真向まっこう)” の例文
旧字:眞向
一日の行楽に遊び疲れたらしい人の群れにまじってふきげんそうに顔をしかめた倉地は真向まっこうに坂の頂上を見つめながら近づいて来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今にも真向まっこうから跳りかからんばかりの気勢を示したが、フェミストクリュスが『パリ』と答えたので、やっと安心して、首を頷けた。
しかも、もりで撃った生々しい裂傷さききずの、肉のはぜて、真向まっこうあごひれの下から、たらたらと流るる鮮血なまちが、雨路あまみちに滴って、草に赤い。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いきなり真向まっこうをなぐられたので、ひたいぎわの左から顳顬こめかみへかけて随分ひどく打ち割られて、顔じゅうが血だらけになってしまったのです。
思いつめたような彼の目は真向まっこうからぼくをみつめ、りついたようなほおの青白いかげりが、唇の赤さを際立たせてふだんよりも濃かった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
力持のおせいさんはこれに励まされて、持っていた莚をほうり出し、素手すでになって、登り来る折助ばら鼻向はなむき眉間みけん真向まっこうを突き落し撲り落す。
私どもには常識に近いこの考えを、真向まっこうから反対されたので、私たちはそれをよい機会に一つの文化問題として取上げ、公開状を発しました。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
示したものだから気力ある若い人々が世間へ出る始めにこの話を額の立て物といただ真向まっこうに保持して進撃すべしと西洋でいう。
自殺をするならそれはそれで仕方がない、とにかく真向まっこうから漠然たる悲願に組みついてあくまで執拗に突きつめてゐる彼の態度には貴いものがある。
伏見稲荷の前まで来ると、風は路地の奥とはちがって、表通から真向まっこうに突き入りいきなりわたくしの髪を吹乱した。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そんな忘れっぽい人に、いくらじつをつくしても駄目ですわねえ」とあざけるごとく、うらむがごとく、また真向まっこうから切りつけるがごとく二の矢をついだ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
K君はまた、朝海の真向まっこうから昇る太陽の光で作ったのだという、等身のシルウェットを幾枚か持っていました。
Kの昇天:或はKの溺死 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
医学いがく原則げんそくは、医者等いしやらをして貴方あなたじつわしめたのです。しかしながらわたし軍人風ぐんじんふう真向まっこう切出きりだします。貴方あなた打明うちあけています、すなわ貴方あなた病気びょうきなのです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
吉信はとくと見さだめてからふたたび馬にとび乗り、追いこんで来る甲州勢の真向まっこうへ突っかけながら
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
若太夫は、座興のつもりで云った諧謔たわむれを、真向まっこうから突き飛ばされて、興ざめ顔に黙ってしまった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
刀を真向まっこうにふりかぶり、倒れている職人風の男の背をめがけ、お斬りつけなさいました。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
恒川氏は、またしても、真向まっこうから一太刀浴びせられた感じで、しどろもどろにたずねる。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
真向まっこうから細君に同情を寄せるのだった。そうして厳父逝去後は晩酌の折に触れて
小問題大問題 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
又は一点の機微に転身をやしたりけむ、忽然こつぜん衝天しょうてんの勇をふるひ起して大刀を上段真向まっこうに振りかむり、精鋭一呵いっか、電光の如く斬り込み来るをひらりと避けつゝはたと打つ。竹杖のあやまたず。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自力難行の従来の道にある人が、いちばん怠っているその自力を出すことと難行を嫌うことでした。それへあなたは真向まっこうにぶつかって行った。そして当然な矛盾につき当ったのです。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
左手に刀を持ちかえたところを、真向まっこう額を割りつけられ、うむといって絶命する。
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
初めの内こそ御法度ごはっと真向まっこうに、横に首を振り続けている清二郎も、古傷まで知らせた上は返答によって生命をもらうという仙太郎の脅しと、なによりもたんまり謝礼の約束に眼がくらんで
刀は額の真中から鼻の上にかけて真向まっこうに入ったが、すこしも血が出なかった。女は両眼りょうがんしずかに開けて太郎左衛門を見た。彼はその顔を見定める間もなく、二の刀で乳母の首に切りつけた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
さては此奴こやつみしならんト、思ひひがめつおおいいかって、あり合ふ手頃の棒おつとり、黄金丸の真向まっこうより、骨も砕けと打ちおろすに、さしもの黄金丸肩を打たれて、「あっ」ト一声叫びもあへず
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あくまで真向まっこう微塵みじんとみせて、ヒラリと返すのだから一流に達した腕でないと出来ない芸当である。初太刀は大抵受けられるが、後の先といってすぐの斬返しにまで備えるのは余程の腕が要る。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
元来ことという楽器は日本の楽器中でも一番凄みのあるものだ、私がまだ幼い時に見た草艸紙くさぞうしの中に豊國とよくにだか誰だったか一寸ちょっと忘れたが、何でも美しいお姫様を一人の悪徒わるものが白刃で真向まっこうから切付ける。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
