会釈えしゃく)” の例文
旧字:會釋
「たった今出たばかりで、十分になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈えしゃくして外へ出た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
会釈えしゃくをし、邪魔するいいわけをして、荒々しい声をできるだけやわらげながらたずねた、朝食になにか食べたいものはないかと……。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
その男性達は、美奈子の方には、ほとんど注意を向けなかった。たゞ美奈子の顔を、よそながら知っている二三人が軽く会釈えしゃくした丈だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あれ、まあ。」と、母は初めて気が付いたように、あわてて会釈えしゃくした。「久助さんでござりましたか。御新造さまも御一緒で……。」
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は私に気づくと会釈えしゃくして中へ入って来たが、冷しコーヒーを命じて置いて、私と同じ様に窓の方を向いて、私の隣に腰をかけた。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
女は籐椅子とういすを離れながら、恥しそうに会釈えしゃくをした。見れば球を拾ったのは、今し方女中と噂をした、せぎすな隣室の夫人である。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
異教徒席の中からせいの高いふとったフロックの人が出て卓子テーブルの前に立ち一寸会釈えしゃくしてそれからきぱきぱした口調でう述べました。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そして、その会体えたいの知れない或る感じが見る見る拡がって行った時、私の眼は既に、彼の眼差に答えるための会釈えしゃくをしていたのだ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
二人は何度も何度も顔をあげさげして、生徒たちに会釈えしゃくした。しかし、一人はなれている次郎には、まだ気がついていないらしい。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼は、自分が村長のつもりで彼らに会釈えしゃくをし、それから、司教らしく祝福を与え、ついで、友だちとしてお祝いを述べ、お世辞をいう。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
と、伴天連と半助は、こう会釈えしゃくをして、すぐに刑吏けいりへさしずして、死座しざをつくらせ、だまりのあなをほらせ、水柄杓みずびしゃくをはこばせる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酔漢よっぱらいは耳にも懸けずたけり狂って、なおも中間をなぐりるを、侍はト見れば家来の藤助だから驚きまして、酔漢にむか会釈えしゃくをなし
会釈えしゃくをして坐った。僕は丸髷を凝っと見てやった。それは清水君が僕を担ぐ為めに嘘をついたのかと思われるくらい精巧なものだった。
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
大きな雨滴あまだれの落ちる木陰こかげを急いで此方こなたにやって来たが、二三歩前で、清三と顔見合わせて、ちょっと会釈えしゃくして笑顔を見せて通り過ぎた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「恐れ入りました。それでは、いずれ後ほど御意ぎょいを得ることにしまして、私は一走り行ってまいります」と、勘平は会釈えしゃくして立ち上った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
トリゴーリン 幸福ですか? (ドールンやメドヴェージェンコと会釈えしゃくをかわしたのち、ためらいがちにトレープレフのほうへ歩み寄る)
「どなたも、ごゆっくり。」とマア坊は笑いながら一同の者に会釈えしゃくして、部屋を出て行った。何がなんだか、わけがわからない。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こうして能登守は、先任の太田筑前守がいる桟敷の前まで来て馬から下りて、筑前守とおたがいの会釈えしゃくがあって席に着きました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その引き合わせの言葉を聞くと、日ごろ半蔵のうわさによく出る平田先生の相続者とはこの人かという顔つきで、伊之助も客に会釈えしゃくした。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
添田大目付——清廉剛直せいれんごうちょくたちで、まだ三十を幾つも越さず、この大役をうけたまわっている人物、出迎えの土部父子に軽く会釈えしゃくをすると
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして白髪しらが白髭しろひげの大きなお爺さんは、ちょっと会釈えしゃくをするように頭を動かしましたが、そのまますーっと消えてしまいました。
お山の爺さん (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
文金ぶんきん高髷たかまげふっくりした前髪まえがみで、白茶地しらちゃじに秋の野を織出した繻珍しゅちんの丸帯、薄手にしめた帯腰やわらかに、ひざを入口にいて会釈えしゃくした。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又も水生を呼んで私に会釈えしゃくをさせようとするのだけれど、この子はただはにかむだけで、しっかりとかじりついて彼の後へくっついていた。
故郷 (新字新仮名) / 魯迅(著)
車掌しゃしょうの声に思わず立ちあがり、あわてて車内を走った。例の年よりに会釈えしゃくもそこそこ、ステップに足をおろすと、いきなり大吉の声だった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
老人ろうじんは松女をひざからおろしてちょっとむきなおる。はいったふたりはおなじように老人に会釈えしゃくした。老人はたってものをふたりにすすめる。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何の会釈えしゃくもなくふん縛ったり撲ったりするので、さしも傲慢な信一も、だん/\日を経るに従ってすっかり姉の家来となり
