“擦(さす)” の例文
お玉は嬉しくてたまらない、腰を屈(かが)めてムクの背中を擦(さす)ってやろうとすると、ムクがその口に何か物を啣(くわ)えていることを知りました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
船頭の半纒(はんてん)や、客の羽織などを着せて、擦(さす)つたり叩いたり、いろ/\介抱に手を盡して居ると、何うやらかうやら元氣を持ち直します。
同時に触角といふ其の細いしなやかな小さな角でそつと胃を叩いたり、乳管を擦(さす)つたりします。此の蟻の仕事は大抵うまくゆくのです。
そんな文句を、下手糞な字で、たどたどしく書きつけ、もう一度、上から擦(さす)って見てから、それを、肌身深く蔵(しま)いこんで仕舞った……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
水をのませても、水天宮様の御符(ごふ)を飲ませても、擦(さす)っても揺(ゆす)ぶっても、お直はもう正体がないので、彼女も途方にくれてしまった。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
誰一人としてその意味がわからなかった。いたずらにまごまごして彼女の背中を擦(さす)ってやったりするほかになす術(すべ)も知らなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
何だか独言(ひとりごと)のように言って聞かせて、錆茶釜(さびちゃがま)に踞(しゃが)んで、ぶつぶつ遣(や)るたびに、黒犬の背中を擦(さす)ると、犬が、うううう、ぐうぐうと遣る。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病気は腎臓(じんぞう)に神経痛で、気象のはっきりした銀子が気に入り、肩や腰を擦(さす)らせたりして、小遣(こづか)いをくれたり、菓子を食べさせたりした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
國「実にこんなお嬢さまはない、親孝行で、お父(とっ)さんのお達者の時分には八(や)ツ九ツまで肩を擦(さす)ったり足を揉んだりして、実に感心致します」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「僕も自分の商売を正面に貶(けな)されたんだから、実はムッとしたんだけれど、まあ/\と思って、胸を擦(さす)って帰って来たんだ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
親爺は急いで肌を入れた上から二の腕を擦(さす)った。吾輩に喰付かれたが、嬉しいらしく女中を振返ってニコニコと笑った。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
問ひて餘の字を付加へらるゝ時はスハヤと足を擦(さす)りたり又まだと云(いふ)は頓(やが)て其處(そこ)ならんと思ふて問ふとき付加へられて力を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
或る時、あまり足が痛かつたので、窃(そつ)と机の下に足を投げ出して脛を擦(さす)つてゐると、折悪しくそこへ伯父が出て来て
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
女は眼が悪いので菓子折を撫(な)でたり擦(さす)ったりして見た上、「どうも御親切に……」と恭(うやうや)しく礼を述べたが、その上にある紙包を手で取上げるや否や
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お利代が寝ずに看護してくれて、腹を擦(さす)つたり、温めたタヲルで罨法(あんぱふ)を施(や)つたりした。トロ/\と交睫(まどろ)むと、すぐ烈しい便気の塞迫と腹痛に目が覚める。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「いや、折角(せっかく)の志しだが、それには及ばねえ。今更お前さんに擦(さす)ってもらったところで、ひびのはいったおれの体は、どうにもなりようがあるめえからの」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
... 触れずに置(おい)ても古くなれば自然と光沢が出る。決して人が手で擦(さす)るから光沢の出る訳ではない」小山「それでよく解った。今の問題中に玉子は何故(なにゆえ)に銀器を ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ただこの上は遮二無二言うことを聞かせようと胸を擦(さす)って今宵を待っていた今日というこの十三日——待てば海路の何とやらで、これはまたどえらい儲け口が
有王は、その小屋で、主(しゅ)に生き写しの二人の男の子と三人の女の子を見た。俊寛は、長男の頭を擦(さす)りながら、これが徳寿丸(とくじゅまる)であるといって、有王に引き合せた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
刀を差した男の体は鳥のようであった。河野は何時(いつ)の間にか人事不省(じんじふせい)に陥ってしまった。そして、気がついた時には、刀を差した男が後(うしろ)へ廻って背を擦(さす)っていた。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
群集もちりぢりになって、親戚(みうち)の者ばかり残りました頃、父親は石の落ちたように胸を撫(な)で擦(さす)りながら
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私の手を兩手でとつて彼は擦(さす)つた。同時に彼は最も困惑した陰鬱な樣子で、じつと私を見つめてゐた。
啓吉は、そっと、ラジオを手で擦(さす)って見た。どこに音が貯えてあるのか不思議だったし、まるで噴き井戸から無限に溢れる音のように、ラジオはよくお喋(しゃべ)りしている。
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そうしてその一頭の長い額を叩き、頬の膨らみから頤の毛並を軽く軽く撫で擦(さす)った。馬は眼を細め、薄あかい歯茎をむき出し、顫(ふる)わせながら、さも擽(こそ)ばゆそうに笑った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それでもなお睡るようになって来ると、その番人が立って行って後ろの方から少し擦(さす)り気味に押えて、そうしてその病人に少しこう圧迫を感ぜしめて眼を覚まさせます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
