起臥きが)” の例文
この室には一月前まで露国の鉄道援護の士官が起臥きがしていた。日本兵が始めて入った時、壁には黒くすすけたキリストの像がかけてあった。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
小人しょうじんから罵詈ばりされるとき、罵詈それ自身は別に痛痒つうようを感ぜぬが、その小人しょうじんの面前に起臥きがしなければならぬとすれば、誰しも不愉快だろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
毅堂はこれとは異って、学館内の一室に起臥きがし日々講堂に出でて生徒を教えたのである。その事は「聴水簃襍吟ちょうすいいざつぎん」十五首に言われている。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
保はかくを避けて『横浜毎日新聞』に寄する文を草せんがために、一週日いっしゅうじつほどの間柳島の帆足謙三ほあしけんぞうというものの家に起臥きがしていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
殊に私の起臥きがしていた書院造りの八畳は、日当りこそ悪いうらみはあったが、障子襖しょうじふすまもほどよく寂びのついた、いかにも落着きのある座敷だった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでも段々年をとっては、せめて起臥きがをわが家でしたいのが人の通情であるから、保胤も六条の荒地のやすいのをあがなって、住居すまいをこしらえた。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
まだ秀吉が信長の草履をつかみ、うまやで馬と共に起臥きがしていた一介いっかい御小人おこびと時代から、彼はすでに織田家の重臣だった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人類生活の日常到るところの起臥きが談笑の間に於ても、本来自然の自己愛着心と不即不離の関係を保ちつつ、知不知
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
皇室ですらが、日本はきわめてデモクラチックで——特に上古はそうであった——少しも形式ぶったところがなく、陛下が人民と一所に起臥きがしておられた。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
病院びょういん小使こづかい看護婦かんごふ、その子供等こどもらなどはみな患者かんじゃ病室びょうしつに一しょ起臥きがして、外科室げかしつには丹毒たんどくえたことはい。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
曳くばかりが受け持ちではない飲食起臥きが入浴上厠じょうし等日常生活の些事さじわたって面倒を見なければならぬしこうして佐助は春琴の幼時よりこれらの任務を担当し性癖せいへき
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
室内の用具も簡単な物ばかりで、起臥きがする部屋も客の座から残らず見えるのである。碁盤、双六すごろくの盤、弾棊たぎの具なども田舎いなか風のそまつにできた物が置かれてあった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ただ如何せしやと思ひ居るほどに上等室に行き見れば食卓の後、即ち船の最後部にあたりて少し高くなりて円く卓を並べたる処に彼六人の神官僧侶の起臥きがするを見たり。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
かくてしょうは世の人より大罪人大悪人と呼ばるる無頼ぶらいの婦女子と室を同じうし、起臥きが飲食を共にして、ある時はその親ともなり、ある時はその友ともなりて互いにむつみ合うほどに
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
椿岳が小林姓を名乗ったのは名聞好みょうもんずきから士族の廃家の株を買って再興したので、小林城三と名乗って別戸してからも多くは淡島屋に起臥きがして依然主人として待遇されていたので
山というほどの山ではないが、山中での朝夕起臥きが三十余年、ほとんど社交のない生活を営みながら、小生は時に快速船のように、何事をも進ませずにはいられないクセを持っている。
小生のあけくれ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
故国のうちに起臥きがしてる間は、その街路も自分に無関係なものであり、その窓も屋根も戸口もつまらぬものであり、その壁も没交渉なものであり、その樹木もありふれたものであり
先生はごうも平日とことなることなく、予が飲食いんしょく起臥きがの末に至るまで、力をつくしこれをたすけ、また彼地かのち上陸じょうりくしたる後も、通弁つうべんその他、先生に依頼いらいして便宜べんぎを得たることすこぶる多ければなり。
らせば無しにも起臥きがしえられてこの点はあまり顧慮しなかったものと見えます。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
つまりその頃そのなにがしという日本画の生徒は、場所は麹町番町こうじまちばんちょうの或るいえに下宿していた。自分一人では無くて友達と二人で、同じ部屋に起臥きがを共にしていたというような有様ありさまであったのだ。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
ほとんど同じところに起臥きがしていても、その間にあやまちはありませんでしたが、今こうして見れば、お松の今まで尽してくれた親切と、異性の懐しみとがひしと身にこたえるのであります。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
日本の風習では、そんな場合、何故、娘なり息子なりの両親、同胞が助けないか、と云う質問、何故、僅かの間、良人の両親の家に起臥きがは出来ないのか、と云う疑問が起るかもしれません。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
