定紋じょうもん)” の例文
「怪しいのはこれだ。……ウーム、かなり重い、どこかの武家屋敷から盗み出した贓品ぞうひんだな。や、入念に、定紋じょうもんまでけずり落してある」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
丸多の暖簾のれんは丸の中に多の字を出してあるんですが、これには丸多の店のしるしが無く、家の定紋じょうもんさがり藤が小さく染め出してある。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あ、……笹竜胆ささりんどうのご定紋じょうもんがついて……ご隠居さま、もしや、もしや若さまのお召しものの切れはしではございませんでしょうかしら?」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
島には鎌倉殿の定紋じょうもんついた帷幕まんまく引繞ひきめぐらして、威儀を正した夥多あまたの神官が詰めた。紫玉は、さきほどからここに控えたのである。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしが妻籠つまごの青山さんのお宅へ一晩泊めていただいた時に、同じ定紋じょうもんから昔がわかりましたよ。えゝ、まるびきと、木瓜もっこうとでさ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私はあれは天の金ボタンかとさえ思って見た。だが日本の仲秋の月でさえも、今に天の定紋じょうもんとなってころがる時が来るだろう。
昭和五年の二月二十日、京都の宿で、紋服を着て紫ちりめんの定紋じょうもんのついた風呂敷で顔をおおって、二階のはりに首をっていた。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「ヘエ、——二、三年前まで坊っちゃんの腰へ下げておりました。黒繻子くろじゅすに金糸で定紋じょうもんを縫出した、立派な品でございます」
それにはいずれも私のうち定紋じょうもんの輪ちがいの模様が金と銀とで入っておりましたので、お父様はビックリなすったそうです。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だが、朝になって見ると、その船の上に、仙台家の定紋じょうもん打った船印が立てられてあることによって、浦の民が安心しました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その日の夕方、日のかげる頃を見計って朝太郎の吉松殿は、牡丹ぼたんに丸の定紋じょうもんのついた、立派な駕籠かごに乗せられて、城下の方へつれて行かれました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
子規居士が「定紋じょうもんを染め鍾馗しょうきを画きたる幟は吾等のかすかなる記憶に残りて、今は最も俗なる鯉幟のみ風の空に飜りぬ」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
最新輸入の新しい型の自動車と交っては、昔ゆかしい定紋じょうもんの付いた箱馬車に、栗毛くりげ駿足しゅんそくを並べて、優雅に上品に、きしらせて来る堂上華族も見えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
いろは字引だの三世相だのを並べた古本屋だの、煙草入の金具だの緒締おじめだのをうる道具屋だの、いろ/\の定紋じょうもんのうちぬきをぶら下げた型紙屋だの。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
それぞれの定紋じょうもんを縫わせて、五つほど造らせたから、お前の処のお祖母様にもと届けさせたのだが、綺麗でしょう。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その刺子模様は麻の葉だとか紗綾形さやがただとか、定紋じょうもんだとか屋号だとかを入れ、なかなか心の入った仕事を見せます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いて云うならば、彼等両人が揃いも揃って大きなロイド眼鏡めがねをかけていたこと、自動車に福田家の定紋じょうもんが見当らなんだこと、この二点を疑えば疑うのだが
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私の家の定紋じょうもん井桁いげたに菊なので、それにちなんだ菊に井戸を使って、喜久井町としたという話は、父自身の口から聴いたのか、または他のものからおすわったのか
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一丁ばかりゆくと、小屋の柵があり、伊達家の定紋じょうもんのある高張たかはり提灯が見えた。それが表木戸である。甲斐は柵の手前を北に曲り、低い声で「望月」をうたいだした。
柳生家の定紋じょうもんを打ったお駕籠が一丁、とんがり長屋の中ほど、作爺さくじいさんの家の前に、止まっています。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
此の日は筒井和泉守様は、無釼梅鉢けんなしうめばち定紋じょうもん付いたる御召おめし御納戸おなんどの小袖に、黒の肩衣かたぎぬを着け茶宇ちゃうの袴にて小刀しょうとうを帯し、シーという制止の声と共に御出座になりまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
華美を極めた晴着の上に定紋じょうもんをうった蝦茶えびちゃのマントを着て、飲み仲間の主権者たる事を現わすしゃくを右手に握った様子は、ほかの青年たちにまさった無頼ぶらいの風俗だったが
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一座をひきいる丸木花作まるきはなさく鴨川布助かもがわぬのすけとが散々さんざん観客を笑わせて置いて、定紋じょうもんうった幕の内へ入った。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うち定紋じょうもんを染出した印半纒しるしばんてんをきて、職人と二人、松と芭蕉ばしょうしもよけをしにとやって来た頃から、もなく初霜はつしもひる過ぎから解け出して、庭へはもう、一足も踏み出されぬようになった。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、其の周囲まわりには一木家の定紋じょうもんの附いた紫の幔幕まんまくを張りめぐらしてあった。
海神に祈る (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
