納屋なや)” の例文
住居蔵の裏が、せまい露地ろじひとつへだてて、そばやの飛離れた納屋なやがあったので、お昼過ぎると陰気なコットンコットンがはじまる。
そして二人は車をして黄色のガラスの納屋なやにキャベジを運んだのだ。青いキャベジがころがってるのはそれはずいぶん立派だよ。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
で、これはほんの小部分にすぎないのです。主な部分は納屋なやにしまったのですが、大部分はなくなってしまいました。だれが全部を
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
松井田には、父の弟が百姓をしてゐた。以前疎開者に貸してゐた納屋なやがあるといふので、そこへ、老人夫婦は落ちつく事になつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
だんだんに声を辿たどって行くと、戸じまりをした隣家の納屋なやの中に、兵児帯へこおびふんどしをもって両手足を縛られ、はりからうさぎつるしにつるされていた。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大きなかしの木にかこまれた土豪の住居である。お杉は、納屋なやの前へ駈けこむと、そこらに働いている分家の嫁や、作男さくおとこに向って
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸棚とだなに首を突込んでつまみ食い、九助は納屋なやにとじこもって濁酒を飲んで眼をどろんとさせて何やらお念仏に似た唄を口ずさみ、お竹は
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
たとえは、くまが納屋なやへしのびこんで、かずの子のほしたのをはらいっぱいにべ、のどがかわいたので川の水をのむと、さあ大へんです。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
納屋なやの中の連枷からざおの不規則な律動リズムが聞こえていた。そして、万象のかかる平和の中にも、無数の生物の熱烈な生活が満々と流れつづけていた。
その小川は、はんの木や小さな柳のあいだをさらさらと流れている。母屋おもやのすぐそばに大きな納屋なやがあり、教会にしてもよいくらいだった。
なよたけの家のすぐ傍にね、竹籠たけかご納屋なやがあるんだ。僕達はこれからそっとそこへ行って、気付かれないようにその納屋ん中へ隠れるんだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
時々、納屋なやの横の便所に立つために出て来るのですが、どうも身体がよくかない。双眼鏡で見てても、危っかしいのですよ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
階下を味噌みそけ物の納屋なやに当ててあるのは祖父半六が隠居時代からで、別に二階の方へ通う入り口もそこに造りつけてある。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕は十二三の時、探偵ごっこをやっていて、年上の女の子といっしょに、暗い納屋なやの中に隠れていて、その女の子からいどまれたことがある。
断崖 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれど、それでも、たに斜面しゃめんをのぼって、とっつきの納屋なやへ出るまでは、やっぱり、おおかみをこわいこわいと思いながら歩いて行ったのです。
藤原家の屋敷では、親子兄弟がみんな別々の棟に住していますから、納屋なや、物置でない限り、そのうちの誰かの住居すまいが焼けつつあるに相違ない。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
納屋なやの方でようやく返事がする。足音がふすまむこうでとまって、からりと、くが早いか、白鞘しらさや短刀たんとうが畳の上へころがり出す。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「番頭さん、御主人は何だつてこんな場所へ來なすつたらう。裏二階の下で、納屋なやの蔭などへ、大店おほだなの主人が入るのは可怪しいぢやありませんか」
家の前にも横手にも空地あきちがあって、横手には小さい納屋なやがある。それにふと眼をつけたらしいおもよは急に声をかけた。
馬妖記 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
魚場の納屋なやの屋根に魚見櫓うおみやぐらというものがある。舟を持たない七郎丸は久しい前からこの展望台で観測係を務めていた。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
庭に一生けんめいに朝顔の種をまいている者があったり、町から投売の安い品物を買って来て、一生けんめいに納屋なやへしまいこんでいる者もあった。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その亀は楠で作られてはいるが、永年の雨露にさらされ、頭だけは早く朽ちてしまうために、私の家の二階の納屋なやには古い頭が二つころがっていた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
僕等はすすきの穂を出した中を「悠々荘」のうしろへまわって見た。そこにはもう赤錆あかさびのふいた亜鉛葺とたんぶき納屋なや一棟ひとむねあった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それまでは自分の家とてはなく、区長さんのところの軒のかたむいた納屋なやに住ませてもらっていたのだが、小金がたまったので、自分の家もつくった。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
彼は納屋なや檐下のきしたにころがって居る大きな木臼きうすの塵を払って腰かけた。追々人がえて、柿の下は十五六人になった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なにあれは、隣りの教室けうしつたるきの上で、鼠が騷いだのですよ。あそこは、修繕する以前には納屋なやでした。納屋なやに鼠は附きものです。——話を續けませう。
