一際ひときは)” の例文
片足かたあしは、みづ落口おちくちからめて、あしのそよぐがごとく、片足かたあしさぎねむつたやうにえる。……せきかみみづ一際ひときはあをんでしづかである。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おつぎがあらざらしのあはせてゝ辨慶縞べんけいじま單衣ひとへるやうにつてからは一際ひときはひと注目ちうもくいた。れいあかたすきうしろ交叉かうさしてそでみじかこきあげる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
與力よりきなかでも、盜賊方たうぞくがた地方ぢかたとは、實入みいりがおほいといふことを、公然こうぜん祕密ひみつにしてゐるだけあつて、よそほひでもまた一際ひときは目立めだつて美々びゝしかつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
その内に彼の足もとの大蛇は、おもむろに山のやうなとぐろを解くと、一際ひときは高く鎌首を挙げて、今にも猛然と彼の喉へ噛みつきさうなけはひを示し出した。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
たゞ一際ひときは目立つて此窓から望まれるものと言へば、現に丑松が奉職して居る其小学校の白く塗つた建築物たてものであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
映画館を出ると短い秋の日はもう夕方近くになり、あたりの電灯は一際ひときは明く輝き渡るにつれて、往来ゆききの人の賑ひもまた一層激しくなるやうに思はれた。
男ごゝろ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
以て大坂へ申こせば然ば急々上京すべし尤とも此度このたびは大坂表へ繰込くりこみせつより一際ひときは目立樣にすべしと伊賀亮いがのすけは萬端に心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
平次は斯うして又一つ失策しくじつてしまひました。『手柄をしない平次』の名は、お蔭で又一際ひときは高くなることでせう。
椽側からそとうかゞうと、奇麗なそらが、高いいろうしなひかけて、となり梧桐ごとう一際ひときはく見えるうへに、うすつきてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その波頭の白いので、黒ずんだ島が一際ひときは明かに見えてゐる。それから二哩ばかりをかの方へ寄つて、その島より小さい島がある。石の多い、恐ろしい不毛の地と見える。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
そして私の飾附けがぴつたりと彼等の希望にかなつたのを感じて、また私のしたことが、二人の樂しい歸省に一際ひときは活々とした魅力を加へたことを感じて、私は樂しかつた。
六つ七つばかりの美しき小娘二人その傍に遊び戲れ、花を摘みてたまきとなす。されどそれより一際ひときは美きは、此家の門口に立ち迎へたる女子なり。髮をば白き枲布あさぬのもて束ねたり。
満枝はあるじ挨拶あいさつして、さて荒尾に向ひては一際ひときは礼を重く、しかもみづからは手の動き、目のるまで、もつぱら貴婦人の如く振舞ひつつ、むともあらずおもてやはらげてしばらことばいださず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
闌秋らんしう化性けしやうしたる如き桔梗ききやう蜻蛉とんぼの眼球の如き野葡萄のぶだうの実、これらを束ねて地に引きゑたる間より、もみの木のひよろりと一際ひときは高く、色波の旋律を指揮する童子の如くに立てるが
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
その心根を想ふと一つ一つの撥音にも一際ひときは懐しさを覚えます。
〔婦人手紙範例文〕 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
永きの土を一際ひときは黒く
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
伊達だて停車場ていしやぢやうもなく踏切ふみきりして、しばらくして、一二軒いちにけんむら小家こいへまへに、ほそながれ一際ひときはしげつてたけののびたのがあつて、すつとつゆげて薄手うすでながら
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
昼でさへ寂しいこの御所は、一度日が暮れたとなりますと、みづの音が一際ひときは陰に響いて、星明りに飛ぶ五位鷺も、怪形けぎやうの物かと思ふ程、気味が悪いのでございますから。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
朝顔あさがほの花が日毎ひごとに小さくなり、西日にしびが燃えるほのほのやうにせま家中いへぢゆう差込さしこんで来る時分じぶんになると鳴きしきるせみの声が一際ひときは耳立みゝだつてせはしくきこえる。八月もいつかなかば過ぎてしまつたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
行手ゆくてには、こんもりとした森が見えて、銀杏いてふらしい大樹が一際ひときはすぐれて高かつた。赤くつた鳥居とりゐも見えてゐた。二人はそれを目當てに歩いた。お光は十けんあまりもおくれて、沈み勝にしてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
わが祕事はあばかれたり。されどベルナルドオはこれを人に語るべくもあらず。ベルナルドオとわれとの交は、この時より一際ひときは密になりぬ。かたはらに人なき時は、われ等の物語は必ず神曲の事にうつりぬ。
婦人は予を凝視みつむるやらむ、一種の電気を身体みうちに感じて一際ひときは毛穴の弥立よだてる時、彼は得もいはれぬ声をて「藪にて見しは此人このひとなり、テモ暖かに寝たる事よ」とつぶやけるが、まざ/\ときこゆるにぞ
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)