たて)” の例文
たとへば一の隊伍の、己を護らんとてたてにかくれ、その擧りて方向むきを變ふるをえざるまに、旗を持ちつゝめぐるがごとく 一九—二一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
稻束いなづかたてに、や、御寮ごれう、いづくへぞ、とそゞろにへば、莞爾につこりして、さみしいから、田圃たんぼ案山子かゝしに、さかづきをさしにくんですよ。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
夏目漱石氏の「幻のたて」の中にもゴーゴンの頭に似た夜叉の顔の盾の表にきざまれてある有様が艶麗えんれいの筆をもつて写されてある。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
「成程そいつは面白さうだな。三輪の親分にたてをつくわけぢやねえが、話を聽いただけでも、餘つ程奧行がありさうだ。行つて見るとしようか」
全部が、兵車を並べた外側に出、ほこたてとを持った者が前列に、弓弩きゅうどを手にした者が後列にと配置されているのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼のうしろに取り残された一本の柳をたてに、彼は綿めんフラネルの裏の付いた大きな袋を両手で持ちながら、見物人を見廻した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「敵であれば、厳重に関を固めよ、そして、一部の兵はわれとともに来れ、堅塁をたてに、なおも一撃を加えてくれよう」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
街道に出ると、彼は木柵をたてにして、グラウンドの灰色の景色をながめた。その時にはもう深谷の姿は見えなかった。彼は茫然ぼうぜんとして立ちつくした。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
恐ろしい大蛇のような者から附けねらわれてでもいるかのように気味悪るがって、矢もたてもなく不安でたまらなかった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
王が代わりに自分の弓を与えたのを引き絞ってみて「弱い弱い、大王の弓にはあまり弱い」と言って弓を投げ捨て、剣とたてとを取って勇ましく戦った。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼らは疲労の休まる間もなく、声を潜めて川原の中央まで進んで出ると、たてを塀のように横につらねて身を隠した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
『帝国文学』の「倫敦塔ろんどんとう」『ホトトギス』壱百号の「幻影まぼろしたて」などを始めとして多数の作が矢つぎ早に出来た。いずれも批評家が筆を揃えて推賞した。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
きぱきぱとたてをつく様子もなく、父の心と君の心とをうかがうように声のするほうと君のほうとを等分に見る。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのいくさで、命の軍勢は伊那佐いなさという山の林の中にたてならべて戦っているうちに、中途でひょうろうがなくなって、少し弱りかけて来ました。命はそのとき
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そしてその刺客が打ちかゝった場合にあらゆる方面からたてとなり客の身代りに立つ身構えと心用意を怠らない。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし非常ひじよう面白おもしろ人物じんぶつ動物どうぶつ家屋かおくなどのほかには、祝部土器いはひべどきやその品物しなもの、または古墳こふん石室せきしつ横穴よこあななかかべなどにりつけた、まことに粗末そまつ人物じんぶつたて
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
虚妄うそ烽火のろしには驚かんよ。あの無分別者の行動も、いよいよこれで終熄しゅうそくさ。だって考えて見給え。現在僕の部下は、あの四人の周囲をたてのように囲んでいる。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
初め五六たびは夫人もちょいとたてついて見しが、とてもむだと悟っては、もはや争わず、韓信かんしん流に負けて匍伏ほふくし、さもなければ三十六計のその随一をとりて逃げつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
……踊る踊る裸体の人たちが踊る! 歌う歌う裸体の人たちが歌う! ……篝火が足の裏を照らしている。篝火がたてを照らしている。輪になってみんな踊っている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
明智は一飛びで、娘のうしろに廻り、彼女の身体をたてにして、どうして持っていたのか、ポケットからピストルを取出すと、いきなり文代のうなだれた頭部へ狙いを定めた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
仮りに人生の審判があって、自分もまた一被告として立たせらるるという場合に当り、いかなる心理をたてとして自己おのれ内部なかに起って来たことを言い尽すことが出来ようかと。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
同期の藤岡ふじおか由夫よしお)君や、一年あとの菊池きくち正士せいし)君、それに相対性理論でアインシュタインに大いにたてをついた土井(不曇うずみ)さんなど、元気のよい連中が十人近くも集って
日本のこころ (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
季冬にろうに先だつ一日大いにおにやらいす、これを逐疫という、云々、方相氏は黄金の四目あり、熊皮をかぶり、玄裳朱衣してほこを執りたてを揚ぐ、十二獣は毛角をるあり、中黄門これを行う
その後祖母の孫に對する情愛は度外れに募つて、婿の清がある會社の福岡支店長として赴任することになつても、お國の遺言をたてに、かたくなに言ひ張つて孫と共に東京に踏み留まつてゐた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