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おじさんは、ちょっと、わたしに、会釈えしゃくして、あちらへりかけました。わたしが、ていねいにあたまをさげて、いつまでも、うしろすがたを見送みおくりました。
春さきの朝のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
息を切らしながら後から駆けて来た坊さんは、巡査とは知合しりあいの中だから、ちょっと会釈えしゃくして、僕たちをにらみながら云った。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
猿沢はちょっと会釈えしゃくしただけで、だまって爪楊枝つまようじをしきりに使っていました。これは主に、食事がもう終ったということを蟹江に示すためです。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
脚拵あしごしらえも厳重に編笠を深くいただいて枝折戸しおりどをあけて野路へ出た。才蔵もそこまで送って行きそこでまたもや会釈えしゃくをする。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
猫撫声ねこなでごえを出し、ああ、皆田さん、あんたも達者で何よりで、と彦太郎も応じて、むかつく気持を押えかねながら、顔は笑顔になって、会釈えしゃくした。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
少佐は、孫伍長が会釈えしゃくして上衣うわぎのボタンを外し顔をしかめて肌着の中に手を入れるのを、無表情な顔をして見ていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
会釈えしゃくして春日はもとの客間へ還った、善兵衛は苦り切って居た。併しまだ少し既往について直聴して置く必要があった。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
くるまが一間ばかりの前へ来たときに、俥の上の美しい人が鄭寧ていねい会釈えしゃくをして通りすぎたので、楠緒さんだったということに気がおつきなされたのでした。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
亭主は無言のまま会釈えしゃくし、酒場のドアを指さした。その合図に従った。寒さにこごえていたし、人間に会いたかったからだ。ところが、ひどく落胆した。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
肝心な話の途中でもなんでも一向会釈えしゃくなしにいきなり飛込んで来て直ちにわしく旋回運動を始めるのであるが、時には失礼にも来客の頭に顔に衝突し
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
折から、ドアを押して入った一人、足の勇は肩に手を置いて、眼は高城、園、某、某、と一座に会釈えしゃくして居ります。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そこでは、もの言いが少しぶしつけで、差出がましい事ばかり言う人は、自分こそほんとうのジョン・ブルであると言い、きまって遠慮会釈えしゃくなく物を言う。
主人の伯は小部屋カビネットより出でて、「ものくるおしきイイダが当座の曲は、いつものことにて珍らしからねど、君はさこそ驚きたまいけめ」とわれに会釈えしゃくしぬ。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
会釈えしゃくもくれずに、源三郎と向かいあって座についたお蓮様は、白い、しなやかな指を、神経質らしく、しきりに膝の上で組んだり、ほごしたりしながらも
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
寄って来る日は、眼鼻口はもとより、押入おしいれ箪笥たんす抽斗ひきだしの中まで会釈えしゃくもなく舞い込み、歩けば畳に白く足跡がつく。取りも直さず畑が家内やうちに引越すのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
小太郎が会釈えしゃくうちも、なほ上手の子供をずつと見廻して漸く心付き、これならばと思案を定める工合得心がいき、貴人高位のせりふよろこびあまり溢れ出でし様にて好し。
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
父は立ち止ったが、急にかかとでくるりと回ると、とって返して行った。そして、垣根越しにジナイーダとかたならべる辺まで行くと、父は丁寧ていねいに彼女に会釈えしゃくをした。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
中ノ口を出て、木戸のところまでいっても罵り続け、石沢が来るまで、通りかかる下役の者たちが挨拶をしてゆくのに、ろくさま会釈えしゃくも返さず悪口を並べていた。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを、ようやくの思いで、咽喉の奥に押しかえし、殊更ことさらかるい会釈えしゃくこたえて、その場を足早に立ち去った。しかし、彼女の心臓は、早鉦はやがねのように打ちつづけていた。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
深水は最初に彼らしい勿体もったいぶりと、こっちが侮辱されるような、意味ありげな会釈えしゃくをのこして、小径のむこうに去っていったが、三吉は何故なぜだかすこし落ちついていた。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
女のほうでもそれと心付いたが春子の前をはばかって、何ともいわず、唯それとなく目色めいろ会釈えしゃくをした。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夫人は茶テーブルの上の金縁の紅茶茶碗へ紅茶を注ぐと軽く会釈えしゃくして夫の側へ腰を下ろした。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
人は気楽なもの、腹の中にてかかる恐慌きょうこうを起すとも知らず、平生へいぜい胃吉や腸蔵を虐使ぎゃくしするにれけん。遠慮もなく会釈えしゃくもなく上の方よりドシドシ食物しょくもつを腹の中へ詰め込みきたる。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私の傷はもう大かたえた、次の月曜日あたりから出勤しようと思うて、午後駅長のうちを訪ねて見た。細君が独りで板塀の外で張り物をしていたが、私が会釈えしゃくするのを見て
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)