頓狂とんきょう)” の例文
直吉は頓狂とんきょうに呼んだ。しかし、彼の歩いて行く方向は、依然として変らない。従って、次郎の進む方向にも一向変化がないのである。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
「ああ、ムーさんだわね、向うから二番目に、キミちゃん、まだ寝ているわ」と女給頭のお富が彼の膝頭ひざがしらの辺から頓狂とんきょうな声をあげた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
姫君の容貌は、ちょっと人好きのする愛嬌あいきょうのある顔で、髪もきれいであるが、額の狭いのと頓狂とんきょうな声とにそこなわれている女である。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やがて、こぶみねのてッぺんにある、天狗てんぐ腰掛松こしかけまつの下にたった竹童ちくどうは、頓狂とんきょうな声をだしてキョロキョロあたりを見まわしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうどそのこえは、ぶなのがざわざわとからだすってうたうのに、調子ちょうしわせて、頓狂とんきょう拍子ひょうしでもるようにきかれたのでした。
縛られたあひる (新字新仮名) / 小川未明(著)
その街角へ現われて街灯の下へ辿たどりつくと、まるで自分がうるんだ灯にすがりついた守宮やもりででもあるような頓狂とんきょうな淋しさが湧いてきた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
子供を寝かしつけていたお銀は、頓狂とんきょうなその声が耳に入ると、急いで裏へ子供を抱き出したが、小さい枕だけは隠すひまがなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あッ、もッちょこい!」沖売の女が頓狂とんきょうな声を出して、ハネ上った。「人のしりさ手ばやったりして、いけすかない、この男!」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しばらくすると、縁側の方の陽だまりから頓狂とんきょうな声がして、坊主頭に汚ないかすりを着た若いような、老人のような男があらわれた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
老人はゆっくり首を振った、「げんまも頭六も乱暴者だが、御番頭を射殺するほど頓狂とんきょうでもないし、そうする仔細しさいもないだろう」
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
最初に妹がいって見て、どうも様子が変なので、頓狂とんきょうな声を出したんだから、そばにいた学生が馳つけて、脈をみると、既に止っている。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「え」西沢は頓狂とんきょうな声を出した。「波田君! 僕も、たまにゃ連れて行けよ」そこで、二人は、連れ立って、倉庫へやって来た。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それがあまり頓狂とんきょうに聞こえたものですから、その時は大笑いになりましたが、さてそれからというものは、彼はもう凹面鏡で夢中なんです。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
久さんは怪訝けげんな眼を上げて、「え?」と頓狂とんきょうな声を出す。「何さ、今しがたお広さんがね、甜瓜まくわってたて事よ、ふ〻〻〻」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と笑い笑い言ってからくるりッと葉子のほうに向き直って、田川夫妻には気が付かないように頓狂とんきょうな顔をちょっとして見せた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
牛小屋の方で、誰かが頓狂とんきょうな喚きを発している、と、すぐその喚き声があの夜河原で号泣している断末魔の声を聯想れんそうさせた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
カンテラの光の届かない部屋の一隅から、急にカラ/\と頓狂とんきょうに笑い出す声を聴くと、元気のある度胸の据った喜太郎までが、ハッと色を変えた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「おやおや本当におこったのかえ? こいつは仕損じ。謝った謝った」人丸左陣は頓狂とんきょうに、ポカリ額を叩いたものである。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
発車まぎわに頓狂とんきょうな声を出して駆け込んで来て、いきなりはだをぬいだと思ったら背中におきゅうのあとがいっぱいあったので、三四郎さんしろうの記憶に残っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ガラッ八か冗談の題目にしたのも、平次がすっ頓狂とんきょうな声を出したのも、掛合噺かけあいばなし程度以上のものではなかったのです。
しかし、子供達は餅をもらってしまうと、そんな愚痴ぐちなど聞いてはいなかった。頓狂とんきょうな声を上げながら戸外に待っている悪垂あくたれ仲間の方へ飛んで行った。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
子馬の声に音を合わせる娯楽場の音楽、退屈してる金持の馬鹿ばか者どもをいや頓狂とんきょう声で喜ばせるいやしいイタリー道化どうけ役者、または、商店の陳列品の低劣さ
などと頓狂とんきょう声を上げる商人風の男もあつた。中でも一ばん熱心に観戦してゐたのは、一人の海軍下士官だつた。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
前に鼻歌をうたった男が、頓狂とんきょうな声で、こう言った。それにつれて、一同が、傷も忘れたように、どっと笑う。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その隣のおりの金網の中には嬉戯きぎする小猿が幾匹となく、頓狂とんきょうに、その桃色の眼のまわりを動かすのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「これこれ、んでそんな頓狂とんきょうこえすんだ。いくらあめなかでも、人様ひとさまかれたらことじゃァないか」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「あ! これか」と与吉は頓狂とんきょうに頭をかいて、「これあ、なんだ、私が味噌みそをしぼった化けこみなんだ。 ...