嫋(しなや)かではあるが粗(あら)い手で私の全身(からだじゅう)を擦(さす)っている。その快い触覚が疲労と苦痛とで麻痺している私の肉体(からだ)を労(いた)わってくれる。私の意識は次第次第に恢復するように思われた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兄は柱(はしら)に倚(よ)つて立上り、縄の食ひ込んだ、血の滲(にじ)んだ手首(てくび)を擦(さす)り乍ら言つた。貢さんは
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
増さんは恥ずかしそうに眼をしばしばさせ、右手で、銀色の無精髭の伸びた顎を擦(さす)った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はっと息を呑んで其の儘注視して居りますと、先ず泣き歇(や)んだ男が、鼻を鳴らし乍ら、泣くのよそう、ね、泣くのよそうよ、と妻の背を擦(さす)りつつ優しく劬(いた)わり始めたのであります。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
立ち上らんとするに足の凍えたれば、両手にて擦(さす)りて、漸やく歩み得る程にはなりぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そして、恰度木を擦(さす)っているようじゃないか。大体屍体の粘膜と云えば、死後に乾燥するのが通例だろう。だが、二時間やそこいらで斯んなに酷いのは、恐らく異例に属する事だぜ。
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
固(もと)より承諾を得たりとは、その場合われと心を欺(あざむ)ける答えなりしが、果ては質問の箭(や)の堪えがたなく、最(い)とど苦しき胸を押さえ額(ひたい)を擦(さす)りて、眩暈(めまい)に托言(ことよ)せ、委(くわ)しくはいずれ上陸のうえと
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
「あいた。ひどいことをするぜ。おお痛い」と、西宮は仰山らしく腕を擦(さす)る。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
眼のなかへ入れても痛くない、子供の顔を見ないでは夜も日も明けないと云う可愛がり方。そして、車大工とその女房は、交わるがわるその一粒種を手にとって、撫でたり擦(さす)ったりしていた。
親ごころ (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
さし詰(つむ)る癪(しゃく)押(おさ)えて御顔打守(うちまもり)しに、暢(のび)やかなる御気象、咎(とが)め立(だて)もし玉わざるのみか何の苦もなくさらりと埒(らち)あき、重々の御恩荷(にの)うて余る甲斐(かい)なき身、せめて肩揉(も)め脚擦(さす)れとでも僕使(つかい)玉わばまだしも
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
署長は頻に床の上の厚い絨氈(じゅうたん)を擦(さす)っていた。見ると、厚ぼったい絨氈が直径一寸ばかりの円形に、すっかり色が変っているのだ。そして、手で擦ると恰で焼け焦げのように、ボロボロになるのだった。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
とお延は新九郎が痛いと云った足のところを擦(さす)り始めた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お祖母さんは、病人の足を擦(さす)ってやりながら言った。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
上へも下へも通らぬので、唇の色も紫になっていたのが、蝶吉の手で擦(さす)られると、恩愛の情に和げられて、すやすやと寝ることが出来た。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両手を上へ伸ばして、突伏(つっぷ)しになっていたお庄は、懈(だる)い体を崩して、べッたりと坐りながら、大きい手で顔を撫(な)でたり、腕を擦(さす)ったりしていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
加世は道に崩折れて、涙に溺(おぼ)れるように泣き濡れておりました。波打つ老女の背中を、八五郎の朴訥(ぼくとつ)な平手が怖ず怖ず擦(さす)っているのもあわれです。
尼「さア此方(こちら)へお這入りさア/\擦(さす)って上げましょう憫然(かわいそう)に、此の子が小さい手で押しても、擦っても利きはしない、おゝ酷(ひど)く差込んで来る様だ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
鉢合せをして打倒(ぶったお)れたまでのことで、道庵が痛い腰を擦(さす)って起き直ろうとした時に、先方のさむらいも同じく後ろに打倒れていることを認めました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美代子さんは後ろへ廻って、銀さんの背中を擦(さす)ってやった。銀さんは嬉しさ余って、クッ/\と泣き出したのだった。その晩のことが身に沁(し)みて、未だに忘れられない。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
多勢が四方から、咳(せ)き入る先生をなでるやら、擦(さす)るやら、半暗(はんあん)のひと間(ま)のうちが、ざわざわ騒ぎたったすきに乗(じょう)じて、お蓮さまはするりと脱け出て、廊下に立ちいでた。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
黒吉は、鼻血は止ったけれど、まだ腫れ上った体を擦(さす)りながら、それでも、嬉しそうだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
増さんは恥ずかしそうに眼をしばしばさせ、右手で、銀色の無精髭(ぶしょうひげ)の伸びた顎(あご)を擦(さす)った。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
法水が語り終えると、検事は冷たくなった手の甲を擦(さす)りながら、歩み寄って云った。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
胸を擦(さす)って山を下り、甲府お城下へ入り込んだら、憎い奴だ、コレ贋物(いかもの)、問屋場人足をけしかけて、二度目の喧嘩を売りおったな、それも遁がれて福島入り、もうよかろうと思ったら
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女は痺れ痛む右手を抱えて撫(な)で擦(さす)りながら、暫くの間無言でいたが、忽ち両手をうしろに廻して、真白な頸筋の処を揺り動かした。それから髪毛の中に指を入れて二三箇所いじり廻した。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)