親兄弟もない一人法師ひとりぼつちで、今線路を切つたあの兎のやうに、或時は野宿したり、或時は人の家の納屋なやに寝たり行当ゆきあたりばツたりに世を渡つて来た身の上だ。
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
堺では見向きもされぬ南蛮端物はもの納屋なや払いをしたりし、わずかの間におどろくような蓄財をなしとげたのである。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
裏手にある納屋なやや小屋類の戸を細目に開けて、薄暗い内部をそとから覗き込んだりした。しかしこれらの生活は彼にとって決して愉快なのではなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
彼がそう思って目あての家の方へ道を曲がろうとした時道ばたの納屋なやの後ろから突然ぬっと一人ひとりの男が現われた。
いくさがあつたら、もうお前ぐらゐの年のものは、軍役ぐんえきというて、兵粮運びなんぞに使はれるし、家にあるお米や麥は皆取り上げられ、家の納屋なやも燒かれる。」
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
納屋なやも小さく、そのうえ、はたけの小さいことといったら、それこそ、馬でさえふりむいても見ないくらいです。
こんな雨風あめかぜの日はだいじょうぶだと思うたら、今朝けさんなって見てみたら、ちゃんと納屋なやの戸があいとったん。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その橋には名がない、すぐかたわらに地蔵堂があるので、俗に地蔵橋と呼ばれているのだが、庄兵衛はその地蔵堂で伊原をおろし、納屋なや町へ駕籠かごをたのみにいった。
十八条乙 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある家になるとくらはもとより長屋門、母家おもや納屋なや、物置等一切をこの石屋根で葺いたのがあって見て堂々たる姿である。その様式は他に類がないから甚だ目立つ。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
だからもちろん、社交界の婦人たちが小説家をちやほやして、これを身辺へ近づけるがごときは、その危険なること、粉屋が鼠を納屋なやに飼っておくのと一般である。
屋敷やしきまわりの大きな杉林はきりはらわれ、米倉こめぐらはとりこわされ、馬もいないうまやと、屋根に草がぼうぼうにはえた納屋なやがあるきりの、貧乏びんぼう百姓ひゃくしょうとなっていました。
あたまでっかち (新字新仮名) / 下村千秋(著)
納屋なやのようなものが立っていて、家全体がいかにも暗ぼったい感じがするので、「あれは何なの?」ときいてみると、「それはいずれ取壊とりこわそうと思っていますが……」
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
さみしい、しんとした中に手拍子てびょうしそろって、コツコツコツコツと、鉄槌かなづちの音のするのは、この小屋に並んだ、一棟ひとむね同一おなじ材木納屋なやの中で、三個さんこの石屋が、石をるのである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三月の末で、外は大分春めいて来た。裏の納屋なやの蔭にある桜が、チラホラ白いはなびらほころばせて、暖かい日に柔かい光があった。外は人の往来ゆききも、どこかざわついて聞える。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
家の裏手には納屋なやが二棟と、庭先の畑を越えては米倉こめぐらが一棟、庭には果樹や野菜がつくられていた。
それはちょっと納屋なやみたいな建物で、その棟瓦むねがわらの線はまず牛の背中と同じくらいまっすぐである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
長い塀がつづいて、納屋なやのような建物の天井に龍吐水りゅうどすいの箱や火事場用の手桶なぞがつってあった。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
「お伊勢様、お伊勢様と云うから、どんなものかと思えや、俺の家の納屋なやほどもないじゃないか」
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この丘の頂上は、とがった峰でもなく、大きな円味まるみを持った天辺てっぺんでもなく、かなり広い平地、つまり高台になっていて、少し向うの方に、納屋なやのある家が一軒建っていた。
わたしたちは火事ははるか南の森の向うであると考えた——わたしたちは前にも火事の現場に何度もはせつけたものだ——納屋なやか店か住宅か、あるいはそれらの全部か。
義助 義太郎よしたろうを降してくれんか。こんなに暑い日に帽子も被らんで、暑気あつけがするがなあ。どこから屋根へ上るんやろ。この間いうた納屋なやのところは針金を張ったんやろな。
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
わたしは、まだこれからとおいところへゆくものですが、途中とちゅう気分きぶんわるくなり、身体からだつかれています。どこの納屋なやのすみにでも、一晩ひとばんめてくださることはできませんか。
幸福の鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「私が一昨日おとついから風邪を引きまして、納屋なやに寝残っておりますと、昨日きのうの晩方の事です。あのかねの野郎が仕事を早仕舞はやじまいにして帰って来て『工合はどうだ』ときました」
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
納屋なやの壁から必死の思いで取り下ろしお前を探していたのでござんす! と云うて大事な兄様を
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)