素直すなお)” の例文
宮様へ素直すなおにお頼みになりまして、あの方の御意見に従われるのがいいと思いますがね、そうでなくば御感情を害することになって
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そんな素直すなおかんがえもこころのどこかにささやかないでもなかったのですが、ぎの瞬間しゅんかんにはれいけぎらいがわたくし全身ぜんしんつつんでしまうのでした。
お前がいくら光るものをひねくったって、こっちは甲州筋で鳴らしたにいさんたち五人のお揃いだ、素直すなおに渡して鼻でも拭いて行きねえ
そうとは思っていたにしろ、カビ博士がこうして素直すなおにそれを認めたとなると、僕はあらたな狼狽ろうばいにおちいらないわけにいかなかった。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
素早すばやく倉地のひざから飛びのいて畳の上にほおを伏せた。倉地の言葉をそのまま信じて、素直すなおにうれしがって、心を涙に溶いて泣きたかった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
笑った物は罰せられ、素直すなおにいう通りに量って遣ると、果して際限もなく入ったといい、またはこれにあやかって金持になったともいう。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
わたしはやはり、本居先生の歌にもとづいて、いくらかでもむかしの人の素直すなおな心に帰って行くために、詩を詠むと考えたいんです。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
勿論父のいないことは格別帆前船の処女航海に差支さしつかえを生ずる次第でもない。保吉はちょっと父を見たぎり、「うん」と素直すなおに返事をした。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
嫂さんは妹の実意を素直すなおに受けるために感じられる好い心持が、今のお得意よりも何層倍人間として愉快だか、まるで御存じないかたなのです
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老人は彼等のなす儘にまかせ、子供のように素直すなおだったが、ただ一つ、きたない、嚢包ふくろづつみだけは、手に抱いて離さなかった。
人間山水図巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、もう、それを取りつくろうことをしないで素直すなおに、「いや感心いたしました」と、その小説が一座の作その物ででもあるかのように敬意を表した。
猫八 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
伯爵は肩をすくめたが、素直すなおに一礼すると、宝石入りの指輪でかざりたてた白い手にペンをとりあげ、小さな紙切れをき取って、それに書き始めた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その点からいって、かれは、おそらく、親鸞しんらん他力信心たりきしんじんをそのまま素直すなおに受けいれていたとは言えなかったであろう。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この曲に示した曖昧あいまいにして大袈裟おおげさな身振りは、クーレンカンプの素直すなおにして端麗たんれいな趣に及ばないものを思わしめる。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
素直すなおに、なによりも素直に、彼等の感情にこたえねばならぬ、と、彼は、一つ時、自分の今の気持をかえりみた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
変だとは思ったが、真っ昼間のことだから大きな声で呶鳴どなり付けると、婆は忌な眼をしてこっちをじっと見たばかりで、素直すなおに何処へか行ってしまった。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
冗談じょうだんじゃねえ。ようがありゃこそ、わざわざやってたんだ。なんでこのままけえれるものか。そんなことよりおいらのたのみを、素直すなおにきいてもらおうじゃねえか。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
よくまア素直すなおにこんなものを書いたもンだと、藤五郎が言うと、おもんは、となりへ仲働きに行くでは、どうせすったもんだでこんなものを書くわけはないから
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼は愛すべき男だ、誠実な男だ、人間の弱点に対してしんから寛大だ。素直すなおでおとなしい、傲慢でない、彼となら酒も飲めるし、猥談も人の蔭口も遠慮なくできる。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
根が貴族的に生立おいたった人だから、材料がいつでも素直すなお温和おとなしい上品なウブな恋であって、深酷な悲痛やじくれたイキサツや皮肉な譏刺きしが少しも見られなかった。
白眼が素直すなおな白い色をして居ない者は「一字分空白持」だと云うけれ共私もたしかにそうなのかもしれない。
秋毛 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
巻十二(二九二四)に、「世のなかに恋しげけむと思はねば君がたもとかぬ夜もありき」というのがあり、どちらかが異伝だろうが、巻十一の此歌の方がやや素直すなおである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
それほど私の助言を素直すなおに受入れてくれたことは、私に何んとも言いようのない喜びを与えた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
われいえを継ぎいくばくもなくして妓を妻とす。家名をはずかしむるの罪元よりかろきにあらざれど、如何にせんこの妓心ざま素直すなおにて唯我につかへて過ちあらんことをのみうれふるを。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
はとのごとく素直すなおに、へびのごとくさとく、私は、私の恋をしとげたいと思います。でも、きっと、お母さまも、弟も、また世間の人たちも、誰ひとり私に賛成して下さらないでしょう。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「公園でお会いになった時、一寸お言葉をかけて下されば、素直すなおに帰って来ますわ」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
