番傘ばんがさ)” の例文
米友はおかしいと思いながら戸をあけると、いつも来る仕出し屋の女が、丸に山を書いた番傘ばんがさかぶって岡持おかもちを提げて立っています。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
とほりかゝつた見知越みしりごしの、みうらと書店しよてん厚意こういで、茣蓙ござ二枚にまいと、番傘ばんがさりて、すなきまはすなか這々はふ/\ていかへつてた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「ちょっとそこまで行って来るとおっしゃって、そとへ出ていらしたばかりですよ。宅の庭下駄にわげたを突っかけて、番傘ばんがさをお差しになって。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女房は豆腐を入れた岡持おかもち番傘ばんがさげて出て往った。主翁はその後姿うしろすがたを見送っていたが、障子しょうじが閉まると舌うちした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘ばんがさを忠弥に差しけて見たりなんかして、まるで利口ぶった十五六の少年ぐらいな頭脳しかもっていない。
点滴の音は聞えぬが足駄あしだをはいて女中が郵便を出しにと耳門くぐりの戸をあける音と共に重そうな番傘ばんがさをひらく音が鳴きしきる虫の声の中に物淋ものさびしく耳についた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
清三は八時過ぎに、番傘ばんがさを借りて雨をついて出た。それには三田ヶ谷村役場と黒々と大きく書きつけてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
芝居のはねた頃は雨がまだ降っていた。茶屋の若い者は番傘ばんがさを運んで来たり、弘を背中に乗せて走ったりした。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しいんと遠のいた江戸の巷音こうおんだ。はねつるべの音がしていた。その、番傘ばんがさをさして水をくんでいる国平の番傘が、青桐あおぎりの幹のあいだに、半分だけ見えていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
とこうするうち六時五分前になってようやく車が来てくれたが、折柄土砂降りに降り出した中を運転手がさしかける番傘ばんがさに送られて順々に一人ずつ走って行きながら
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
片手には重い番傘ばんがさをさしているのであるから、新聞を渡すのにも釣銭を出すのにも一切合財いっさいがっさい片手でしなければならぬので、新聞を地に落して泥だらけにしたり、まごついたりして
河は濁ってふとっていた。橋の上を駄馬が車をいて通っていった。生徒の小さ番傘ばんがさが遠くまで並んでいた。灸は弁当を下げたかった。早くオルガンを聴きながら唱歌を唄ってみたかった。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
八はぢつと其屋敷を見てゐると、今迄薄明うすあかりの差してゐた別当部屋の窓が、忽ち真暗になつた。間もなく別当が門のくぐりけて、番傘ばんがさをさして出て来て、八のゐる処と反対の方角へ行つてしまつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
主は高足駄を穿き、番傘ばんがさをさして、八幡下別れの杉まで送って往った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
が、ではない。ばさりととなへたはおとで、正体しやうたい二本にほん番傘ばんがさ、トじやひらいたはいゝが、古御所ふるごしよすだれめいて、ばら/\にけてる。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「お隅、番傘ばんがさを出してくんな。ぽつぽつ降って来たぞ。」
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もちおもりのする番傘ばんがさに、片手腕かたてうでまくりがしたいほど、のほてりに夜風よかぜつめたこゝろよさは、横町よこちやう錢湯せんたうから我家わがやかへおもむきがある。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
こずゑ三階さんがい高樓かうろう屋根やねき、えだかはなかばへ差蔽さしおほうたけやきしたに、片手かたて番傘ばんがさを、トンとかたたせながら、片手釣かたてづりかる岩魚いはなつて浴客よくきやく姿すがたえる。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
番傘ばんがさは、とると、これもくる/\とまはつてかへる。が、まるでからつて、うへせた彫像てうざうがありますまい。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ゴウーンとあめこもつて、修禪寺しゆぜんじくれつのかねが、かしらをつと、それ、ふツとみなえた。……むく/\と湯氣ゆげばかり。せきつりをする、番傘ばんがさきやくも、けやきくらくなつて、もうえぬ。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
すぐ女中ぢよちう案内あんないで、おほき宿やどしるした番傘ばんがさを、前後あとさきそろへて庭下駄にはげた外湯そとゆく。
城崎を憶ふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小松にさわる雨の音、ざらざらと騒がしく、番傘ばんがさを低くかざし、高下駄たかげたに、濡地ぬれつちをしゃきしゃきとんで、からずね二本、痩せたのを裾端折すそはしょりで、大股おおまた歩行あるいて来て額堂へ、いただきの方の入口から
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
をとこだから、いまでは逸事いつじしようしてもいから一寸ちよつと素破すつぱぬくが、柳橋やなぎばしか、何處どこかの、おたまとか藝妓げいしや岡惚をかぼれをして、かねがないから、岡惚をかぼれだけで、夢中むちうつて、番傘ばんがさをまはしながら、あめれて
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
祖母としよりが軒先から引返して、番傘ばんがさを持って出直でなおす時
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)