なら)” の例文
予は病に余儀なくせられて、毎夜半およそ一時間がほど、床上に枯坐するならひなりき。その夜もいつもの頃、目覚めて床上に兀坐こつざしぬ。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
当時のならいとして、他国に亡命した者は、その生命の保証をその国に盟ってもらってから始めて安んじて居つくことが出来るのだが
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
容態のおもわしくない妻は、もう長い間の病床生活のならわしから、澄みきった世界のなかに呼吸いきづくことも身につけているようだった。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
月に一度ずつ、珠子が兄を誘って、殿村京子をどこかへ案内して御馳走するならわしになっていて、今夜はソロモン食堂が選ばれたのだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いつの戦にでも、その出陣には、春日山の城中で軍神をいつき祭り、武諦ぶたいの式を執り行って出ることは、上杉家のならわしである。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お物語りは勿体もったいないが。斯様かような浮世のせつないならわし。切羽詰まった秘密の処分さばきは。古今東西いずくを問わない。金の有る無し身分の上下。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
けだし相互の侵略に際して、運び去り得ない一切の糧秣りょうまつと食糧はこれを焼き払い打ち毀すのが一般のならいらしいからである1
窮厄きゅうやくにおりながら、いわゆる喉元のどもと過ぎて、熱さを忘るるのならい、たてや血気の壮士は言うもさらなり、重井おもい葉石はいし新井あらい稲垣いながきの諸氏までも
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
屈託なことのある時の慰安を賜わる所のようにして参候するならいになっていて、その人たちは院の御悩ごのうの重いのを皆心から惜しみ悲しんでいた。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
「しかし、お客をもてなすということは、私どものこの土地ではならわしではないので。私どもはお客はいらないのです」
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
お小夜も、お冬もそれにならひました。お茶は少しぬるくなりましたが、宇治の玉露は、大して味を失つては居りません。
もっとも食足くいたればいんを思うのは、我々凡夫のならいじゃから、乳糜を食われた世尊の前へ、三人の魔女を送ったのは、波旬もぱれ見上げた才子じゃ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ヘエ、左様で。例年は十二月の十三日に行うならいでしたが、当年に限って忙しかったので大晦日に致しました。そろそろ湯のわくころでございます」
クニ子が勤めを終えて戻ってくるまでに、飯だけは炊いておくならわしの重吉が時には不細工な手ぎわでワケギのぬたを作っていたり、魚を焼いたりもした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
生まれつきひ弱で、勝気ではあっても強気なところが見えない。世間に出てからは他に押され気味で、いつとはなしに引込ひっこ思案じあんに陥ることがならいとなった。
「姉さんの所へ来たのだ。姉さんの所へ来たのだ。」姉さん、勝彦はこの頃、瑠璃子をさう呼びならつてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
云聞せ旅裝たびよそほひは道々調へんとまづ二百兩の金を百兩はお花の胴に附させ殘りの百兩を自分に所持してならばぬ旅を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それがならせいとなり遂には煮ても焼ても食えぬ人物となったのである、であるから老先生の心底しんていには常に二個ふたりの人が相戦っておる、その一人は本来自然の富岡うじ
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
前にも記しましたように、源内の生まれた頃には世のなかでは儒教や仏教や神道が盛んで、それらに属する古い書物を習い覚えることが一般のならいであったのでした。
平賀源内 (新字新仮名) / 石原純(著)
ならわしとして前のものを「染附そめつけ」または「呉州ごす」といい、後のものを「赤絵あかえ」とか「上絵うわえ」とか呼びます。よく寿司屋が用いる「錦手にしきで」の皿や鉢は皆赤絵であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
富家ふかにありてはただ無知盲昧もうまい婢僕ひぼくに接し、驕奢きょうしゃ傲慢ごうまんふうならい、貧家にありては頑童がんどう黠児かつじに交り、拙劣せつれつ汚行おこうを学び、終日なすところ、ことごとく有害無益のことのみ。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
いらないというと、そのホテルではガイドにコミッションを割り戻すならわしになっていると言う。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
それにならってビショット氏も飛行機の製作に苦心されついに成功なされたが、またひどい目にもお逢いなされた。多摩川で試乗なされた節吹矢で射られたということじゃ。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「さうか、そんなならはしが有つたつけか。ぢや、往つて葉つ葉を捜して来るかな。」
わたしはその時まだ十二であった。Kのおじさんは、肉縁の叔父ではない。父が明治以前から交際しているので、わたしは稚い時からこの人をおじさんと呼びならわしていたのである。
