どんぶり)” の例文
仁右衛門は一片の銀貨を腹がけのどんぶりに入れて見たり、出して見たり、親指で空にはじき上げたりしながら市街地の方に出懸けて行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
くちへ、——たちまちがつちりとおとのするまで、どんぶりてると、したなめずりをした前歯まへばが、あなけて、上下うへしたおはぐろのはげまだら。……
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私は直樣すぐさまどんぶりの蓋を取つておつゆ一滴餘さず掻込んで謝つたが、Z・K氏の機嫌は直りさうもなく、明日出直して來いと私を突き返した。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
まわりには食い荒した皿やどんぶりや小鉢物と、一升徳利が六七本も並んでおり、部屋の中は胸が悪くなるほど酒の匂いがこもっていた。
落葉の隣り (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「何が腑に落ちないんだ。こんな時は腑だの財布さいふだのといふ代物は、チラチラ見せびらかさないやうに、腹掛のどんぶりにでもしまつて置け」
うなぎどんぶりなら三つ以上五つ位食べなければ承知せん位の大食家だ。あの男に和女おまえの拵えた豚料理を御馳走したらさぞよろこんで食べるだろう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
煙管を腹がけのどんぶりに落し込みながら、悠々と俺の前に立塞がって、真黒な右手をニューと差し出した。俺は面喰って後退あとずさりした。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
所を教へると、咲子はよろこんで立ちあがつて、台所から手頃のどんぶりを持出して来て、この子の癖で目をばしばしやりながら、入口へ飛び出した。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
漬物つけものを上げて来たのらしい。小男は、「これは恐縮」と云つて、奥さんの手からどんぶりを受け取つた。主人は奥さんを顧みて、こんな事を言ふ。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
壊れたどんぶりを紙に包んで箱の底に押し込んで置いたり、折れた櫛を御飯粒で継いでそおっと箱の中に平らに並べて置いたりするようになった。
どんぶりの音をさせたものだから、さっきからいい気持になっていた金十郎が嬉しくてたまらず、やにわに、すっぱだかになって踊り出しました。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時、かみさんは年老いた客をいたわり顔に、盆に載せたどんぶり階下したから女中に運ばせた。見ると、寛斎の好きなうどんだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
店臺みせだいへはあつころにはありおそふのをいとうて四つのあしさらどんぶりるゐ穿かせて始終しじうみづたゝへてくことをおこたらないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
朝飯前に、そのほかの牧場を半分だけ見に行き、帰って来ると、大急ぎでどんぶりを平げ、昼までに、残りの半分を見まわる。
するとチンセイは、ぷいと座をたっていったが、まもなく金属せいのどんぶりのようなものをもってきた。そのなかからは、あったかそうに湯気ゆげが立っていた。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)
角助は、腹掛けのどんぶりを探って、一枚の紙片を取りだした。ひろげて、皺をのばし、筋くれだった平手で、ぱんと叩いてから、金五郎の鼻先に突きつけた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
こう言って校長は自分のになみなみといだ。泡が山をなしてこぼれかけるので、あわてて口をつけて吸った。娘がそこにブッカキをどんぶりに入れて持って来た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どうやらひどく空腹だったらしい様子をあらわにしつつどんぶりを口の前に持って行ったが、急いだせいか、めしの湯気にむせて、苦しそうにせき込むのだった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
まず朝食に、どんぶりいっぱいの御飯にがんもどきの煮つけ一皿。ああ嬉しくて私はひざをつきそうにあわててしまう。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
弥平爺は、しばらくの沈黙の後、腹掛けのどんぶりを探りながら言った。そして、鞣革なめしがわの大きな財布を取り出した。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そこで私は、厳然と威儀をととのえて、その、水入りのどんぶりみたいな靴のかたわらに立ち、彼女は勇躍しておかみさんを呼びに行った。おかみさんはすぐ来た。
たとえば、ぼくらのそんな家庭でも、頭数六、七人もの子供の朝食の膳に、よく生卵を割ったものだが、大きなどんぶりに、きまって卵は三個しか女中が割らない。
ミチは年とって腰の曲った産婆に命ぜられたとおり、を入れたどんぶりをいねの鼻先へ持ってゆき、がんがんおこった炭火を挾みこんではじゅんじゅん煙を立てた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
「今、どんぶりが来ますから、今晩はそれで我慢してください、明日あすになったら、また何かできましょうから」
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
割箸わりばしを添えて爺が手渡すどんぶりを受取って、一口ひとくちすすると、なまぐさいダシでむかッと来たが、それでも二杯食った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「お前のは何だっけ。はす菎蒻こんにゃくに。今日はもうおこうこはえんだよ。」とどんぶりを一つ取出して渡した。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
