兵児帯へこおび)” の例文
旧字:兵兒帶
省作は出してもらった着物を引っ掛け、兵児帯へこおびのぐるぐる巻きで、そこへそのまま寝転ねころぶ。母は省作の脱いだやつを衣紋竹えもんだけにかける。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
こいつを、古新聞で包んで、薄汚れた兵児帯へこおびでぐるぐると巻いてあるんだが、結びめは、はずれて緩んで、新聞もばさりと裂けた。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「御蔭で取られた品物がまた戻りましたよ」と云いながら、白縮緬しろちりめん兵児帯へこおびに巻き付けた金鎖をはずして、両葢りょうぶたの金時計を出して見せた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その写真の中には、菅、足立、捨吉の外に、もう一人の学友がいずれも単衣ひとえものに兵児帯へこおびを巻きつけ、書生然とした容子ようすに撮れていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中古の鼠色ねず縮緬ちりめん兵児帯へこおびが、腰でだらしなくもなく、きりっとでもなく穏健おんけんしまっている。古いセルの単衣ひとえ、少したけが長過ぎる。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
青柳は縁の爛れたような目に、色眼鏡をかけて、筒袖の浴衣ゆかたに絞りの兵児帯へこおびなどを締め、長いすねを立てて、仰向けになっていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
だんだんに声を辿たどって行くと、戸じまりをした隣家の納屋なやの中に、兵児帯へこおびふんどしをもって両手足を縛られ、はりからうさぎつるしにつるされていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その当時の彼らは、努めて書生らしく粧うために、多くは紺飛白こんがすりの衣類を着て、兵児帯へこおびをしめて、筒袖つつそでの羽織などをかさねていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
吾人ごじんはこのごろの新聞紙上において実に面白き二個の広告を見当たりたり。一は「白縮緬ちりめん兵児帯へこおび」と題し、一は「徳用飯殖焚めしふやしたき法」と題せり。
面白き二個の広告 (新字新仮名) / 堺利彦(著)
人間は黒木綿の着物と、白木綿の兵児帯へこおびで、どんなときでも充分だという主義を持っていて、夏冬共その通り実行していたからなのである。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
掘りだされた死体は紺絣こんがすりが単衣の筒袖で、黒い兵児帯へこおびをまとい、頭の部分には手拭てぬぐいが巻きついていて、それが後ろの方で結んでありました。
頭蓋骨の秘密 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一声高く咆哮ほうこうしておどり上がりおどり上がると、だだっ子の兵児帯へこおびがほどけるように大蛇の巻き線がゆるみほぐれてしまう。
今の切れと同じ様な柄の古びたあわせを脱ぐと、たもとの中の財布と変装用具とを落さぬ様にくるみ、そいつを兵児帯へこおびでかたく背中へ結びつけました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それも、玄関前の軒下のはりのところへ、だらりと兵児帯へこおびをつりさげて、その下にぼんやりと腕組みしながら、しきりと首をひねっているのです。
「おい、おまへ錠をどこに置いたい?」と、兵児帯へこおびをぐる/\巻き直しながら、玄関に下駄を揃へてゐる妻に声をかけた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
一体衣服なりには少しも頓着しない方で、親譲りの古ぼけた銘仙めいせんにメレンスの兵児帯へこおび何処どこへでも押掛けたのが、俄に美服を新調して着飾り出した。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ぼんやりしていた私は室の入口のところに立つ人影に驚かされた、見上げるとそれは白地の浴衣ゆかたに、黒い唐縮緬とうちりめん兵児帯へこおびを締めた、大槻であった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
かすりの筒っぽに紫めりんすの兵児帯へこおび、おこそ頭巾ずきんをかぶった祖母に手をひかれてあるいていたそのころのわたしの姿をさびしく思い起すのである。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
私も、秘蔵の袖の長い衣服きものを着せられ、半幅の白木綿を兵児帯へこおびにして、皆と一緒に行つたが、黒い洋服を着た高島先生は、常よりも一層立派に見えた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
声のことをいうと、彼はあわてて、ごろねの着物の前をあわせ、黒いメリンスの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけながら縁側のガラス戸ごしに外をのぞいた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
その橋の右のたもとにも釣竿つりざおを持った男が立っていた。それは鼻の下に靴ばけのようなひげを生やした頬骨の出た男で、黒のモスの兵児帯へこおび尻高しりだかに締めていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼は女の貴族的によそほへるに反して、黒紬くろつむぎの紋付の羽織に藍千筋あゐせんすぢ秩父銘撰ちちぶめいせんの袷着て、白縮緬しろちりめん兵児帯へこおびあたらしからず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
鼠の縞縮しまちぢみの、尻端折の、メリヤスのズボン下の、黒兵児帯へこおびの、腰手拭の、それがあっはっはっで掛けてしまった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
福地先生は風呂より上りし所と見えて平袖中形牡丹ひらそでちゅうがたぼたん浴衣ゆかた縮緬ちりめん兵児帯へこおびを前にて結びだいなる革蒲団の上に座しおもむろに銀のべの煙管キセルにて煙草のみてをられけり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
そしてトルストイが使ひ馴れた草刈鎌でも捜すやうに、腰のあたりへ手をやつたが、そこには縄帯の代りに、メリンスの兵児帯へこおびがちよこなんと結んであつた。
母親が徹夜てつやして縫ってくれた木綿もめん三紋みつもんの羽織に新調のメリンスの兵児帯へこおび、車夫は色のあせた毛布けっとうはかまの上にかけて、梶棒かじぼうを上げた。なんとなく胸がおどった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
