)” の例文
覚海尼公が、子の高時を、どこかで見まもっているように、高時も二児の父として、さっきからここで胸をかれていたのらしい。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こぼした事があつた。そして相手の農夫ひやくしやうが値上げの張本人であるかのやうにじつとその顔を見つめた。顔は焼栗のやうに日にけてゐた。
駆け出した、とても歩いたりしてはをられなかつたから——砂が猛々しくけてゐて誰にも到底素足では踏みこたへられなかつた。
熱い砂の上 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
澁紙しぶがみ色にけてさへゐなければ、顏立も尋常ですが、手足と顏の外は、寸地も白い皮膚のない大刺青ほりものの持主と後でわかりました。
二人は仄暗ほのぐらい木蔭のベンチを見つけて、そこに暫く腰かけていた。涼しい風が、日にけ疲れた二人の顔に心持よくそよいだ。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは頭をクルクル坊主に刈った……眉毛をツルツルに剃り落した……全体に赤黒く日にけた五十恰好の紳士であるが
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
酒にあらず、色にあらず、人生憂を鎖するの途、あに少なからんや。炎熱くが如く樹葉皆な下垂するの時、海に下りて衣を脱すれば涼気先づ来る。
客居偶録 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
ジャネットは思ったよりも大がらで、たくましくて日にけて男の様な体格をして居るのに吃驚びっくりしました。ジャネットは英仏語がどちらも下手へたです。
母と娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
真黒まっくろけたからだおどくるわせてみずくぐりをしているところはまるで河童かっぱのよう、よくあんなにもふざけられたものだと感心かんしんされるくらいでございます。
半太郎は、すっかり日にけた、木綿物のあわせに小倉の帯、あかまみれの足袋をはき、大きな荷を背負って——額には汗さえにじんでいる。茶店の前へかかると
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこには大きなひくい机を横にしてこちらへ向直むきなおっていた四十ばかりの日にけてあかい顔の丈夫そうなズクにゅう
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
耳は寒さに凍え、日にけて、木の葉が虫に食われたというかたちだ。しかし、眼は鋭く、しっかりしている。
出しかけた途端に将軍が通った。将軍の日にけた色が見えた。将軍のひげ胡麻塩ごましおなのが見えた。その瞬間に出しかけた万歳がぴたりと中止してしまった。なぜ?
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょいと他の男と差向いで話でもして居ると、直ぐ嫉妬やきもちいて、おかしい処置振りをするって怒るんだよ
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし、とうとうヒスパニオーラ号に横附けになり、上ってゆくと、副船長のアローさんが出迎えて挨拶した。日にけた老海員で、耳に耳環をつけ、すがめだった。
いや、実際竹馬は、あの日のけた頬に、もう一すじ蚯蚓腫みみずばれの跡を加えたようでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
茸訪問については屡々私は一人の案内者を伴うことがある。案内者の名を仮に粂吉と呼ぶ。幾春秋山中の日にかれた彼の顔は赤銅色を呈している。おきなめんのようにも見える。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
シャツの袖もまくし上げてあって、日にけた腕は肱のところまでむき出しになっていた。
鬼は左の手をもって髪をつかみ、右の手でくるぶしを握って、鼎の中へ投げこんだ。曾の物のかたまりのような小さな体は、油の波の中に浮き沈みした。皮も肉もけただれて、痛みが心にこたえた。
続黄梁 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
フン! 他人フト辛口カラグヂきグシマネ自分のめしの上のハイホロガネガ。十年も後家立デデ、彼方アヂ阿母オガだの此方コヂ阿母オガだのガラ姦男マオドコしたの、オドゴトたド抗議ボコまれデ、年ガラ年中きもガヘデだエ何なるバ。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
武蔵は、理においても、返す言葉がなかったし、情熱においては、なおさらき立てられて、自分の眼まで熱いものになってしまった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むしろを剥ぐと、五十五六の立派な體格で、顏はセピヤ色にけて居りますが、眼鼻立も見事、小鼻の脇の黒子ほくろが妙に氣になります。
そして其処に若い男が浴衣ゆかたがけで、机に坐つて読書にふけつてゐた。顔はけてゐたが、それは疑ひもなく彼であつた。
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
繃帯ほうたいを除くとレントゲンの光線けと塗り薬とで鰐皮色わにがわいろになっているうずたかいものの中には執拗しつような反人間の意志の固りが秘められているように思われる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その顔は真黒く秋日にけている上に、連日の労働に疲れ切っているらしく、見違えるほどやつれてしまって、眼ばかりがギョロギョロと光っている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