万事はお他人任せといった顔して……それほどならばなぜ最初から素直すなおに友人に打明けて、会のことを頼まないのか? 君はいつもいつも友人を出汁だしに使って、君という人はじつに……
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
そして、素直すなお特色とくしょくゆたかなは、おおくの工員こういんたちのあいだ人気にんきびました。なぜなら、つかれたものの精神せいしんにあこがれとほがらかさをあたえることによって、かれらをなぐさめたからであります。
心の芽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼女の所謂いわゆる心が真直だということは、純な素直すなおさの謂だった。たとえ考えは間違うことがあっても、その考え通りに一徹な素直な途を進む時には、人は自ら安んずることが出来るものだ。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼女は人の意見をよく聞く素直すなおな女だったが、自分の今迄何十べんという経験のふるいを通して獲得してきた方法に対しては、石みたいに頑固だった。今このような女の同志は必要だった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しかり、われ等の痛切に求むる所は、以上の如き人達ではなく、之に反して神を知り愛と慈悲とに燃え、やがて自分の落付くべき来世生活につきての知識を求むる、素直すなおな魂の所有者である。
秀江はどうせ復一を、末始終すえしじゅうまで素直すなおな愛人とは思っていなかった。いよいよ男の我壗わがままが始まったか、それとも、何か他の事情かと判断を繰り返しながら、いろいろ探りを入れるのであった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれはつくづくそう思って困惑した。素直すなおに情感が流れて来ないということは、そういうこまやかな雰囲気をかもす境遇にかれが置かれていないという事、その事をかれは次第に自覚してきた。
蓼太の句のような巧みさはないが、素直すなおに趣を専一とした句である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と、急に眼をましたように、起き上がる。葉の茂みが、組を作って駈け出す。が、間もなく、こわごわ、素直すなおに、戻って来る。そして、一所懸命にすがりつく。アカシヤの葉は、華車きゃしゃで、溜息ためいきをつく。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「おめえのような人間は、いまのうちに東京さいって、なにかしたらいいだ。気だても素直すなおだから、どこさでもおいてくれべえ。こんな村に子どもひとりして暮していたってしようがない。早くいくがいいよ。」
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
その御同情ごどうじょうふかいこと、またその御気性ごきしょう素直すなおなことは、どこの世界せかいさがしても、あれ以上いじょう御方おかたまたとあろうとはおもわれませぬ。
ふだんならば一も二もなく父をかばって母にたてをつくべきところを、素直すなおに母のするとおりになって、葉子は母と共に仙台にうずもれに行った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
義務さえ素直すなおには尽くして呉れる人のない世の中に、また自分の義務さえろくに尽くしもしない世の中に、こんな贅沢ぜいたくを並べるのは過分である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お雪はこの後家さんの誘いを素直すなおに受入れて、この地の名所、ついとうしから鬼ヶ城の方へ、フラフラと出かけました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これはつうやの常套じょうとう手段である。彼女は何を尋ねても、素直すなおに教えたと云うことはない。必ず一度は厳格げんかくに「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
俺から又おかみさんの方へもいいように話してやる。おかみさんだって野暮じゃねえ。おもしが出るのは判っているから、素直すなおにおとなしく引き受けてくれ
半七捕物帳:20 向島の寮 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この声の主が武夫少年だとしたら、なぜ目の前に素直すなおに現れてこないのだろう。暗闇の中から不意にわが灯をうち落とすなんていう不遜な行動があるだろうか。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私はそれを味わうだけは素直すなおに味わいたいんだ。むろん私には私の行く道があるし、君の真実な気持を味わったからって、その道まで変えるわけにはいかないがね。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
けれどもその朝、ことしの春の歓びを一つに持ったように輝いていたものは、多くの人々から、あどけない子よ、素直すなおな和子よ、と泣かれて行った頼朝の顔だった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヘンデルの聖譚曲の価値が当時素直すなおに受け入れられなかったことは事実であるが、「時」がヘンデルに力を貸して、最後の勝利の栄冠はついに彼の頭上を飾ったのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
桜子という娘の名であったから、桜の花の散ったことになして詠んだ、取りたてていう程のものでない、妻争い伝説歌の一つに過ぎないが、素直すなおに歌ってあるので見本として選んで置いた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
けれども、けさ、はとのごとく素直すなおに、へびのごとくさとかれ、というイエスの言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治なおじの姉でございます。お忘れかしら。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
らんでしたのだから、かんにんしてね。」と、素直すなおに、わびました。
眼鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
女は素直すなおに帯の間からビラを出した。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)