ほうき)” の例文
その頃を見計らってほうきで掃き集めると米俵に一俵くらいは容易に捕れるというのである。また、鴉を捕る法としてはこんなのがある。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
筒井自身はときどきほうきを持ったままふすまむかって、じっと、或る考えごとにとらわれ、はっとして仕事にかかることがたびたびだった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
間もなく——もう雀の声が聞かれる頃、ガタン、蔵屋敷のかんぬきが鳴る、寝不足そうな仲間ちゅうげんほうきを持ってく、用人らしい男が出てゆく。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっきじぶんが腰をかけていた右側の階段に、あのほうきの老人が傍へ箒をもたせかけて腰をかけていた。広巳は急いで老人の前へ往った。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
少年は、見当り次第の商家の前に来て、その辺にあるほうきを持って店先を掃くのである。その必要のある季節には綺麗に水をくのである。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天気がいいので女中たちははしゃぎきった冗談などを言い言いあらゆる部屋へやを明け放して、仰山ぎょうさんらしくはたきやほうきの音を立てた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ここんところをほうきでぶんなぐると、チュウといって直ちに伸びてしまう。だから軍用鼠の鼻の頭には鉄冑てつかぶとを着せておかなければならない。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それははたきやブラシやほうきでいじめられるへやではなかった。ほこりは静かに休らっていた。蜘蛛くもは何らの迫害も受けないでいた。
案のじょう買い物らしく、青扇はほうきをいっぽん肩にかついで、マダムは、くさぐさの買いものをつめたバケツを重たそうに右手にさげていた。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
家人たちもいかなる異変出来しゅったいかと思い、おっ取り刀で、——女性たちは擂粉木すりこぎとかはさみとかほうきなどを持って、——集まって来た。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「義太夫は」「ようよう久しぶりお出しなね。」と見た処、壁にかかったのは、蝙蝠傘こうもりがさほうきばかり。お妻が手拍子、口三味線ざみせん
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あまり要らぬ世話を焼き過ぎてもよくないし、そうかといって、このままに置けば、いつ誰が来てほうきを当てるか知れたものではありません。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると祖母自身がそこに来て、私を突きのけて自分で洗った。庭を掃き始めると、祖母は何も言わずに私の手からほうきを奪いとってしまった。
父は日ごろ清潔好きで、自分で本陣の庭や宅地をよく掃除そうじしたが、病が起こってからは手がしおれてほうきを執るにも不便であった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
下帯ひとつにほうきをかついで縁の下へもぐりこみ、右に左に隈なく掃き清めてスヽだらけ黒坊主、それより冷水風呂へはいる。
ジロリの女 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
私は手に引つ越しの荷物をさげ、古ぼけた家具の類や、きたないバケツや、ほうき、炭取りの類をかかへ込んで、冬のぬかるみの街を歩き廻つた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
素寒貧となると、もう人間社会から棒でたたき出される段でなく、ほうきで掃き出されてしまいますよ。つまり、ひとしお骨身にしみるようにね。
ひらりと身をかわすが早いか、そこにあったほうきをとって、又つかみかかろうとする遠藤の顔へ、ゆかの上の五味ごみを掃きかけました。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
縁先で女の声がきこえたかと思うと、女中らしい若い女がほうきごみ取りを持って庭へ出て来て、魚の骨らしいものをかき集めているらしかった。
半七捕物帳:32 海坊主 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ちょうどそこへ弁慶べんけいがはいってきた。これは小使いの関さんが掃除をする時のあだなだ。ほおかぶりをして、ほうきをなぎなたのように持っている。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
客——でもないが、鍛冶屋富五郎が来ているあいだに、ちょっと家のまえの往来でもいておこうと、喜左衛門の女房はほうきを持って表へ出た。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
机の上ではほうきを構えた小さな剣士が、さあ来いと眼玉をむき、大河内伝次郎だぞ、さあさあさあ、と八方を睨みまわした。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と、そこには、手拭を頭にのせた母が、散らかつた薪屑をほうきで掃き溜めているではないか。跫音あしおとで、彼女は、顔をあげた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
「なるほどな、楓林ふうりんが雑草畑になって、槙柏しんぱくは伸び放題、——まるでほうきだ。おやおや惜しい松を枯らしているね、二三百年も経った樹だろうが」
ほうきを負うもの、炭取函すみとりばこを首から掛けるもの、例の黒んぼ、赤い風呂敷のスカートの紅毛婦人、支那人、宣教師、按摩あんま、軍人、ヤンキー、アイヌ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
