“近衛:このえ” の例文
“近衛:このえ”を含む作品の著者(上位)作品数
紫式部7
吉川英治6
島崎藤村3
ハンス・クリスチャン・アンデルセン2
神西清2
“近衛:このえ”を含む作品のジャンル比率
文学 > ドイツ文学 > その他のゲルマン文学(児童)15.4%
文学 > フランス文学 > 小説 物語3.8%
歴史 > 伝記 > 個人伝記1.3%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
全国で一ばん若年の県会議員だったそうで、新聞には、A県の近衛このえ公とされて、漫画なども出てたいへん人気がありました。
兄たち (新字新仮名) / 太宰治(著)
変装をしたって仮面をかぶったって、賜暇しか中のアタッシェか、近衛このえの少尉か何かのようななりをしたって、だめなのです。
これは近衛このえ兵の一部が西南えき論功行賞ろんこうこうしょうに不平をいだいて、突然暴挙を企てたものと後に判った。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もはや町々をかために来る近衛このえ騎兵の一隊が勇ましい馬蹄ばていの音も聞こえようかというころになった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
左右の近衛このえ、左右の衛門えもん、左右の兵衛ひょうえに属した鷹匠たかじょうたちは大柄な、目だつ摺衣すりぎぬを着ていた。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
わがメエルハイムの見えぬはいかにとおもひしが、げに近衛このえならぬ士官はおほむね招かれぬものをと悟りぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
胸に黄いろいあばらのついた軍服で、近衛このえの騎馬隊が、三角の旗を立てて風の中を走ってゆく。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこに白く咲いているのは何の花かという歌を口ずさんでいると、中将の源氏につけられた近衛このえ随身ずいしんが車の前にひざをかがめて言った。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうするうちにあの十年の戦争になりまして、良人——近衛このえの大佐でした——もまいります。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
今日きょう近衛このえの将官として加茂へ参向を命ぜられた勅使はとうの中将であった。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それほどにしてうかがわれているとも宮のほうの侍は気がつかず、またどんな秘密があることとも知らなかったので近衛このえの随身に見あらわされることになったのである。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
前代の近衛このえ公爵のお部屋さまになるひとだったが公爵に死なれてしまった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
垣の外には、たくさんなかがが、バチバチと赤い火をハゼている。つい昼まで、ここの錦旗を守って近衛このえしていた僧兵らも、どこへ行ったか影もなかった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほかに、内庭ないていに、近衛このえ。外門に、兵衛ひょうえの各兵部があった。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
京都にある鷹司たかつかさ近衛このえ、三条の三公は落飾らくしょくを迫られ、その他の公卿くげたちの関東反対の嫌疑けんぎのかかったものは皆謹慎を命ぜられた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
近衛このえ殿あたりでさえも、年に一度の式日に、賓客まろうどが馳走を眺めて、口に入れられそうな物は、三宝にのっている小豆餅あずきもちぐらいな物であったという。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
輦路れんろ嶮難けんなんなるところから木曾路は多く御板輿おんいたごしで、近衛このえ騎兵に前後をまもられ、供奉ぐぶの同勢の中には伏見二品宮にほんのみや
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
近衛このえ。わごりょうなどは、木曾路きそじを廻って帰られたがよかろう。晴々しゅう凱旋する兵とともに、東海道をあるくはおかしかろ。まず、まず、木曾路を上りませ」
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十七日の夜に参内を急いだのは、中川宮(青蓮院しょうれんいん)、近衛このえ殿、二条殿、および京都守護職松平容保かたもりのほかに、会津と薩州の重立った人たちとわかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
白い旗には近衛このえ歩兵第二連隊一等卒白井倉之助之霊と書いてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
そして鳳輦ほうれん(みくるま)のすぐあとにつづく近衛このえ儀仗ぎじょうには、足利高氏、直義ただよしの兄弟があたり、さらに赤松円心の千余騎、土居得能とくのうの二千
為隆は定家出生の足かけ二十年前、康治こうじ二年に出家して寂超じゃくちょうといい、その次の兄頼業よりなり近衛このえ天皇の蔵人くろうどであったが、久寿きゅうじゅ二年
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
抜け目ない信長は、ここに自己の水軍を持つと、それらの大船を連ねて豪壮な船飾りをほどこし、一日、近衛このえ公やそのほかの公卿くげを堺へ招いて船御覧ふなごらんの催しをした。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近衛このえの兵隊は、音楽をやって、町じゅうねりあるきました。
そして宗鑑におこりをわずらわせ、それより近衛このえ公をして、宗鑑が姿を見れば餓鬼つばた、の佳謔かぎゃくを発せしめ、しがたって宗鑑に、飲まんとすれど夏の沢水、の妙句を附けさせ
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
——さきの摂政ノ関白太政大臣から、左右の近衛このえノ大将、大納言、八座の公卿、七べんの高官、五位、六位の蔵人くろうど諸司しょしの宮人までが、むらがり寄って来たのである。
とう大納言、東宮大夫たゆうなどという大臣の兄弟たちもいたし、蔵人頭くろうどのかみ、五位の蔵人、近衛このえの中少将、弁官などは皆一族で、はなやかな十幾人が内大臣を取り巻いていた。
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私は一年志願兵として、近衛このえ第四連隊に入営した。
私の歩んだ道 (新字新仮名) / 蜷川新(著)
