てのひら)” の例文
背嚢ルックザックから乾麺麭かんパンの包みを取りだすと、てのひらの中でこなごなにくだき、たいへん熟練したやりかたでつばといっしょに飲みにしてしまう。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
狐のような顔が歪んで、泣き出したいような表情になるのを、伊助は自分のてのひらで、よく禿げた頭の上から、ツルリと撫で下げました。
何だか水晶の珠を香水であつためて、てのひらへ握つて見た様な心持ちがした。年寄の方が脊は低い。然し顔はよく似て居るから親子だらう。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
奥様が、烏はあしでは受取らない、とおつしやつて、男がてのひらにのせました指環を、此処ここをおひらきなさいまして、(咽喉のどのあくところを示す)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
それであるからたとひ大人であつてもそこから余程川下かはしもの橋を渡るときに、信心ふかい者はいつもこの淵に向つててのひらを合せたものである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
おじいさんは、ひざをって、うやうやしくあおたまてのひらうえせてながめていましたが、そのなかから、一つ、一つけはじめました。
ひすいを愛された妃 (新字新仮名) / 小川未明(著)
たった一粒、ひやりとしたほっぺたにてのひらをあてて、澤は後の方の空を振仰いだ。先刻の雲が、月に向ってちぎれて飛んで行くのであった。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
彼はてのひらでばたばたと鳥居の柱を敲きながら矢鱈やたらに身体をも打ち付けた。打ち付け打ち付け罵詈讒謗ばりざんぼうを極めて見たが鳥居は動かなかった。
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「成程、こいつあ尤だ。そいつから考えるのが順当だ。……壁に耳あり、喋舌っちゃァ不可ねえ。こいつァひとつてのひらでも書きやしょう」
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と言いながら、一つ一つ手にとって指頭で触ってみたり、鼻へ当てて嗅いだりしていたが、やがて、そのうちの一つをてのひらへ載せて
野球のミットのようなてのひらを広げると、土佐絵に盛りあげた菜の花の黄か——黄色い蝶をつかんできたのかと思うほど鮮かな色があった。
盲人たちは信じかねて、躊躇ちうちよしながら、それでもそつと手を差出しました。そのてのひらへ、エミリアンは金貨を一枚づつのせてやりました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
その時氏はまた美しいペーパーの張ってある小さい鑵の中から白い粉を取り出して、それをてのひらにこすりつけて両手を擦り合わした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
当人がそれをしゃべるわけじゃなし、それでちゃあんとてのひらを指すように言い当てておしまいなさる、あれが仏眼ぶつがんというものでございますな。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
低い鼻と、ふくれた赤いっぺたをもった若者は、五本の指で足りずにモ一つのてのひらをひろげて数えたてたが、またフイと云い出した。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
と、その男は、人前もなく、じゃんかづらに、ぼろぼろと涙をこぼし、その涙を、てのひらで逆さに撫でて嗚咽していたが、人々が驚いて
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょっと驚いたらしくてのひらを見ると、白い柔らかい、平べったい、豆腐の破片みたようなものが手の平へ二三枚ヘバリ付いている。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
女は顔に双手りょうててのひらを当てていた。それはたしかに泣いているらしかった。彼はもう夕飯ゆうめしのことも忘れてじっとして女の方を見ていた……。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と言うのはまっ赤な石炭の火が、私のてのひらを離れると同時に、無数の美しい金貨になって、雨のように床の上へこぼれ飛んだからなのです。
魔術 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、同時に、その血は頸筋へかけてすうっと流れ出したではないか? 思わずてのひらを出して、赤羽主任はその上へ拡げてみた。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
てのひらに一本の手筋もない純白のこのきゃしゃな右手にって、こちらの胸も苦しくなるくらいに哀れに表情せられているのが、わかる筈だ。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
丸く平べったい、てのひら位の小罐であったが、非常に綺麗に装飾がしてあって、私は、中味よりも罐が気に入って、それを選んだ程であった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「今年はいつまでも、ほんとに暑いな。」と云った時お雪は「鳥渡ちょいとしずかに。」と云いながらわたくしの額にとまった蚊をてのひらでおさえた。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
獅子は百獣の王、その毛を持っていれば、さすがの狂犬も慴伏しゅうふくして寄りつかぬというのだ。てのひらに虎の字を書く往昔むかしの落語を思い出される。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
皮膚を侵す病は最早もう彼女のてのひら全体に渡っていて、神経の鋭くなった指のあたりからはどうかすると血が流れるとのことであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
体をひねり、持つて来た薄い雑誌をむざ/\花床の上に敷いて片ひじまげる。河の流れへ顔を向けて貝の片殻のやうにひろげたてのひらほおを乗せる。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