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と横合いから青木が頓狂とんきょうな声を出した。すると出て行きかけた看護婦がツンとしたまま振り返った。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雪子は被皮ひふを着て、物に驚いたような頓狂とんきょうな顔をしていた。それに引きかえて、美穂子は明るい眼と眉とをはっきりと見せて、愛嬌あいきょうのある微笑びしょう口元くちもとにたたえていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
日当りのいい縁側には縮緬ちりめんの夜具羽二重はぶたえ座布団ざぶとん母子おやこ二人の着物が干される。軒先には翼と尾との紫に首と腹との真赤まっか鸚哥いんこが青いかごの内から頓狂とんきょうな声を出してく。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
座のなかから「——とっても、いけねえや」という頓狂とんきょうな、やや卑猥ひわいな調子をこめた声があがった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
三太が子供部屋で積木細工をして遊んでいると、中庭から源吉爺さんの頓狂とんきょうな声が聞えてきた。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
一番頓狂とんきょう乾物屋かんぶつやの子は、ありあわせの竹の棒にまたがって、そこいら中をかけずり廻った。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
過般こないだ宴会えんかいの席で頓狂とんきょう雛妓おしゃくめが、あなたのお頭顱つむりとかけてお恰好かっこう紅絹もみきますよ、というから、その心はと聞いたら、地がいて赤く見えますと云って笑いころげたが
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は咄嗟とっさに廻れ右をして、間髪かんぱつを入れず、親爺の頬っぺたを殴りつけた。親爺は眼をぱちくりさせ、「あ、ぶった。ぶった。」と頓狂とんきょうな悲鳴をあげて、私の胸倉に取りついた。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
伊勢いせ荒木田守武あらきだもりたけのように、徹頭徹尾れの句ばかりを続けた人も無いではないが、本来は長ったらしい連歌の間へ、時々頓狂とんきょうな俗な句や言葉を挟むのが興味であったことは
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あるいは高く或は低く絶えずかちかちと鉄槌かなづちの音を響かせている細工場の中から、(父は屡〻しばしば留守だった……)、よく頓狂とんきょうな奴だとみんなから叱られてばかりいた佐吉という小僧が
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
などゝ、薄気味の悪い目を輝かして、頓狂とんきょうな声で云ったが、一人も応ずる者はなかった。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
京子は、頓狂とんきょうに言って鏡を持たないあいている方の手の指で、眼瞼まぶたを弾く。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「お経の文句!」と旅人は頓狂とんきょうな声でいいました。何故なぜ頓狂な声でいったかというと、旅人は生憎あいにくお経の文句なぞ少しも知らなかったからでした。おばあさんはそんなこととは知りませんから
でたらめ経 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
頓狂とんきょうな声に驚いた小西警部が、のぞむようにして訊くと
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
会話の時間に頓狂とんきょうものゝニコル先生が赤羽君の名を
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
頓狂とんきょうな声でいいますので、私はびっくりして
眼も少々うわずっていた高萩が頓狂とんきょうな声を出して
それから頓狂とんきょうな声を出したわ。
ニッケルの文鎮 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
と署長の頭の上で、頓狂とんきょうな声がした。おどろいて署長がうしろを向くと、そこには彼と犬猿けんえんの間にあるK新報社長の田熊氏が嘲笑あざわらっていた。
人間灰 (新字新仮名) / 海野十三(著)
源造の口から、思わず頓狂とんきょう叫声さけびごえがほとばしる。その男は三次ではなかった。服装は三次のものだが、中味が違っていたのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
隣の部屋をノックして急な帰京を知らせると、そこにい合わせた三人は等しく立ち上って、少し頓狂とんきょうなほど興奮して園を玄関まで送ってきた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「——やっ」突然、こう頓狂とんきょうなさけび声を揚げて、平次郎は、すべての人が頭を下げている中から、たった一人、発狂したように飛び上がった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、数日の後には、次郎は、下肥しもごえを汲んでいた直吉の頓狂とんきょうな叫び声で、大まごつきをしなければならなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)