全身に、妙な白い入墨いれずみをした原地人兵が、手に手に、たてをひきよせ、やりを高くあげ、十重二十重とえはたえ包囲陣ほういじんをつくって、海岸に押しよせる狂瀾怒濤きょうらんどとうのように、醤の陣営目懸めがけて攻めよせた。
それは崩壊に当面している苦悶くもんなんだ、旧態を守ろうとする者それ自身が新しく生きようとする苦悶なんだ、甲辰の事はたまたまそういう時期に起こった、最も水戸のたてとなるべき高松が
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
紫水晶と緑玉エメラルドとをちりばめて、エフィゲニウス家の定紋たるたてかぶととを浮き出さしめ、その下にラミセウス・ナミシウス・カアル・フォン・ワイゲルトの墓と当地の文字をもって表記しました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
村役人はそれに金をやって周の仲間であるとつくりごとをいわせ、その申立もうしたてをたてにして周の着物をはぎとって惨酷に拷問した。成はその時面会に来た。二人は顔を見あわして悲しみ歎いた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
花野はなのたてのひとおもて
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
溝口屋にたてを突いた仲間ですが、今では鐘五郎の傘下に馳せ加わり、忠勤を励む外には、何の余念もないことは、溝口屋一家の者は言わずもあれ
王は黄金を飾ったかぶとをきて、白地に金の十字をあらわしたたてやりとを持ち、腰にはネーテと名づける剣を帯び、身には堅固な鎖帷子くさりかたびらを着けていた。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かくて嫉みと怒りにたへかね、異形いぎやうの物を釋き放ちて林の奧に曳入るれば、たゞこの林たてとなりて 一五七—一五九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
明日あすと定まる仕合の催しに、おくれて乗り込む我の、何のたれよと人に知らるるは興なし。新しきをきらわず、古きを辞せず、人の見知らぬたてあらば貸し玉え」
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一団の先頭には騎馬にまたがった反絵が立った。その後からは、たての上で輝いた数百本の鋒尖ほこさきを従えた卑弥呼が、六人の兵士にかつがれた乗物に乗って出陣した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それで、貴方はもう矢もたてもたまらなくなって、ほらの壁に滴水したたりみずのある所を捜しに出かけたのでしたわね。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一方は於呂知おろちを主将とする妓陣ぎじん、一方は白龍を将とする妓陣、二つにわかれて、はいたてとし、舌を矢として、虚々実々の婆娑羅合戦を展じたものといえなくもない。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃にフランシス——この間まで第一の生活の先頭に立って雄々しくも第二の世界にたてをついたフランシス——が百姓の服を着て、子供らに狂人とののしられながらも
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは鎌の様に湾曲した太刀と、鏡の如く輝くたてと、今一つは革嚢かはぶくろである。このほかになほ「闇隠れの兜」を呉れる。この兜を載くと何物も其の姿を見ることが出来ぬやうになるのである。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
その中のある神さまには、とくに赤色のたて黒塗くろぬりの盾をおあげになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
優越感と劣等感はたての両面であって、自己の優越を証明しなければ承知ができないということは、意識下に劣等感があるからこそだともいえる。その劣等感を征服するための優越慾なのである。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
不正直者、謀反人、忠義の心忘れた奴! ……北条高時、弓削ゆげノ道鏡、蘇我の入鹿いるか川上梟帥かわかみたける、こういう奴ならいつでも斬る! ……われらがご主人桂子様ご姉妹、ご姉妹に、たてつく人間あらば
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
後ろ姿を眺めているうちに、また矢もたてもなく、たまらなくなってきた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
くささとつては、昇降口しようかうぐち其方そつちはしから、洗面所せんめんじよたてにした、いま此方こなたはしまで、むツとはないてにほつてる。番町ばんちやうが、また大袈裟おほげさな、と第一だいいち近所きんじよわらふだらうが、いや、眞個まつたくだとおもつてください。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
たてに取って、あのような無態なことをやったのでございます
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
げにいかめしきものゝふのたてにもいづれ翼をば
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
雲のうてなか山のたて
都喜姫 (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
溝口屋にたてを突いた仲間ですが、今では鐘五郎の傘下に馳せ加はり、忠勤を勵む外には、何んの餘念もないことは、溝口屋一家の者は言はずもあれ
一時の気分で先生にちょっとたてを突いてみようとした私は、この言葉の前に小さくなった。先生はこういった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たてを背にしていた将軍は盾の上に落ちかかり、沈む事ができなかったためにとりことなった。
春寒 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
命は、いざ船からおおりになろうとしますと、かれらが急にどっと矢を向けて来ましたので、お船の中からたてを取り出して、ひゅうひゅう飛んで来る矢の中をくぐりながらご上陸なさいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)