文子はそういうと、ポケットからてのひらへかくれてしまうくらいの小さな懐中電灯を取だして、「・・——・・——」と光らせた。
危し‼ 潜水艦の秘密 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、それから一二分の後には、次郎の両手は、勘作の木の根のようなてのひらの中に、しっかりと握りしめられていたのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
てのひらを両方の膝の上にひろげて、全く時ならぬ時に途方もないのに、長く、大きな声で、びっくりするような笑い声を爆発させたのであった。
予ハサン/″\駄々ヲ捏ネテ皆ヲ手古摺ラシタガ、突然右ノてのひらニモウ一ツノ柔イ掌ヲ感ジタ。颯子ガ手ヲ取ッテイルノダッタ。
瘋癲老人日記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その中に珍しい何梃かの消音拳銃ピストルが含まれていた。極めて最新型の右てのひらの中に完全に隠れてしまうくらいの、ごくごく小型なものであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
あれぢやたとへキモノを着てゐたところで襤褸ぼろつきれでてのひらの機械油をごしごし拭きつけた人なることは一目瞭然りょうぜんぢやないか。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
例の小さい帖をてのひらの上に載せて、口の中では句を練りつつ唱へて居た作者が、ふと目を上げて灯の暗いのに気が附いた時に
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
てのひらかえしたようで可笑おかしいが、僕は今はお父さんに日本中の面白いところを是非隈なく歩いて戴かなければならない。その次第わけは先ず斯うだ。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その間も、師の蒲衣子ほいしは一言も口をきかず、鮮緑の孔雀石くじゃくいしを一つてのひらにのせて、深いよろこびをたたえた穏やかな眼差まなざしで、じっとそれを見つめていた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
自意識の旺盛なる爲に、一切我より出づとなして居るのは、自己のてのひらを以て自己の眼を掩うて居るが如き状が有りはせぬか。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
片手のてのひらにぎり込むを得る程の石にて打ち、恰も桶屋おけやが桶の籠を打ち込む時の如き有樣ありさまに、手をうごかし、次第次第しだい/″\に全形を作り上げしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
始めに小さな包のようなものを筒口へほうり込んで、すぐその上へ銀色をした球を落し、またその上へ、てのひらから何かしら粉のようなものを入れる。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かう言つて旦那は、お光に外させた比翼指輪を自分の節くれ立つた太い指にめかけてみたり、てのひらに載せてふは/\と目方を考へてみたりした。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
そして間もなく出て来ると、垢にまみれたさるみたいなてのひらを、ぱつと開いて、真中に四角な穴のあいたお鳥目を一つ見せた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
したがっててのひら全体がむきだしになり、そのため思惟の心が浅いものにみえるのである。作者の信仰が粗放であることを語っているように思えた。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
篩った粉を入れてねて固ければ牛乳で少しゆるめて小さくちぎっててのひらでグルグルと細長くちょうど親指位の太さにまるめて
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
法水が悠久磅礴ほうはくたるものに打たれたのみで、まるで巨大なてのひらにグイと握りすくめられたかのような、一種名状の出来ぬ圧迫感を覚えたのであった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ふい討ちであり苛烈かれつであった。削封が申し渡されて、はッと頭をあげたとき彼らの身分はてのひらをひるがえすように失墜していた。無になっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
森木が驚いていると、子爵はだしぬけに、彼の左手をとっててのひらに札をつかませると同時に其の手をぎゅっと握ったのだ。
正義 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
いつの間にか逃げ場を失って、ドアと反対のほうに追いつめられ、壁に背がつくようになった。社長の大きなてのひらは艶子の手首を掴もうとしている。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「イヤなかなか御丁重な御馳走で……。」と兄貴は大きいてのひらに猪口を載せて、莫迦叮寧なお辞儀をして、新吉に差した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
カムパネルラは、そのきれいな砂を一つまみ、てのひらにひろげ、指できしきしさせながら、ゆめのように云っているのでした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
パジョオルに従えば、この手のダニが二匹もいれば、子供の頭ぐらいすもものように食べてしまうというのだ。彼は、そいつをにんじんのてのひらへのせた。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
そして、台の左右には、まるでてのひらに乗れそうな体のお爺さんが二人、真赤な地に金糸で刺繍ししゅうをした着物を着、手には睡蓮すいれんの花を持って立っています。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)