私はこの男がすくなくとも頸部か胸部の孰方いずれかに放射線をあびているらしく、ひどくひふが焼けていることを知ったが、ぎょろりとした眼に人を怖れる容子もなく私の真向まっこうから視線をあびせてかかり
吉は客にかまわず、舟をそっちへ持って行くと、丁度途端とたんにその細長いものがいきおいよく大きく出て、吉の真向まっこうを打たんばかりに現われた。吉はチャッと片手に受留うけとめたが、シブキがサッと顔へかかった。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
文治が蛇の目の傘を以て一人のひざを打ちますと、前へドーンと倒れるのを見て、一人の士は真向まっこう上段に一刀を振りかざして、今打ちおろそうとする奴を突然いきなり傘の轆轤ろくろで眼と鼻の間へ突きをいれまして
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と、飛びついて来たと思うと、闇太郎の真向まっこうめがけて
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
とて、真向まっこうから否定して来たのであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は必然性に、真向まっこうから、ひらき直る。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
得ずと思い出したる俊雄は早や友仙ゆうぜんそでたもと眼前めさき隠顕ちらつき賛否いずれとも決しかねたる真向まっこうからまんざら小春が憎いでもあるまいと遠慮なく発議者ほつぎしゃり込まれそれ知られては行くもし行かぬも憂しとはらのうちは一上一下虚々実々
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
神経の興奮している彼は、浄瑠璃の文句にもかまわずに前後左右を滅多めったやたら斬りまくった。兵助の刀は又もや水右衛門の真向まっこうを打った。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女はそれでも真向まっこうにフランシスを見守る事をやめなかった。こうしてまたいくらかの時が過ぎた。クララはただ黙ったままで坐っていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
百日紅さるすべり燃残もえのこりを、真向まっこうに仰いで、日影を吸うと、出損なったくさめをウッと吸って、扇子の隙なく袖をおさえる。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と米友が、まず断案を頭から、たずねた人の真向まっこうへおろしてしまったには、お雪ちゃんも面喰いました。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ニキタはぱッとけるより、阿修羅王あしゅらおうれたるごとく、両手りょうてひざでアンドレイ、エヒミチを突飛つきとばし、ほねくだけよとその鉄拳てっけん真向まっこうに、したたかれかおたたえた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
真向まっこうから左の胴へ切返すもので、彼のもっとも得意な手であった。だが幹太郎はその逆をいった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
真向まっこうから吹きつけてくる青く透きとおった風を感じながら、耳のなかに、かつて通った神宮球場の歓声や選手たちの掛声をよみがえらせ、怒ったように力いっぱいぼくは投げつづけた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
いちはやく二人の奴隷によって彼の手からぎ取られてしまったので、今や彼は観念の眼をつぶって、生きた心地もなく、この家の主人のチェルケス製の煙管パイプ真向まっこうから受けようと待ち構えていた。
次の男は額とまゆの半分に光が落ちた。残る一人は総体にぼんやりしている。ただ自分の持っていた、カンテラを四五尺手前から真向まっこうに浴びただけである。——三人はこの姿勢で、ぎろりと眼をえた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はそれを逆手さかてに持って起ちあがろうとする時、半七のつかんでいる南京玉は、青も緑も白も一度にみだれて彼の真向まっこうへさっと飛んで来た。
半七捕物帳:28 雪達磨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
飲みかけた茶碗を下へ置いて、つと猿臂えんぴを伸ばして、その蓋をいったん宙に浮かせ、それから横の方へとり除けて、座右の真向まっこうのところへ上向きに置いたのです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
太平丸の探照灯を真向まっこうから浴びたこれらの船員たちはみんな赤髭の外人だった。
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
びんかきに、当代の名匠が本質きじへ、肉筆で葉を黒漆くろうるし一面に、の一輪椿のくしをさしたのが、したたるばかり色に立って、かえって打仰いだ按摩の化ものの真向まっこうに、一太刀、血を浴びせた趣があった。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
秩序と云う事を真向まっこう振翳ふりかざさなければできない話である。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両側の店屋では皆あれあれと立ち騒いでいたが、一方の相手が朝日にひかる刃物を真向まっこうにかざしているので、迂闊うかつに近寄ることも出来なかった。
半七捕物帳:31 張子の虎 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこで一刀にズバリと一頭の犬をまたも真向まっこうから斬って落すと、また一時姿が見えなくなりました。同時にくぐりの小門にはさまれて頭蓋骨を微塵みじんに砕かれた一頭がある。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
媼は見返りもしないで、真向まっこう正面に渺々びょうびょうたる荒野あれのを控へ
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)