かぶと)” の例文
そのうち、水底にもぐつてゐたお父さんが真珠貝をとつて、あがつて来ました。潜水かぶとをまづぬぐと、すぐ大きな亀に目をつけました。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
赤くさびているかぶと鉢金はちがねのようなものが透いて見える。ただの鍋かなんぞかも知れないが勘太は、それをさえ足に踏むことをおそれた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうしても目星が附かないので警視庁のパリパリ連中が、みんなかぶとを脱いだ絶対の迷宮事件が一つ在るんだ。所謂いわゆる、完全犯罪だね。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、南田が死んでから、ちょうど三月目に、ふたりは恐怖に耐えられなくなって、とうとう、わたしの前にかぶとをぬいだのです。
妻に失恋した男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
町もつじも落ち葉が散り敷いて、古い煉瓦れんがの壁には血の色をしたつたがからみ、あたたかい日光は宮城の番兵のかぶとに光っておりました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その一つは、萌黄匂もえぎにおいよろいで、それに鍬形くわがた五枚立のかぶとを載せたほか、毘沙門篠びしゃもんしのの両籠罩こて小袴こばかま脛当すねあて鞠沓まりぐつまでもつけた本格の武者装束。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あゝ、老いたくない、ちたくない、何時迄いつまでも同じ位置と名誉とを保つて居たい、後進の書生輩などにかぶとを脱いで降参したくない。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
顔つきはどこかかぶとのようにがっしりしているし、鬚が栗いろの強い張りをもって絶えず微動しながら、草の葉と葉のすきまを縫うている。
螽蟖の記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
汗ばんだ猪首いくびかぶと、いや、中折なかおれの古帽を脱いで、薄くなった折目を気にして、そっとでて、つえに引っ掛けて、ひょいと、かつぐと
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それだったら文句なくかぶとをぬぐつもりである。物理学者が文学者と文章を用いて太刀打ちするのは対等の力では問題にならない。
科学と文化 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「……おい隊長、きさま列車の中の元気はどうしたい、もうこのへんでかぶとを脱ぐかね、それとも、いやとにかく腹をこしらえるとしよう」
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
渡辺源三競の滝口、出陣の出立は、狂紋きょうもん狩衣かりぎぬに大きな菊綴きくとじ、先祖代々伝わる所の着長きせなが緋縅ひおどしよろいかぶとは銀の星をいただいている。
男はかぶと町で激しく働くので時々軽い脳病になり、この病院へ来るのも二十年程前からなので、院内の古い患者とは知り合いが多いと言う。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのよろいかぶとなどを念入りに吟味し、更に松岡緑芽まつおかりょくがに依頼して太刀流しの図を描かせ、奉書刷りの一枚絵にして知己に配ったりした。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は広いへやの片隅にいて真ん向うの突当つきあたりにある遠い戸口を眺めた。彼は仰向いてかぶと鉢金はちがねを伏せたような高い丸天井を眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれどもこれほどのえらい将軍しょうぐんをただほうむってしまうのはしいので、そのなきがらによろいせ、かぶとをかぶせたまま、ひつぎの中にたせました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それがためには、潜水服に似たものを着、そして潜水かぶとに似たものを頭に被り、空気そうを背負わなければならなかった。それだけではない。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
門々にはもう笹たけが立って、向うの酒屋では積みだるなどをして景気を添えていた。かぶとをきめている労働者の姿なども、暮らしく見られた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
よろいかぶと、兵隊靴、右手に日本刀、左手に槍、背に猟銃、腹巻にはピストルをさしこんでいて勇ましい。あたりをうかがい、誰も見えないと
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
火のような猩々緋しょうじょうひの服折を着て、唐冠纓金えいきんかぶとをかぶった彼の姿は、敵味方の間に、輝くばかりのあざやかさをもっていた。
(新字新仮名) / 菊池寛(著)
パー先生は片袖かたそでまくり、布巾に薬をいつぱいひたし、かぶとの上からざぶざぶかけて、両手でそれをゆすぶると、かぶとはすぐにすぱりととれた。
北守将軍と三人兄弟の医者 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
平次は潔よくかぶとを脱ぎました。二間半長柄の大槍で、三寸の狹い隙間から、少くとも二間以上離れて居る人間を突けるわけは無かつたのです。
銭形平次捕物控:282 密室 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
かぶと岩、駱駝らくだ岩、眼鏡岩、ライオン岩、亀岩などの名はあらずもがなである。色を観、形を観、しかして奇に驚き、神悸しんおののき、気眩きげんすべきである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それともお前はしの眼の前に嘘をせんでいい世の中を作ってみせてくれるか。そしたらしもお前に未練なくかぶとを脱ぐがな
