土器かわらけ)” の例文
現に関白殿の花のうたげのゆうべに、彼は自分と玉藻との語らいをぬすみ聴いていたらしく、それを白状せよと迫って土器かわらけをしい付けた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
八五薄酒うすきさけ一杯ひとつぎすすめ奉らんとて、八六高坏たかつき平坏ひらつきの清らなるに、海の物山の物りならべて、八七瓶子へいじ土器かわらけささげて、まろや酌まゐる。
その市の姫十二人、御殿の正面にゆうしてづれば、神官、威儀正しく彼処かしこにあり。土器かわらけ神酒みき、結び昆布。やがて檜扇ひおうぎを授けらる。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土器かわらけを取って、羊の生血をそそいだ神酒みきをすすりあい、やがて呉学人が案文した起誓文きしょうもんを受けて、晁蓋が壇にむかって読みあげた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年老いたおうなは普通の土器かわらけよりも大きい灯火をかかげていることが、奇異であるとすれば、全く奇異に大きいともしびでございました。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
かめでも瓶子へいしでも、皆あかちゃけた土器かわらけはだをのどかな春風に吹かせながら、百年も昔からそうしていたように、ひっそりかんと静まっている。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのうちおさけますと、みんなおたがいに土器かわらけのおさかずきをうけたり、さしたり、まるで人間にんげんのするとおりの、たのしそうなお酒盛さかもりがはじまりました。
瘤とり (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
湯巻ゆもじを新しく買うのを忘れたとみえ、十四、五の折、一度か二度締めた縮緬の土器かわらけ色になった短い湯巻が顕われ」た。
と云っても別にものものしくはせず、ただ脇息きょうそくの上に香を盛った土器かわらけを置いたぎりで、その前で一心に仏にお祈りした。
かげろうの日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
高いところから土器かわらけを投げるような手つきで、お絹の脇息の下まで送りますと、それを拾い上げて、やはり花札を持つように、三枚持ち並べたお絹。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
土器かわらけの燈明は、小泉を継がせるはずのお鶴の為に、最後の一点の火のようにとぼった。お倉は、この名残なごりの住居で、郷里くにの方にある家の旧い話を始めた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
我邦でも昔から壁土や土器かわらけをかじる子供があるが、他人種でもやはり胃病やヒステリーあるいは悪阻つわりのために土を食いたがる者が往々あるそうである。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
枕元に置いてある猪を型どった蚊遣の土器かわらけから青い烟りの断え断えになっているのをみて内儀さんが種を呼んだ。
神楽坂 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
マンは、釜をきれいに洗って拭き、台所の一角にある、「荒神様こうじんさま」の神棚に供えた。菜種油なたねあぶらの入っている土器かわらけに、燈心とうしんをかきたてて、マッチで、火をつけた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ばちイん! と音して見事にくだけ散ったのは、ちょうど軍之助が口へ運ぼうとしていた土器かわらけの大盃だった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
周囲を取巻く岳樺の背から、残雪を帯びた奥不帰の連峯が、古びた土器かわらけ色に、尖ったりふくらんだりして、この長閑のどかな春めく光りの小天地をのぞきこんでいる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
錦織にしごりの判官代が、すずし一枚の若い白拍子を、横抱きにして躍り出したとたんに、瓶子へいしが仆れて土器かわらけを割った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
食事をするにも贅沢ぜいたくうつわを用いず、土器かわらけに盛って、台などもなしに、折敷おしきに載せてかに畳の上に置いた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
片隅の埃にまみれた棚の上に、白い色の土器かわらけが乗っていた。いつそこに置かれたのか分らない。土器は、沈黙して、「タイム」の流れから外に置かれたことを語っていた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
能は両日催されたが、翁の真筆の賀祝の短冊、土器かわらけ斗掻とかき、餅を合せて二百組ほど諸方に送った。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
同じく小供の時分に浅草へ行くと必ず鳩に豆を買ってやった。豆は一皿が文久ぶんきゅう二つで、赤い土器かわらけ這入はいっていた。その土器かわらけが、色と云いおおきさと云いこの禿によく似ている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
貧民窟の四辻には毎朝毎晩、厄除のまじなひが、三宝の上に赤飯を盛つた土器かわらけと赤紙の御幣を載せ、丁寧なものになるとお燈明までもつけて、捨てられてあるのが見受けられた。
一人の足軽が白木の三宝に土器かわらけをのせて中央へ持って出る。後のが手桶を提げて行って
相馬の仇討 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「ヘイ、ヘイ。」おしかは神棚から土器かわらけをおろして、種油を注ぎ燈心に火をともした。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
