記念かたみ)” の例文
張交はりまぜふすまには南湖なんこだの鵬斎ぼうさいの書だの、すべて亡くなった人の趣味をしのばせる記念かたみと見るべきものさえもとの通りり付けてあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(お退きと云うに。——やあ、お道さんのおん母君、母堂、お記念かたみの肉身と、衣類に対して失礼します、御許し下さい……御免。)
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それをお婆さんの記念かたみとして受け納めた与八は、別に新しい笠を換えてお婆さんに贈り、そうして二人は、この教場を立ち出でました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くれた人の記念かたみとして、かくべつ貴重なんです。で、白状しますと、その話を聞いたとき、全くぎょっとしてしまいました……
門出の時、世良田の刀禰が和女にこを残して再会の記念かたみとなされたろうよ。それを見たらよしない、女々しい心は、刀禰に対して出されまい。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
なう悲しやの一雫、道の泥濘ぬかりも帰るさは、恋しき土地の記念かたみかと。とかくは背後うしろへひかるる跡を、心深くも印せしなるべし。
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
また地には、かしこの惡しき人々さへむるばかりの——かれらむれどかゞみならはず——わが記念かたみを遺しぬ。 一六—一八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おつぎはまたおさへた卯平うへい頭部とうぶうたがひのそゝいで、二にんかなしむべき記念かたみにおもひいたつた。おつぎは原因げんいん追求つゐきうしてかうとはしなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
大震災大海嘯おおつなみが起こり、有史以来の惨状を呈したので、死者二万八千余人と註せられるが、その記念かたみに残されたものが、この九十九島であるとすれば
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
当地にちゃくそろてよりは、当家の主人たる弟又次郎の世話に相成り候。ついては某相果て候後、短刀を記念かたみつかわし候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
なげくべきことならずと嫣然につこみてしづかに取出とりいだ料紙りやうしすゞりすみすりながして筆先ふでさきあらためつ、がすふみれ/\がちて明日あす記念かたみ名殘なごり名筆めいひつ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昔の夢に憧憬あこがれるやうな顏をして、こればかりが昔の記念かたみだといつてゐる金の吸口の煙管でタバコを喫んだ。
父の婚礼 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
いいえ、実はそれが、私のものなんだよ。私のこの白笄は、いわば全盛の記念かたみだけど、玉屋の八代の間これを
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
当時の記念かたみとしては鹿鳴館が華族会館となって幸い地震の火事にも無事に免かれて残ってるだけだが、これも今は人手ひとでに渡ってやがて取毀とりこぼたれようとしている。
いでや、記念かたみの花の匂へる南國を出でゝ、アペンニノの山をえ、雪深き北地に入らん。アルピイおろしの寒威は、恰も好し、我がきかへる血を鎭むるならん。
船橋氏は記念かたみの『欧山米水』を取り出して、一寸ちよつと表紙の埃をはたいて読みかけてはみたが、別に軍人を天使のやうに書いてもなかつたので、その儘打捨うつちやらかして了つた。
その人には私の法衣ほうえの一通りと少しばかりの金を与え、なお外の恩を受けた人達および講義をしてくれた教師達には、皆相当の物品あるいは金を記念かたみあかしとして送り
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
娘は、赤い蝋燭を自分の悲しい思い出の記念かたみに、二三本残して行ってしまったのです。
赤い蝋燭と人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「これを記念かたみにあげる、私と思って持って往くように、そのうちに召びよせるから」
賈后と小吏 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
高木君の『日本伝説集』一六八頁には、くだんの女が竜と現じ、夫婦の縁尽きたれば、記念かたみと思召せとて、堅く結んだ箱を男に渡し、百日内に開くべからずと教えて黒雲に乗って去った。
なんというても御親子ごしんしは御親子であるで、御記念かたみの脇差を証拠に名乗りで、御当家に御召抱えあるようにと、その御願いの為にお出向きなされたので、なおまだ動きの取れぬ証拠としては
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
モン長 いや、こなたよりはまだまゐらするものがおぢゃる。吾等われら純金じゅんきんにてひめざうまうし、このヹローナがおな呼名よびならるゝかぎり、貞節ていせつなヂュリエットどのゝ黄金こがねざうをば上無うへな記念かたみあがめさせん。
あれが記念かたみは何かと云えば、お伽話に云うとおり、10495
記念かたみとして吾は永久此花の冠を脱がざるべし。
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
長女の辰子はこの密会の記念かたみである。