祇園守ぎおんまもり定紋じょうもんを、鶯茶うぐいすちゃいた三じゃく暖簾のれんから、ちらりとえる四畳半じょうはん
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
二挺ともにためぬり、定紋じょうもん入りの屋敷駕籠なのでした。
その上定紋じょうもんは二人とも、同じ丸に明姜みょうがであった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
痣は背中の定紋じょうもんだ。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
島には鎌倉殿の定紋じょうもんついた帷幕まんまく引繞ひきめぐらして、威儀を正した夥多あまたの神官が詰めた。紫玉は、さきほどからこゝに控へたのである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その旗も幾多の風の日、雨の日に会って、しるしもよく分らなくなっているが、丸の中に二引き両のもん、つまり足利氏の定紋じょうもんである。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
午後に、寿平次兄妹きょうだいがすでに妻籠つまごの本陣を出発したろうと思われるころには、吉左衛門は定紋じょうもん付きの𧘕𧘔かみしも姿で、表玄関前の広い板の間を歩き回った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
よく見ると、肩衣の武将の定紋じょうもんも同じく桔梗になっている。それは誰しも見覚えのありそうな武将の面影ではある。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
往来のはる彼方かなたから、菊の葉の定紋じょうもんの附いた提灯ちょうちんがちらと見えますと、私はすぐ家へ向って走ります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
数寄屋すきや坊主は、各諸侯に接するとき、その殿様にいただいたお定紋じょうもんつきの羽織を着て出たもので。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
町を歩いて眼についたものに座蒲団入ざぶとんいれの四角い行李こうりがありました。竹編たけあみでこれに渋紙を貼り定紋じょうもんを大きくつけます。見てもなかなか立派で使えば重宝ちょうほうでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
水練場には仮屋を建て、定紋じょうもんを染めた幕がまわしてある、それが藩主の脱衣場であるから、水中に立っている警護の侍たちの向うで、藩主が泳いでいることはたしかだった。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「家具類、——例えば火鉢とか膳とか、長押なげしとかに定紋じょうもんのようなものはなかったでしょうか」
紅葉もみじを踏んで箱根の山も越した。以前の住家すみかへゆくと玄関の両側にたてた提灯の定紋じょうもんは古びきって以前のままだが、上方の藩の侍が住んでいて、取次の男が眼をむいてにらんだ。
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
屋敷を取りかこんだ高いコンクリートべいには、ドキドキと鋭いガラスの破片が、ビッシリと植えつけてあるし、見上げるばかりの御影石みかげいしの門柱には、定紋じょうもんを浮彫りにした鉄板の門扉もんぴ
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あがり口に待っていた車夫の提灯ちょうちんには彼女の里方さとかた定紋じょうもんが付いていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分たちのたま電光石火でんこうせっかにひっかえし、鉄砲てっぽうぶッちがえの定紋じょうもんりまわしたなかに鳴りをしずめてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駅長としての半蔵は、父の時代と同じように、伊之助、九郎兵衛、小左衛門、五助などの宿役人を従え、いずれも定紋じょうもん付きの麻𧘕𧘔あさがみしもで、この一行を出迎えた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これも拍子抜けのていで、改めて、翩翻へんぽんとひるがえる旗印を見直すと、丸に立波、そう言われてみれば、まごかたもない、これは勘定奉行の小栗上野介殿おぐりこうずけのすけどの定紋じょうもん
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
船箪笥ふなだんす。高さ一尺一寸、巾一尺七寸、奥行一尺二寸。用材はけやき。漆塗、春慶しゅんけい。鉄金具附。定紋じょうもん丸栄。けんどん開き。内部引出附。河井寛次郎氏蔵。(現在、河井記念館蔵)
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
りゅう生絹すずし、供えものの唐櫃からびつ呉床あぐら真榊まさかき根越ねごしさかきなどがならび、萩乃とお蓮さまの輿こしには、まわりにすだれを下げ、白い房をたらし、司馬家の定紋じょうもんの、雪の輪に覗き蝶車の金具が
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
手に残ったのは少し羊羹色ようかんいろになった羽二重の羽織で、紋は、丸にたかちがい、ざらにある紋ですが、——高木家の定紋じょうもんもこれと同じもの——と、お紋はそっと平次にささやきました。
笹屋の名は公爵岩倉具張いわくらともはり氏と共棲ともずみのころ、有楽橋ゆうらくばしの角に開いた三階づくりのカフェーの屋号で、公爵の定紋じょうもん笹竜胆ささりんどうからとった名だといわれている。桃吉はお鯉の照近江に居たのである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その夕べ、能登守の邸から、能登守の定紋じょうもんをつけた提灯ちょうちんと、お供揃いとがあって、一挺の乗物が出ました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
見ると、定紋じょうもんのついた船印ふなじるしの旗を立てて、港の役人を乗せた船が外国船からぎ帰って来た。そのあとから、二、三のはしけが波に揺られながら岸の方へ近づいて来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)