とどま)” の例文
かげ名誉めいよたすかった。もう出発しゅっぱつしましょう。こんな不徳義ふとくぎきわまところに一ぷんだってとどまっていられるものか。掏摸すりども墺探おうたんども
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
わたくしはこのまま長く上海にとどまって、適当な学校を見つけて就学したいと思った。東京に帰ればやがて徴兵検査も受けなければならず。
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
走り去ること一町ばかり、俄然がぜんとどまり振返り、蓮池を一つ隔てたる、燈火ともしびの影をきっと見し、まなこの色はただならで、怨毒えんどくを以て満たされたり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「花鳥諷詠」という宿命はのがれることは出来ない。もし諸君がその宿命に甘んずる決心がつけば俳句の天地にとどまってつとめられよ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
もしそれらの男女が家族的制度の下に小さく固まって郷里にとどまっていたら、果してそれだけの愛情を父母兄弟に寄せることが出来たでしょうか。
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
辻村平六も、丹三郎とともに、宇乃を送って来たまま、船岡にとどまっていたのである。丹三郎は手紙を受取ってから、「お願いがある」と云った。
イエスは相当長くこの地方にとどまられ、町々村々を巡回して福音を説き、病者をいやされたのです(六の五四—五六)。
重な原因というはすなわち人情の二字、この二字に覊絆しばられて文三は心ならずも尚お園田の家に顔をしかめながらとどまッている。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
厳冬永くとどまり、春気至らず、躯殻くかく生くるも精魂は死するが如きは、生くるといえども人の生くべき道は失われたるなり。文章無用の用はここに在らん
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ぴたりと踏みとどまった。その度胸には自分も少々驚いた。さすがこの日暮に山から一人で降りて来るがものはある。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鬚男は小屋にとどまって消えかかった火を焚き付ける。なり集められた燃料も昨夜の寒さに大方焚き尽されて、辛くも炊事にことを欠かぬ程しか残っていなかった。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
この騒ぎの最初の日、欣之介は自分の家にとどまつてゐるにへない気がして、朝から隣家となりの病身の大学生のところへ出かけて行つた。友達は以前から見るとまた一層弱つてゐた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
とどまり給はんは、豊雄のいかばかり二五九心もとなかりつらんとて、夫婦すすめたつに、豊雄も、かう二六〇たのもしくの給ふを、二六一道に倒るるともいかでかはと聞ゆるに
道無きにくるしめる折、左右には水深く、崖高く、前にはづべからざる石のふさがりたるを、ぢてなかばに到りて進退きはまりつる、その石もこれなりけん、と肩はおのづそびえて、久くとどまるにへず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すなわち死んでもう久しくなった後まで、姨の霊が水の中にとどまっていると考えさせられた人が多かったのであります。同じ国の曽地そじ峠というところには、またおまんが井というのがありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一つも心にとどまつて居ないのに、ほころびて仕舞つたやうになつた彼女が、ただわけもなくときどき自分の眼を見入るその眼を見ると、結婚して以来はじめて了解仕合つたといふ感じがするのであつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
六千万円の冗費が台所から省けたら海軍拡張位何でもあるまい。戦闘艦の五、六艘ずつは毎年製造が出来る。実際精密に勘定したらその利益は六、七千万円にとどまらん、必ず一億円以上になるだろう。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
結局名をおしんで思いとどまる事となって一と先ずこの相談を打切った。
晃 どこのものでも差支えん、百合は来たいから一所に来る……とどまりたければ留るんだ。それ見ろ、萩原にすがって離れやせん。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
妻美代は臨月に近かったので長女恒と共にとどまって芝口奥平家の邸内なる生家川田氏のもとに寄寓し、十一歳になる男文豹のみが父にしたがって尾張にった。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
罪悪と不良行為とをあえてしてじず、いわゆる経済学とか社会学とか商業道徳とかいう事は講壇の空文たるにとどまってごうも実際生活に行われていないのである。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
かれ書見しょけんは、イワン、デミトリチのように神経的しんけいてきに、迅速じんそくむのではなく、しずかとおして、ったところ了解りょうかいところは、とどまとどまりしながらんでく。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
押されるものは出る気がなくても前へのめりたがる。おとなしく時機を待つ覚悟を気長にきめた詩人も未来を急がねばならぬ。黒い点は頭の上にぴたりととどまっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
前学年に及第できなくて原級にとどまった所謂古狸ふるだぬきの連中の話に拠れば、藤野先生は服装に無頓着むとんじゃくで、ネクタイをするのを忘れて学校へ出て来られる事がしばしばあり、また冬は
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
お峯は胴顫どうぶるひして、長くここにとどまるに堪へず、夫を勧めて奥にりにけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
椙原家だけはとどまってついに土着し、今日に到ったのである。
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
または円朝の『牡丹燈籠ぼたんどうろう』や『塩原多助』のようなものは、貸本屋の手から借りた時、ひらいて見たその挿絵が文章よりもかえって明かに記憶にとどまっている。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
親友しんゆう送出おくりだして、アンドレイ、エヒミチはまた読書どくしょはじめるのであった。よるしずかなんおともせぬ。ときとどまって院長いんちょうとも書物しょもつうえ途絶とだえてしまったかのよう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
このうちとどまりて憂目うきめを見るは、三人みたり婦女おんな厄介やっかい盲人めしいとのみ。婦女等おんなたちは船の動くととも船暈せんうんおこして、かつき、かつうめき、正体無く領伏ひれふしたる髪のみだれ汚穢けがれものまみらして、半死半生の間に苦悶せり。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとよりとどまらざるべき荒尾はつひに行かんとしつつ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
概括してそれらの浮世絵はその価値いよいよ美術に遠ざかりてただ風俗史料しくは好事こうずの料たるにとどまる。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さまざま思悩んだはては、去るともとどまるとも、いずれとも決心することができず、遂に今日に至った。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
竹渓は家にとどまり、座右の手函てばこおさめた詩草を取出してこれを改刪かいさんしやや意に満ちたものおよそ一百首をえらみ、書斎の床の間に壇を設けて陶淵明とうえんめいの集と、自選の詩とを祭った。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
博覧会閉会ののち巴里にとどまり修学せんと欲したれど学資に乏しかりしかば志を変じ商估しょうことなり、その宿泊せる下宿屋の一室に小美術舗しょうびじゅつほを開きぬ。時に明治十七年の正月元旦なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あまりに悲しい身の上の恥かしく、長くとどまっているに堪えられないからである。あの女たちはわれわれが涙に暮れているのを見ればこそ、面と向ってわれわれの顔を見上げる勇気があるのだ。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
翌年主人が東京に還り家族を呼迎えた後もなお主家にとどまり、主人が世を去る時まで誠実に仕えていたので、正妻川田氏は深くしげ次をあわれみ、資金を与えて和泉橋通に絵草紙えぞうし店を開かせたそうである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
Villeヴィル d'Avrayダヴレエ に踏みとどまるようになった。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)