日盛りになると彼のけた背中は、塩煎餠のやうにビリビリと干からびて水に浸さずには居られなくもあつた。
スプリングコート (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
イズレール・ハンズは、舷牆に倚りかかっていて、頤を胸につけ、両手は前へ投げて甲板に投げ出し、顔は、日にけた表皮の下が、脂蝋燭のように蒼白かった。
ただれたる高櫓の、機熟してか、吹く風にさからいてしばらくは燄と共に傾くと見えしが、奈落までも落ち入らでやはと、三分二を岩に残して、さかしまに崩れかかる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顔色は日にけて黒く、髭を生やしている。ちょっと鼻にかかった声で、大変にのろくさく話した。
黒襟飾組の魔手 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある人は某地にその人が日にけきったただの農夫となっているのを見たということであった。大噐不成ふせいなのか、大噐既成きせいなのか、そんな事は先生の問題ではなくなったのであろう。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
日にけて真黒になり日向臭ひなたくさい、又丹三郎は江戸育ちのお侍で男振も好く小綺麗でございますから、猶更多助が厭で実に邪見にする事まる一年、その間一つ寝もせず振付けられても
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しきりお説教がすむと(説教好きな高木氏は、聴衆きゝてが居なかつたら、椅子を相手にでも麦飯のお説教をし兼ねない)高木氏は焼栗のやうに日にけた子供達の顔を見ながら言つた。
こういうすべての凝視と咆哮との対象というのは、日にけた頬と黒眼がちな眼とをした、体格もよく容貌もよい、二十五歳ばかりの青年であった。彼の身分で言えば青年紳士であった。
うなずきながら、文覚は、てくてくと後からついてゆく。牛のふんと、白い土が、ぽくぽくと乾いて、足の裏をくような、京の大路であった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水泳の練習から帰って来た健一は、よく陽にけた、素晴しい身体からだに、大急ぎで浴衣ゆかたを引っかけてヴェランダに出てきました。
水中の宮殿 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
その男は日にけた顔にチョッピリと黒いひげを生やして、薄鼠色のインバネスを着ていたが、新しい麦稈帽むぎわらぼう阿弥陀あみだに冠り直しながら、昂作の顔を覗き込んだ。
童貞 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どこを見てもけ爛れたやうに醜い山の地肌は露出されて、青いものゝ影は殆んど見られなかつた。
籠の小鳥 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
彼の皮膚は、むき出しになっているところはどこも、日にけていた。唇までが黒くなっていた。そして碧い眼はそのようなどす黒い顔の中でまったく際立っていた。
その声の切れるか切れぬうちに一人の将軍が挙手の礼を施しながら余の前を通り過ぎた。色のけた、胡麻塩髯ごましおひげ小作こづくりな人である。左右の人は将軍のあとを見送りながらまた万歳をとなえる。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
灰色の薄くなった髪のほつれたのが、行燈の光をうけてきらきらとふるえている、苦しかった六十七年の風霜を刻みつけたようなしわの多い日にけた渋色の顔は、そのときの回想の辛さにゆがんだ。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心の中の感情は体のどんな覆いを通しても必ず現れ出ると同様に、彼の今の立場が生んだ蒼白い顔色は彼の頬の日にけた鳶色を通して現れていて、精神が太陽よりも力強いことを示していた。
わけて、お燕が、ふと「父」ということばでも洩らそうものなら、かの女の、呪咀のうずは、すぐ炎になって、全身をいた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに本當の跡取なら、少々陽にけて居ても、言葉遣ひや折屈をりかゞみが下手でも、すぐ小松屋へ伴れ込むのが本當ぢやないか。
野獣のような彼女の体に抑えることが出来ない狂暴の血がけただれたように渦をまいていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
半刻はんときの余も、泳いでは河原に上がって、太陽に肌をき、また、川へ躍り入っては、河童かっぱのように、存分水とたわむれていた信長は
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少しけた真珠色の皮膚の色も、糸を引いた三白眼も、絵に描いた若衆に袢纏を着せたようで、界隈かいわいの娘達に騒がれるのも無理のないことです。
顔や手首が日にけて、肉もしまって来たようだったが、健康はすぐれた方ではなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
という辱に、体じゅうをかれていた。この汚れた母の体で、何でふたたび不知哉丸を膝に抱けようかと、一に思いつめているのらしい。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
精々二十八九、まだ若くて眼鼻立も立派な男ですが、恐ろしく陽にけて、手足も節くれ立ち、着て居るものも、木綿布子もめんぬのこの至つて粗末なものです。
彼は分け目もわからぬ蓬々ぼうぼうした髪をかぶり、顔も手も赤銅色しゃくどういろに南洋の日にけ、開襟かいきんシャツにざぐりとした麻織の上衣うわぎをつけ、海の労働者にふさわしいたくましい大きな体格の持主だが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)