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
折紙細工のつるや舟やかぶと股引ももひきや、切紙細工の花や魚やオモチヤや動物など、みんな子供会の手工の時間に作つたものです。
仔猫の裁判 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
「あぶなかッたら人の後に隠れてなるたけ早く逃げるがいいよ」とかぶとの緒をめてくれる母親が涙をぜて忠告する。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
菊五郎の光俊は惣髪そうはつにて、金の新月の前立物ある二谷にのたにといふかぶとを負ひ、紺糸おどしよろい、お約束の雲竜の陣羽織にて立派なり。
私は谷村を病弱にするのが私の手腕の不足のようで、変にこだわっていたのだが、ハッキリかぶとをぬいだら、気が楽になったのだ。十三枚書いた。
柳葉りゅうようを射たという養由基ようゆうき、また大炊殿おおいでんの夜合戦に兄のかぶとの星を射削ッて、敵軍のきもを冷やさせたという鎮西ちんぜい八郎の技倆ぎりょう、その技倆に達しようと
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
朝月は朝月で、近づく敵兵のかたうでかぶとのきらいなくかみついてはふりとばし、また、まわりの敵をけちらしふみにじる。
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
そして、からだを捻じ曲げ、かぶとを脱いで、絶対の幸福にひたりながら、暖炉の薪台たきぎだいの上へ、全身を、根こそぎ、叩きつける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
笑止千万、先方から礼を厚うして、尋ねられた相手に向って、もろくもこちらがかぶとをぬいで、白旗を立てたような有様で、器量の悪いことおびただしい。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし、味はたとえ落ちても、大きいたいのかしらかぶと蒸しなどに使うのは立派でいいでしょうが、実際からいいますと、やはり、美味うまくありません。
日本料理の基礎観念 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
若しどちらをとるかと言へば、僕のとりたいのはピカソである。かぶとの毛は炎に焼け、槍の柄は折れたピカソである。……
「ああ、そう云えばあなたの家でつかまった帝大生、ここにいる間は珍しい位確りしていたが到頭かぶとをぬいだそうだよ」
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
雪の降る時は好んで棕櫚しゅろで編んだ、まるでかぶとのような笠をかぶります。深い形で頭のみならずえりまで総々ふさふさした棕櫚毛でおおうように作られてあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
一人の侍に蒲生重代の銀のなまずかぶとを持たせて置いたところ、氏郷自身先陣より後陣まで見廻ったとき、此処に居よというところに其侍が居なかった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
羽毛を飾ったかぶとを冠って人間の歯の頸飾りをかけ、磨ぎ澄ました槍を手に提げ宴会の庭へ下り立って戦勝祝いの武者踊りをさも勇猛に踊ってくれた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
突きでているがっしりした煖炉の上に、よろいを着て、白い馬のかたわらに立った武士の肖像がかかっており、反対側の壁にはかぶとたてやりが掛けてあった。
これじゃア自分はいさぎよかぶとごうという正直な謙遜心けんそんしんを起して、「そうしてその俳優はそれからどういたしました」
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
我が早稲田大学の野球団が過般渡米したとき、このホブソン大佐に日米戦争論に関する討論を求め、ついに大佐をしてかぶとを脱がさしめたとの事である。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
大袈裟おおげさな言葉や羽根飾り、ブリキの剣と厚紙のかぶととをつけた芝居がかりの空威張からいばり、そういう扮装ふんそうの下にはいつも
たしかにあのときの勝ってかぶとの緒をしめたあの苦しみが今日二倍三倍ものをいって日本人全体の血肉となって、こんなにめざましい働きをしたんでさあ。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
老人の白髯はくぜんを集めて作ったかぶとの飾り毛を風になびかせ、獣歯の頸掛くびかけをつけた・身長六フィートインチの筋骨隆々たる赤銅色の戦士達の正装姿は、全く圧倒的である。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それは一人の胸甲騎兵であって、将校であり、しかも相当の階級のものらしかった。大きな金の肩章が胸甲の下からのぞいていた。もうかぶとは失っていた。
「なるほど。ちっとこわれましたね、しかし、こういう大入り繁昌の人込みなんだからね。こわれてわるい髪なら、かぶとでもやっていらっしゃることですよ」
万年博士が『天網島てんのあみじま』を持って来て、「さんじやうばつからうんころとつころ」とは何の事だと質問した時は、有繋さすがの緑雨も閉口してかぶといで降参した。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
だからすべての哲学者は、彼らの窮理の最後に来て、いつも詩人の前にかぶとを脱いでる。詩人の直覚する超常識の宇宙だけが、真のメタフィジックの実在なのだ。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
美容院の前を通ると、女たちが白いかぶとのようなドライヤーをかぶっている。五郎はすぐにそれを連想した。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
またつばさある草履と、魔法袋と冥界王ハデースのかぶとを得、これをかぶると自分全体が他人に見えなくなる。