くるしみ)” の例文
くるしみかろんずるとか、なんにでも滿足まんぞくしてゐるとか、甚麼事どんなことにもおどろかんとふやうになるのには、あれです、那云あゝい状態ざまになつてしまはんければ。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
つひに彼はこのくるしみを両親に訴へしにやあらん、一日あるひ母と娘とはにはかに身支度して、忙々いそがはしく車に乗りて出でぬ。彼等はちひさからぬ一個ひとつ旅鞄たびかばんを携へたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そのくるしみそのいたみ何とも形容することは出来ない。むしろ真の狂人となつてしまへば楽であらうと思ふけれどそれも出来ぬ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
さういふところよんどころなくすて置いていつか分る時もあらうと茫然ばうぜん迂遠うゑんな区域にとどおいて、別段くるしみもいたしませんかつた。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
彼のかわきはますます激しく、くるしみはますますその度を高めるのみである。十六億あまりの人類のうち吾が胸を聴いてくれる人はなきかと彼は歎声を吐いた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
随分それまでにもかれこれと年季を増して、二年あまりの地獄のくるしみがフイになっている上へ、もう切迫せっぱと二十円。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところが、飢えたる者は人の美饌びせんくるを見ては愈々飢のくるしみを感ずる道理がある。ける者は人の饑餓きがに臨めるを見ては、余計に之を哀れむの情を催す道理がある。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かはきまるとともつぎにはうゑくるしみ、あゝ此樣こんことつたら、昨夜さくや海中かいちう飛込とびこときに、「ビスケツト」の一鑵ひとかんぐらいは衣袋ポツケツトにしてるのだつたにと、今更いまさらくやんでも仕方しかたがない
遮莫さもあらばあれ永い年月としつき行路難こうろだん遮莫さもあらばあれ末期まつご十字架のくるしみ、翁は一切いっさいを終えて故郷ふるさとに帰ったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
荒海あらうみいかりうては、世の常のまよいくるしみも無くなってしまうであろう。おれはいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。
「雪間の草の春」は陣痛のくるしみを味って自分が生んだ胎児にちがいない。血を引いた個性がそこにあらわれている。もともと雪間の草を発見したのは自分自身である。自分の見方が好かった。
貴様、運命の鬼が最もたくみに使う道具の一は『まどい』ですよ。『惑』はかなしみくるしみに変ます。苦悩くるしみを更に自乗させます。自殺は決心です。始終まどいのために苦んで居る者に、如何どうして此決心が起りましょう。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その時に後でひどい熱病をわずらって死ぬ程のくるしみをいたしました。農家の女の労苦つらさはどれ程でしょう——麦刈——田の草取、それから思えば荒井様の御奉公は楽すぎて、毎日遊んで暮すようなものでした。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
この己のくるしみをお前の照すのが、今宵をおわりであれば好いに。
かれ微笑びせうもつくるしみむかはなかつた、輕蔑けいべつしませんでした、かへつて「さかづきわれよりらしめよ」とふて、ゲフシマニヤのその祈祷きたうしました。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
棄てられてゐながらその愛されてゐる妾よりは、責任も重く、苦労も多く、くるしみばかりでたのしみは無いと謂つて可い。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
せめて、朝に晩に、この身体からだ折檻せっかんされて、拷問ごうもん苛責かしゃくくるしみを受けましたら、何ほどかの罪滅しになりましょうと、それも、はい、後の世の地獄は恐れませぬ。
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
午後四時半体温をけんす、卅八度六分。しかも両手なほひややか、この頃は卅八度の低熱にも苦しむに六分とありては後刻のくるしみさこそと思はれ、今の内にと急ぎてこの稿をしたたむ。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
其時そのときだい一に堪難たえがたかんじてたのはかはきくるしみこゝわざわひへんじてさひはひとなるとつたのは、普通ふつうならば、漂流人へうりうじんが、だい一に困窮こんきうするのは淡水まみづられぬことで、其爲そのために十ちう八九はたをれてしまうのだが
とどめられたるそで思いきって振払いしならばかくまでの切なるくるしみとはなるまじき者をと、恋しを恨む恋の愚痴、われから吾をわきまえ難く、恍惚うっとりとする所へあらわるゝお辰の姿、眉付まゆつきなまめかしく生々いきいきとしてひとみ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あの何とも言えぬ心持は、この世界の深い深い秘密と関係している人の母の心であろう。しかしもうわたしにはあの甘いくるしみを持っている、ここの空気を吸う事は出来ぬ。わたしはもう行かねばならぬ。
あらゆるせいの発動を、なぜか分からぬくるしみ
かれ微笑びしょうもっくるしみむかわなかった、軽蔑けいべつしませんでした、かえって「このさかずきわれよりらしめよ」とうて、ゲフシマニヤのその祈祷きとうしました。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
して見りや、今までよりは一層くるしみを受けるのは知れてゐる。その中で俺は活きてゐて何を為るのか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
早瀬は差置かれた胸の手に、し殺されて、あたかも呼吸の留るがごとく、そのくるしみを払わんとするように、痩細やせほそった手で握って、幾度いくたびも口を動かしつつ辛うじて答えた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたしがあなたのくるしみをどうにかして上げる
くるしみかろんずるとか、なんにでも満足まんぞくしているとか、どんなことにもおどろかんとうようになるのには、あれです、ああ状態ざまになってしまわんければ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)