮名)
/
島崎藤村
(著)
此処
(
ここ
)
にして
家
(
いへ
)
やもいづく
白雲
(
しらくも
)
の
棚引
(
たなび
)
く
山
(
やま
)
を
越
(
こ
)
えて
来
(
き
)
にけり 〔巻三・二八七〕 石上卿
万葉秀歌
(新字新仮名)
/
斎藤茂吉
(著)
彼
(
かれ
)
の
未來
(
き
)
は
封
(
ふう
)
じられた
蕾
(
つぼみ
)
のやうに、
開
(
ひら
)
かない
先
(
さき
)
は
他
(
ひと
)
に
知
(
し
)
れないばかりでなく、
自分
(
じぶん
)
にも
確
(
しか
)
とは
分
(
わか
)
らなかつた。
宗助
(
そうすけ
)
はたゞ
洋々
(
やう/\
)
の二
字
(
じ
)
が
彼
(
かれ
)
の
前途
(
ぜんと
)
に
棚引
(
たなび
)
いてゐる
氣
(
き
)
がした
丈
(
だけ
)
であつた。
門
(旧字旧仮名)
/
夏目漱石
(著)
彼の未来は封じられた
蕾
(
つぼみ
)
のように、開かない先は
他
(
ひと
)
に知れないばかりでなく、自分にも
確
(
しか
)
とは分らなかった。宗助はただ洋々の二字が彼の前途に
棚引
(
たなび
)
いている気がしただけであった。
門
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
杉か
檜
(
ひのき
)
か分からないが
根元
(
ねもと
)
から
頂
(
いただ
)
きまでことごとく
蒼黒
(
あおぐろ
)
い中に、山桜が薄赤くだんだらに
棚引
(
たなび
)
いて、
続
(
つ
)
ぎ
目
(
め
)
が
確
(
しか
)
と見えぬくらい
靄
(
もや
)
が濃い。少し手前に
禿山
(
はげやま
)
が一つ、
群
(
ぐん
)
をぬきんでて
眉
(
まゆ
)
に
逼
(
せま
)
る。
草枕
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
一里を
隔
(
へだ
)
てても、そこと
指
(
さ
)
す
指
(
ゆび
)
の先に、引っ着いて見えるほどの
藁葺
(
わらぶき
)
は、この女の家でもあろう。天武天皇の落ちたまえる昔のままに、
棚引
(
たなび
)
く
霞
(
かすみ
)
は
長
(
とこ
)
しえに
八瀬
(
やせ
)
の山里を封じて
長閑
(
のどか
)
である。
虞美人草
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
「下らない」と自分は一口に
退
(
しり
)
ぞけた。すると今度は兄が黙った。自分は
固
(
もと
)
より無言であった。海に
射
(
い
)
りつける
落日
(
らくじつ
)
の光がしだいに薄くなりつつなお
名残
(
なごり
)
の熱を薄赤く遠い
彼方
(
あなた
)
に
棚引
(
たなび
)
かしていた。
行人
(新字新仮名)
/
夏目漱石
(著)
棚
常用漢字
中学
部首:⽊
12画
引
常用漢字
小2
部首:⼸
4画
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棚
棚曳
棚下
棚卸
棚機
棚村
棚寝床
棚倉
棚田
棚曝