葉公しょうこう子高しこうりゅうを好むこと甚だしい。居室にも竜を繍帳しゅうちょうにも竜を画き、日常竜の中に起臥きがしていた。これを聞いたほんものの天竜が大きに欣んで一日葉公の家にくだおのれの愛好者をのぞき見た。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
以上の如く私はいまこの三鷹の草屋に独り起臥きがしているのであるが、ここには毎日のように訪客があり来信がある。云うまでもなく私にではなく、みんな太宰さんへのお客であり便りである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
東京で世話をしてやった友人が町でかなりな歯科医の玄関を張っている、そこへ行くか、くなった妻の実家の持ち家が少しばかりある、その中の一つを借りて起臥きがするかよりほかなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
勿論美しい高原に悠々と牛馬の起臥きがしているさまや、自由に馳駆ちくしている奔放なさまは、高原の景趣を一層平和に一層雄大ならしめ、いやが上にも感興を高めることのあるのは疑う可くもないが
高原 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
高家こうけといわるるも、みな干戈かんかを枕とし甲冑かっちゅうを寝巻にし、寒夜も山野に起臥きがし暑日も道路に奔走し、酒肴しゅこうに飽くこともなく朝夕雑飯に糠汁にてくらし、一生身体を労苦し、はては畳の上の死まれなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
藤野のほかに三四人が一組になって山小屋に二週間起臥きがを共にした。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その当時藤村は本郷の新花町にいた。春木町はるきちょうの裏通りを、湯島ゆしま切通しの筋へ出る二、三ちょう手前で、その突き当りが俗にいうからたち寺である。藤村は親戚の人と同居して、そこの二階で起臥きがしていた。
主人は吾輩の普通一般の猫でないと云う事を知っているものだから吾輩はやはりのらくらしてこの起臥きがしている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
叔父は枡屋善作ますやぜんさく(一説によれば善兵衛ぜんべえ)と云う、才覚さいかくいた旅籠屋はたごやである。(註四)伝吉は下男部屋に起臥きがしながら仇打あだうちの工夫くふうらしつづけた。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
気味のわるい目礼に送られて、左兵衛佐は、老父母の起臥きがしている二じゅうますの中みたいな暗い一室へ入った。北向きの狭い軒から青葉の影が陰気にさしている十二畳の一部屋である。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もう一昼夜の間だれも出入りしなかったが、人はひとりも欠けてはいない。そのいわおのように静まり返った家の中では、人が行ききし起臥きがしている。家庭をなしている。飲みまた食っている。
されどもこの命令のために更に居場所を狭められて大方の荷物は皆天井につるし肩掛革包かたかけかばんを枕とし手を縮め足をすぼめて海鼠なまこの如く伏し居るほどに余の隣に起臥きがする騎兵の上等兵は甲板より帰りぬ。
従軍紀事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
わが住む部屋も、欄干にればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺ゆつぼの下にあるのだから、入湯にゅうとうと云う点から云えば、余は三層楼上に起臥きがする訳になる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてそれは戸口および窓の税と呼ばるるものから由来してるのであります。貧しい家族、年老いた女や幼い小児を、これらの家に起臥きがせしめる、熱病やその他病気が起こるのは明らかです。
後に、彼の起臥きがの跡というので「新陰堂しんいんどう」と名づけられた建物である。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
めたりと云うには余りおぼろにて、眠ると評せんには少しく生気せいきあます。起臥きがの二界を同瓶裏どうへいりに盛りて、詩歌しいか彩管さいかんをもって、ひたすらにぜたるがごとき状態を云うのである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「なるほど仲居は茶屋に隷属れいぞくするもので、遣手は娼家に起臥きがする者ですね。次に見番と云うのは人間ですかまたは一定の場所をすのですか、もし人間とすれば男ですか女ですか」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道徳を論ずるものは文芸を談ずるをいさぎよしとせず、また文芸に従事するものは道徳以外の別天地に起臥きがしているようにひとりぎめでさとっているごとく見受けますが、けだし両方ともうそである。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はてしのない広野ひろのめ尽すいきおいで何百万本という護謨の樹が茂っている真中に、一階建のバンガローをこしらえて、その中に栽培監督者としての自分が朝夕あさゆう起臥きがする様を想像してやまなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分にいて、自分に答を得た彼は、その答を根本的なものと信じた。彼は何時までも不愉快の中で起臥きがする決心をした。成行なりゆきが自然に解決を付けてくれるだろうとさえ予期しなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余のごときは黄巻青帙こうかんせいちつあいだ起臥きがして書斎以外にいかなる出来事が起るか知らんでも済む天下の逸民いつみんである。平生戦争の事は新聞で読まんでもない、またその状況は詩的に想像せんでもない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)