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いかに戦国のならいとは云え敵と味方に分れてはかりごとの裏をかき合って居るのだとは……蘇秦の豪傑肌なあから顔と張儀の神経質な青白い顔とが並び合って落日を浴びながら洛邑の厚い城壁に影を
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
若旦那わかだんなのおともといえば、つねいちどんと朋輩ほうばいからされるならわしは、ときにかけ蕎麦そばの一ぱいくらいにはりつけるものの、市松いちまつっては、むし見世みせすわって、かみ小口こぐちをそろえているほう
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「それは土地のならはしだから為方がない。その貰ふ人も余所で泊れば、人に煙草を遣るのだからな。お前さんにだつて補助をして、今のやうに暮して行かれるやうにしてくれたぢやないか。」
実際じっさい世間せけんならわしとしてはいかにも表門おもてもんをりっぱにし裏門うらもん粗末そまつにする。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
母親は、それをいつものならいであるだけに止めることができなかった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
心からうれしそうに、隠居は満足だった。自分のことを、こうして「隠居さん」とならわしていたが、気丈そうに見える年寄りも、何かそんなことでユーモラスな愛すべき人に見えるのだった。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
そのころ剣客仲間の呼ならわしで、竹刀しないにあれ木剣にあれ、一足一刀の青眼に構えたまま、我が刀に相手の刀をちっともさわらせず、二寸三寸と離れて、敵の出るかしら、出る頭を、或いは打ち、或いは突く
兄は来る客ごとにお世辞の一つのやうに云ひならはして居た。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
子どもが参与するならわしがあったのではないかと思う。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
生かして返さぬまでも、究竟くっきょうなとりことして、これを責め折檻せっかんのすえ、敵状を知る手懸りとするなどは、武門の常識、ならわしといってよい。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世間のならいでは親は親として、御夫婦というものはどんな時にもごいっしょにおいでになることになっています。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
「姉さんの所へ来たのだ。姉さんの所へ来たのだ。」姉さん、勝彦はこの頃、瑠璃子をそう呼びならっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
切れ味の良い剃刀を、かうして親から子へ、姉から弟へと、何代も傳へるのが、昔の人のならはしでした。
大宅は、先の例にならって、ず小石を二つ三つ投げつけると、三匹の犬は、叢の中から、一斉にニョッと首をもたげて、血に狂った六つの目でこちらを睨みつけた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
間違ったことをしたのだろうかと自分の心をふり返ってもみたが、その時はいねにしろ重吉にしろ、ただ世間並みのようなことをならってしただけのように思われた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
もっともお父様はそんな事に就いては黙っておいでになりましたそうですが「三年子なければ去る」というならわしが福岡にもありましたのに、かんじんのお母様がお家付きで
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その日から、他巳吉は、夜毎同じ刻限に、大念寺の離れへ押しかけてくるならひになつた。
櫓こぐすべ教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでのならいなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わたくしは老婢が見ず知らずの客を断るのは家のならわしでとがめ立てするものではありませんと雛妓を軽くたしなめてから、「さあさあ」といってかの子を二階のわたくしの書斎へ導いた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
わかい時には誰しも自分の身の方向に迷ふものだが、アメリカのある少年が、自分にはどんな職業しごとが向いてるか知らと、色々思案の末がよくあるならひで人相見のとこに出かけて往つた事があつた。
わざわざをまげるのが、長い間のならわしになっていた。
もとよりここは花山院の今内裏いまだいり(仮の皇居)だが、天皇のおわすところ、どこでもそこを清涼殿せいりょうでんと呼ぶのがならわしなのである。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
源氏はそんな時でなくても十二分に好意を表するならわしであったが、病気にたくして供奉ぐぶもしなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
何しろとま三七郎の一座で、むしろ張り同樣の粗末な小屋を掛けるのが、私共の一座のならはしで、その代り、一日か二日で仕上げてしまひます、その忙しさと申すものは——
彼女かのじょを救う一番いい方法は、寺へたのんでしばらく国元の様子の判るまで置いてもらうことだと思いましたが、乱世のならわし、同じような悲運な事情で寺へ泣付いて来る者がたくさんあって
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)