土器かわらけのように厚ぼったく節くれだち、そして龍のようにくねった梅の木を想いえがくとき、その下に、曲がった腰を杖に支えて引き伸ばし、片手を腰の上に載せた白髯はくぜんのお爺さんや
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
苦力頭の女房らしいビンツケで髪を固めているような、不格好な女がマントウやらねぎやら唐黍とうきびかゆのようなものを土器かわらけのような容れものに盛って、五分板の上に膳立てをしていた。
苦力頭の表情 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
その田面に小苗を平布し円座を成した状があたかも土器かわらけを置いた様に見ゆるから、それでこれをカワラケナといったものであろうと思う(マサカ毛が無いからではあるまい、ハハハハハ)
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
と柴さんが土器かわらけの菓子皿を指して教えてくれた。成程、団子の絵が描いてある。
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうして、宮の婦人たちは彼らの前で、まだ花咲かぬ忍冬すいかずらを頭に巻いた鈿女うずめとなって、酒楽さかほがいうたうたいながら踊り始めた。数人の若者からなる楽人は、おけ土器かわらけを叩きつつ二絃にげんきんに調子を打った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
『逸著聞集』など多くは土器かわらけと書いたが、その義も解らず。
土器かわらけくだくがごとし、いざ引出物取らせんと
鬼桃太郎 (新字新仮名) / 尾崎紅葉(著)
千も二千もの土器かわらけがならべてあったよ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
泣き出して土器かわらけふるふ身の弱り 兀峰こっぽう
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
加代ははじらいながら土器かわらけを手にした。
武道宵節句 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こがらし土器かわらけ乾く石燈籠
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
さもないことに癇癪を起こして、夕餐の三宝さんぽうを打ち毀し、土器かわらけを投げ砕いたので、侍女どもは恐れをなして早々に引き退がってしまった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
やがて、土器かわらけと冷酒が運ばれ、一座七十余名の手へ、順々にみ交わされて行った頃、いつか秋の長い夜も明けかけていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまたおばあさんは言いながら、三つ組の土器かわらけを白木の三宝のまま丁寧に客の前に置いて、それから冷酒れいしゅを勧めた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
雑煮の膳には榧実かやのみ勝栗かちぐり小殿原ことのばらを盛合わせた土器かわらけの皿をつけるという旧い習慣を近年まで守って来た。
新年雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、それがゆめでないことは、びんのなかあぶらがはいっていたことでした。すぐに、土器かわらけにうつして、をつけて、正坊まさぼうは、おばあさんと二人ふたりで、くろいたました——。
びんの中の世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
虫蝕むしくいと、雨染あまじみと、摺剥すりむけたので分らぬが、上に、業平なりひらと小町のようなのが対向さしむかいで、前に土器かわらけを控えると、万歳烏帽子まんざいえぼしが五人ばかり、ずらりと拝伏した処が描いてある。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
新しい燈心草を土器かわらけに挿すと、油壺は静かに寛くその土器にそそがれ、そしていつも点火された。それは実に静かで、いかにも清浄な仕事で私は見ていていつも感心していた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
家の中にはあの牛飼の若者が、土器かわらけにともした油火あぶらびの下に、夜なべの藁沓わらぐつを造っていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これへ毎晩の暮れ六つと同時に一合入りの土器かわらけをさげて酒を買いにくる女があった。
と言って七兵衛が、その小判のうちの一枚を取って、敷居ごしの隣座敷のお絹の膝元まで、高いところから土器かわらけを投げるような手つきでほうると、それがお絹の脇息きょうそくの下へつきました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
潤いのないものが、濡れているんだから、土器かわらけに霧を吹いたように、いくら濡れても濡れ足りない。その癖寒い気持がする。それで自分は首を引っ込めようとしたら、ちょっと眼についた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
土器かわらけくちかえし、なぞの言葉で——
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
お絹は小さい土器かわらけ神酒徳利みきどっくりのしずくをそそいで、その口さきへ押しやると、蛇は蜜をなめるように旨そうになめ尽くした。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
祭壇から土器かわらけを取って、外へ出て行こうとすると、そこの木連格子の外に立って、誰か、覗き見していた者がある。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は家にある土器かわらけなぞを三宝さんぽうに載せ、孫娘のお粂には瓶子へいじを運ばせて、挨拶あいさつかたがた奥座敷の方へ行った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)