時代おくれのものと人は呼ぶかも知れぬが、手工の美を今もとどめているのはかかる店ばかりである。杓子しゃくしおけほうき竹籠たけかご
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こちらでは道祖神どうそじん・山の神またはほうきの神、或いは地蔵じぞう観音かんのんを誘いにくるともあって、土地ごとに少しもまっていない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
お銀は笹村が朝飯をすましてから、新聞や捲莨まきたばこなどを当てがっておいて、長いあいだのほこりの溜った書斎の方へほうきを入れた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お登和嬢「ハイこの通り玉子廻しを揚げると雪の積ったほうきのように先へ沢山着いて来るほど固くならなければいけません。 ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
お母さんは白いエプロンの袖をまくりあげて、できた荷物を部屋の隅に押しよせ、サッ、サッと荒々しくほうきをつかった。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして、ほんのちょっとでもほうきの柄や柄杓ひしゃくをふりあげようものなら、悲鳴をあげて、戸口のほうへすっとんでゆくのだ。
「いや、一寸、手洗場を。」「ああ、そんなら、よござんす。」と言って、うさん臭そうに、もう一度私の方を眺めてから再びほうきを動かし始める。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
窓外にはほうきのように空ざまに枯枝をはっている欅の大木をとおして、晴れわたった蒼空がみえて、冬の午後の日ざしが室内までもはいりこんでいた。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
母は掃除せんとほうき持ちしまま病室の端にたたずみて、外をながめながら、上野の運動会の声が聞えるよ、と独り言をいふ。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ほうきじりで破綻ひゞだけのいるほどたれても恐れる人間じゃアねえが、おめえさんの拳骨で親に代ってつと云う真実な意見のうちに、手前てめえは虫よりも悪い奴だ
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
房枝はほうきを片付けてから、身繕みづくろいをして二階へまたあがって行った。彼女は男から三四尺ほど離れて坐った。そして薄く白粉を掃いた顔をうちむけた。
街底の熔鉱炉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
おすぎはまたトシを背負って、町へ出かけて、差当って必要なもの、洗面器、溲瓶しゅびんほうきちりとりなどを買ってきた。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
隣の間からほうきを持出しばさばさと座敷の真中だけを掃いて座蒲団ざぶとんを出してくれた。そうして其のまま去って終った。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
塵埃ちりが山のように積っていたが、ほうきをかけ雑巾ぞうきんをかけ、雨のしみの附いた破れた障子をり更えると、こうも変るものかと思われるほど明るくなって
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何もしないでいても悪いから、桜の枯葉でも掃こうかしらんとようやく気がついた時、またほうきがないということを考えだした。また椽側へ腰をかけた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小村小村の百姓家の間に、ほうきを立てたようなポプラの梢にぬけだした尖塔や、またはその村路をのろのろ歩く荷車などが、手にとるばかりに望まれる。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
かれはしゃものような声で弁士の似声こわいろを使ったり、またほうきげて剣劇のまねをするので女中達は喜んで喝采した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
とがめられた少女は、いきなりほうきを取り上げ、石炭函を抱えて、怯えた野兎のうさぎのようにそそくさと出て行きました。
私がまだ動こうともしないものですから、ほとんどほうきで掃き出すようにして従僕が私をドアから掃き出しました。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
けんがカチャンカチャンと云うたびに、青い火花が、まるでほうきのように剣から出て、二人の顔を物凄ものすごく照らし、見物のものはみんなはらはらしていました。
角をつながれたまま、頭はじっと動かさずに、彼は腹にしわを寄せ、尻尾しっぽでものげに黒蠅くろばえを追いながら、女中がほうきを手に持ったまま居眠りをしているように
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
……夜など、何の気なしにうちに帰って、玄関の格子こうしを開けると、そこの障子しょうじに、ほうきを振り上げて、仁王立ちになっている兄貴の影がうつっていたりするのだ。
疑惑 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
つぎに船着場の花とほうきの市場にまた大いに感心し、それから「異国者フォリソンの島」の博物園では十六世紀のお寺と
踊る地平線:05 白夜幻想曲 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
ただほうきを握りて立ち寄れば彼人かのひとは邪魔にならぬよう傍に身をそばめ申し候位にて、さらに異状も認め申さず候。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そののち五百は折々ほうき塵払ちりはらいを結び附けて、双手そうしゅの如くにし、これに衣服をまとって壁に立て掛け、さてこれをいきおいをなして、「おのれ、母のかたき、思い知ったか」
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)