桟敷さじきには、近衛このえ殿もおられたし、主人役の信長のほか、穴山梅雪、長雲、友閑、夕菴せきあん、長安などの年寄衆、小姓衆、そのほか徳川家の家臣もいながれて陪観ばいかんしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどどういうものか、あまりくらいすすまないで、いつまでもただの近衛このえ武士ぶしで、昇殿しょうでんといって、御殿ごてんの上にのぼることをゆるされませんでした。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
安政五年九月十日の、うまの刻のことでございますが、老女村岡様にご案内され、新関白近衛このえ様の裏門から、ご上人しょうにん様がご発足なされました際にも、私はお附き添いしておりました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
最後の予備隊、近衛このえ兵……をもくり出した。
皇室警衛のために東京には近衛このえ師団がある。
蝸牛の角 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
二の尼に近衛このえの花のさかりきく 野水
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その十三日には浄華院の戦さ、守る京極きょうごく勢は一たまりもなく責め落され、この日の兵火に三宝院の西は近衛このえ殿より鷹司たかつかさ殿、浄華院、日野殿、東は花山院殿、広橋殿、西園寺さいおんじ殿
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
その十三日には浄華院の戦さ、守る京極きょうごく勢は一たまりもなく責め落され、この日の兵火に三宝院の西は近衛このえ殿より鷹司たかつかさ殿、浄華院、日野殿、東は花山院殿、広橋殿、西園寺さいおんじ殿
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
と高い声で近衛このえの下士が言った。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
近衛このえの兵隊がでて来ました。
近衛このえの町の吉田神主の宅にも物取りどもが火を放つたとやら、たちまちに九ヶ所より火の手をあげ、折からの南の大風にあおられて、上京かみぎょうの半ばが程はみるみる紅蓮ぐれん地獄となり果てました。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
出動部隊は近衛このえ師団、第一師団のほか、地方の七こ師団以下合計九こ師団の歩兵聯隊れんたいにくわえて、騎兵、重砲兵、鉄道等の各聯隊、飛行隊の外、ほとんど全国の工兵大隊とで、総員五万一千、馬匹ばひつ一万頭。
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ちょうどその頃、一知の父親の乙束仙六は、養蚕の失敗に引続く信用組合の公金拐帯かいたいの尻を引受けて四苦八苦の状態に陥り、東京で近衛このえの中尉を勤めている長男の仙七の血の出るような貯金までも使い込んでいる有様で
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大将の臨時の随身を、殿上にも勤める近衛このえじょうがするようなことは例の少ないことで、何かの晴れの行幸などばかりに許されることであったが、今日は蔵人くろうどを兼ねた右近衛うこんえの尉が源氏に従っていた。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
近衛このえ中隊長。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それのみではございません、近衛このえの町の吉田神主の宅にも物取りどもが火を放ったとやら、たちまちに九ヶ所より火の手をあげ、折からの南の大風にあおられて、上京かみぎょうの半ばが程はみるみる紅蓮ぐれん地獄となり果てました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
まもなく、この三十二歳の白系韃靼はっけいだったん人、ギリシャ正教徒せいきょうと、前近衛このえ中隊長、迷信家で狂信家で感激性に富み、騎士的で勇敢で買収の見込みのない人別書デスクリプションは、ドロテイン街の家の玄関に立って、にこにこ笑っていた。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
しかしながら既に鳩山〔和夫〕校長の式辞とかあるいは近衛このえ篤麿あつまろ〕公爵の演説とかあって、諸君に向って大抵同じようなことを繰返された様でもあり、且つ随分暑い処に長く時を費やすことははなはだご来臨の諸君に対して御気の毒にも存じますから
彼は近衛このえにはいっていたことがあるし、それからまた人の言うところによると、非常なおめかしやで、美しい栗色くりいろの髪を頭のまわりにみごとに縮らしているそうであるし、広い黒いりっぱなバンドをしめており、その教服は世に最も優雅にたたれているそうである。
戦時警備令が下り、香椎かしい中将の下に第一師団と近衛このえ師団とがその任に当たることになったのは当然だとしても、叛乱軍の諸部隊が、そのまま警備部隊に編入され、それぞれの占拠地において警備に任ずることになり、戒厳令かいげんれいかれてもやはり同様であった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
近衛このえ殿老女村岡、御蔵おくら小舎人こどねり山科やましな出雲、三条殿家来丹羽豊前ぶぜん、一条殿家来若松もく、久我殿家来春日讃岐さぬき、三条殿家来森寺困幡いなば、一条殿家来入江雅楽うた、大覚寺門跡もんぜき六物ろくぶつ空万くうまん、三条殿家来富田織部。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
道長には倫子と高松殿と北政所きたのまんどころが二人あるといわれたほどであったが、やはり嫡妻倫子腹の頼通よりみちの子孫から近衛このえ九条くじょうの二家が分れ、さらに五摂家に分れて今日に血を引いたが、高松殿腹の長家の筋は摂関大臣に登る家柄にはなれないで、普通には大中納言なごんに止まる家柄であった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
だが、たとえば陸軍省の調べでは本省から憲兵隊から参謀本部監軍部はもとより、近衛このえ、第一ないし第六師団の全部について、各連隊もしくは特科大隊にわけて士官候補生以上はすべて記されており、海軍などは軍艦別にして上等兵曹、機関士、船医師まで記されているのだから、「防諜」の恐怖耳底に存する者は顛倒するであろう。
武鑑譜 (新字新仮名) / 服部之総(著)
二代ほど前は大臣だった家筋で、もっと出世すべきはずの人なんですが、変わり者で仲間の交際なんかをもきらって近衛このえの中将を捨てて自分から願って出てなった播磨守なんですが、国の者に反抗されたりして、こんな不名誉なことになっては京へ帰れないと言って、その時に入道した人ですが、坊様になったのなら坊様らしく、深い山のほうへでも行って住めばよさそうなものですが、名所の明石の浦などに邸宅を構えております。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)