この地へ着くまでに身辺みのまわりのものはすっかり売りつくして、今はもうあわせとシャツと兵児帯へこおびと、真の着のみ着のまま。そして懐に残っているのは五厘銅貨ただ一つだ。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
はじめさんは大事そうにそれを兵児帯へこおびの間にくるんで、帰る途々みちみち落しはしないかと時々手で触りながら
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
赤坂氷川町ひかわまちなる片岡中将の邸内にくりの花咲く六月半ばのある土曜の午後ひるすぎ、主人子爵片岡中将はネルの単衣ひとえ鼠縮緬ねずみちりめん兵児帯へこおびして、どっかりと書斎の椅子いすりぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
ふと彼女をると、僕の学生時代のモスの兵児帯へこおびを探し出してめているのだ。何だかくすぐったいものが身内を走ったが、僕は故意にシンケンな表情をかまえていた。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
お見かけの通り黒っぽい木綿着物に白木綿の古兵児帯へこおびしめて、頭髪あたま蓬々ぼうぼうとさしておりますから、多少けて見えるかも知れませぬが、よく御覧になりましたならば
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
紺の筒袖つつそでを着て白もめんの兵児帯へこおびをしめている様子は百姓の子でも町家の者でもなさそうでした。
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
もうその話しはめ止めといひながら立あがる時表を通る兵児帯へこおびの一むれ、これ石川さん村岡さんお力の店をお忘れなされたかと呼べば、いや相変らず豪傑の声がかり
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
山裾の小川沿いに、正面の街道から、田のあぜづたいに、敵が近づいてきた。だん袋をいて、陣笠をかむり、兵児帯へこおびに、刀を差して、肩から白い包を背負った兵であった。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ただ自分の兵児帯へこおびにぶらさげたその迷子札をしきりに引っ張っておばあさんに教えながら……
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ほどなく主人公の団十郎はじみな縞縮しまちぢみ単衣ひとえに鼠ちりめんの兵児帯へこおびという扮装で現われる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
彼女が麦藁帽むぎわらぼうをかぶって、黄麻こうまの大がすりの維子かたびらを着て、浅黄ちりめんの兵児帯へこおびをしめて、片腕ブラリとさせて俥夫しゃふの松さんに連れられて百々瀬へ行く姿を、あたしは町の角で
何故か髪をりて男の姿を学び、白金巾しろかなきん兵児帯へこおび太く巻きつけて、一見いっけん田舎の百姓息子の如く扮装いでたちたるが、重井を頼りて上京し、是非とも景山かげやまの弟子にならんとの願いなれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
昔はお武家が大小をしてお歩きなすったものですが、廃刀以来幾星霜を経たる今日に至って、お虫干の時か何かに、刀箪笥から長いやつ取出とりいだして、これを兵児帯へこおびへ帯して見るが
なかなか足がお早いので、兵児帯へこおびが腰の辺で絶えず動きます。私は長いおかっぱをゆらゆらさせて、離れまいと附いて行きます。木の狭い橋を渡って、土手へお上りになりました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
ぼくら男の子は、紺ガスリに黒の兵児帯へこおびと極っていた。紺ガスリ以外ほかの着物は着せられたことはない。学校通いには必ず小倉の袴をはき、袴のはき方は父からじかに教わった。
あっぱっぱのはだけた胸に弁当箱をおしつけて肩をゆすりながらくる内儀かみさん。つれにおくれまいとして背なかにむすんだ兵児帯へこおびのはしをふりながらかけ足で歩く、板裏草履ぞうりの小娘。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
安川の書斎の隅には長押なげしと長押に桟を渡して、ちよつとした物を吊すやうなぐあひに作つたものがあるのだが、彼はそこへ兵児帯へこおびを張つて首をくくつた。さうして彼は死んでしまつた。
老嫗面 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
一本の煙草を飲み終らぬうちに、セルの着物を着た十七八の女が、兵児帯へこおびの結び目を気にするのか、しきりに尻へ手を当てながら、女中と一緒に、ものも言はず、すつと近づいて来た。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
男の素袷に兵児帯へこおび無雑作に巻いたも悪からず、昔男の業平なりひらにはこうした姿も出来なかったろうが、かきつばたのひんなりなりとした様は、なおかつ江戸ッ児の素袷着たるにも類すべく
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
筒袖つつそでを着た才次が、両手を細い兵児帯へこおびに突込んだまま、のそのそ傍へやってきた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
その人の風采ふうさいは他の諸君と違って着物などあまりツンツルテンでなく、兵児帯へこおびゆるく巻帯にし、この暑い夏であるのにかかわらずなお手首をボタンでとめるようになっているシャツを着
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それ等の人々は脂粉の気が立ちめている桟敷さじきの間にはさまって、秋水の出演を待つのだそうである。その中へ毎晩のように、容貌魁偉ようぼうかいいな大男が、湯帷子に兵児帯へこおびで、ぬっとはいって来るのを見る。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「あたし筒ッぽの着物を着て兵児帯へこおびをしめちゃいけないかしら?」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それに天性の見栄坊みえぼうも手伝って、矢張やっぱり某大家のように、仮令たとい襟垢えりあかの附いた物にもせよ、兎に角羽織も着物もつい飛白かすりの銘仙物で、縮緬ちりめん兵児帯へこおびをグルグル巻にし、左程さほど悪くもない眼に金縁眼鏡きんぶちめがねを掛け
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)