或る夜の月にした坐敷へは何処やらの工場の一れ、どんぶりたたいて甚九じんくかつぽれの大騒ぎに大方の女子おなごは寄集まつて、例の二階の小坐敷には結城とお力の二人ぎりなり
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
高級にして近づきがたい名妓めいぎよりも、銘酒屋のガラス越しに坐せる美人や女給、バスガアル、人絹、親子どんぶり、一銭のカツレツにさえも心安き親愛を感じる事が出来る。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
北どなり、水戸さまの中屋敷にむいた弥生町やよいちょうがわの通用門から、てんでにどんぶりや土瓶を持った老若男女ろうにゃくなんにょがあふれだし、四列ならびになってずっと根津権現ねづごんげんのほうまで続いている。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
中で焼物は伊賀野附近で焼かれ、主に黄色い鉛釉なまりぐすりを用います。どんぶり、皿、土瓶などを見かけます。しかしこの島の産としては「文楽ぶんらく」の人形を特筆せねばならないでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
塾の事であるから勿論もちろんおけだのどんぶりだの皿などの、あろうはずはないけれども、緒方の塾生は学塾の中に居ながら七輪しちりんもあれば鍋もあって、物を煮てうと云うような事を不断やって居る
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
相手に気取けどられぬようにそろそろと、内ぶところの手をどんぶりへ入れて、そこに、寝る間も離したことのない十手のを、いざとなったら飛び掛る気、朱総しゅぶさを器用に手の甲へき締めて
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と云って冷麦のどんぶりが運び込まれたあとで、幸子だけが打ち合せのために母屋の方の一と間へ呼ばれて、未亡人と対坐たいざしたが、正直のところ、彼女は五分か十分も話を聞いているうちに
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
昔しだって今だって変りがあるものか。驢馬ろばが銀のどんぶりから無花果いちじゅくを食うのを
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おそばやの小僧さんのようなひとが二人、れいの番頭さんに指図されて、あちこち歩きまわってお茶をいれたり、どんぶりを持ち運んだりしている。ずいぶん暑い。僕は汗をだらだら流して天丼をたべた。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は小箱を拾って、腹かけのどんぶりの中へほうり込んだ。箱は軽かった。
セメント樽の中の手紙 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
娘はの実を入れた籠と、水を盛つたどんぶりとを卓子テーブルの上に置いた。
どんぶり天麩羅
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
しかし幹太郎はその器物が多いのと、こののものでなく、どんぶりや皿小鉢がてんや物であり、燗徳利かんどっくりや盃まであるのに気がついた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
炉辺に有合せのどんぶりを取り上げると妙な手つきをして、小屋の後ろの方を指さし、何をか哀願するような表情をしつつ出て行ってしまいました。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二人ふたりが時を忘れて話し込んでいるうちに、いつのまにか夜はふけて行った。酒はとっくにつめたくなり、どんぶりの中の水に冷やした豆腐もくずれた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
誰かそつとどんぶり小鍋こなべふたを開けて見た形跡のあつた日は、私はひどく神経を腐らした。そこにも、こゝにも、哀れな、小さい、愚か者の姿があつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
どんぶりすしや蜜柑のやうなものが、そつち此方こつちに散らばつて、煙が濛々もう/\してゐた。晴代は割り込むやうにして、木山の傍に坐つたが、木山は苦笑してゐた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
先日小山君の家で晩食の御馳走を戴いてその帰りに外の友人の家へ寄ったらちょうど僕のような大食家が二、三人あつまってうなぎどんぶり競食会くいっこをしていた。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
……ある大籬おおまがきの寮が根岸にある、その畠に造ったのを掘たてだというはしりの新芋。これだけはお才が自慢で、すじ、蒟蒻こんにゃくなどと煮込みのおでんをどんぶりへ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうこうしているうちに、前の小娘がどんぶりを二つもって来て、二人の前に一つずつ置いた。そしてまた下へ行った。
邪魔になるお客さんは、遠慮なく突きとばしてよろしいのである。お客さんは、突きとばされてどんぶりの中に顔を突込つっこもうと、誰も怒るものはいないであろう。
私は、たとえば、浅草の安食堂の、メシを山のようにこんもりと盛りあげたあのどんぶりがむやみと恋しくなった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
これは贅沢品ぜいたくひんで、うなぎどんぶりが二百文、天麩羅蕎麦てんぷらそばが三十二文、盛掛もりかけが十六文するとき、一板ひといた二分二朱であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼れは腹がけのどんぶりの中を探り廻わしてぼろぼろの紙のかたまりをつかみ出した。そしてたけのこの皮をぐように幾枚もの紙を剥がすと真黒になった三文判がころがり出た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)