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「せっかく親爺おやじ記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場塞ばふさげで」とこぼした事も一二度あった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ地上現に大王のあがめをうけしかも記念かたみにおそるべき誹りを殘してひぢの中なる豚の如くこゝにとゞまるにいたるものその數いくばくぞ 四九—五一
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
言語道断の淫戯者いたずらもの片時へんじも家に置難しと追出されんとしたりし時、下枝が記念かたみに見たまえとて、我に与えし写真あり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうさっき君に話した通り、あの三文の値うちもない銀時計は、父の記念かたみに残ってる唯一の品なんだからね。まあ、僕のことはいくらでも笑うがいいさ。
島は記念かたみのふくさを愛蔵して、真志屋へ持って来た。そして祐天上人ゆうてんしょうにんから受けた名号みょうごうをそれにつつんでいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
亡弟の記念かたみと拿破里の繁華とを語りて、我に再遊の願の甚だ切なるを告げ、主人の姪なるマリアは我をして復たララの姿を見、フラミニアのざえを見る心地せしめき。
匕首、この匕首……さきにも母上が仰せられたごとくあの刀禰の記念かたみじゃが……さてもこれを見ればいとどなお……そも刀禰たちは鎌倉まで行き着かれたか、無難に。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
よく世間では、坊主がにくければ袈裟けさまで憎い、と言うが、よしイヤなおばさんが、イヤなおばさんであるとしても、その記念かたみの着物までを、イヤがるわけはないじゃないの。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
音信おとづれも、幾月を、絶入りてこそ歎けども、これに濡れたる袖ぞとは、良人つまの御眼に掛けられぬ、御手紙は、生きての記念かたみ、死ぬまでは、何とも知らぬ御秘密のありと思へばなほ更に
移民学園 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
……この匕首あひくちはなあ、阿母さんのお父さん……竹ちやんの祖父おぢいさんの記念かたみや、これをお前にあげるよつてなア、……阿母さんが死んだら、これを阿母さんやと思うて、大事にするんやで。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「これは疎末なものでござるが、記念かたみと思うて収めてくだされ」
人面瘡物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
一番気遣わしく、恐ろしかった、その夜の記念かたみだ。
吾があやまちの記念かたみなり。
花枕 (旧字旧仮名) / 正岡子規(著)
記念かたみにこそは分ちしか。
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
一つは亡くなった人の記念かたみとも見るべきこの品物は、不幸にして質に入れてあった。無論健三にはそれを受出す力がなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御覧、種々いろいろな四角いものだの、丸いものだの、削った爪の跡だの、朱だの、墨だので印がつけてあるだろう、どうだい、これを記念かたみに置いて行こうか。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
されど汝が、消えにし民の記念かたみに殘りて朽廢くちすたれしを責むといへるゲラルドとは誰の事ぞや。 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「是はお前の父上の記念かたみの品だ。お前が男子であつたなら、これを持たせて京都のお邸へ還すべきであつた。女子であつたので、お前は日蔭者になつたのだ。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
皆で五、六ルーブリの代物しろものだが、僕にしては大切なものなんだよ、記念かたみだからね。そこで、どうしたもんだろう? 僕はそいつをなくしたくないんだ、ことに時計の方をね。
最初、目をつぶって見まいとした、このイヤなおばさんの記念かたみが、今ではお雪ちゃんにとって、なんともいわれない懐かしみを、にじみ出させてくるようになりつつあるらしい。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
マリア。かくてその人に逢ひ侍りぬ。記念かたみの一封をばさきに渡しまゐらせつ。我。アヌンチヤタはその時何とか申し候ひし。マリア。人知れずこれをアントニオに渡し給へといひぬ。
おさなかった世の記念かたみの感情が、1585
その世の記念かたみ古鏡ふるかがみ
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
しかし自分の新らしく移った住居については何の影像イメジも浮かべ得なかった。「時」は綺麗きれいにこのびしい記念かたみを彼のために払い去ってくれた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乳の下を裂いたか、とハッと思う、鮮血なまちを滴らすばかり胸に据えたは、宵に着て寝た、長襦袢ながじゅばんに、葛木が姉の記念かたみの、あの人形を包んだのである。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)