清楚せいそ)” の例文
あたかもどこか上流の礼儀正しい家でも訪問して、清楚せいそとした申し分のない印象を与えねばならぬ場合を、控えているかのようだった。
写生の点において広重の技巧はしばしば北斎より更に綿密なるにかかはらず一見して常に北斎の草画そうがよりも更に清楚せいそ軽快のおもいあらしむ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
成程ひと目見流しただけでは、どんな変化があるか解らないまでに、絵姿の面貌は相変らず美しく姿は相変らず清楚せいそとしています。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
黒の縮緬ちりめんの羽織を着て来た清楚せいそな小夜子の姿は、何か薄寒そうでもあったが、彼女はほんのちっとばかしはしをつけただけであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ことに一間ほどへだてて、二人の横に置かれた瓦斯煖炉ガスストーブの火の色が、白いものの目立つ清楚せいそへやの空気に、恰好かっこうぬくもりを与えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
遠州流でも古流でも池の坊でもその一流にって清楚せいそなる花を食卓へ飾ったら葬式の造花然つくりばなぜんたるこの掴み挿しに勝る事万々ばんばんだ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
古原草は病ほとんえ、油画具などもてあそび居たり。風間直得かざまなほえと落ち合ふ。聖路加病院は病室の設備、看護婦の服装とう清楚せいそ甚だ愛すべきものあり。
岸本は節子に珠数ずずを贈った。幾つかの透明な硝子のたまをつなぎ合せて、青い清楚せいそ細紐ほそひも貫通とおしたもので、女の持つ物にふさわしく出来ていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
姫君はまた清楚せいそ風采ふうさいの大将を良人おっとにして、これ以上の美男はこの世にないであろうと信じていたのが、どこもどこもきれいでおありになる宮は
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
われわれは「純潔」と「清楚せいそ」に身をささげる事によってその罪滅ぼしをしよう。こういうふうな論法で、茶人たちは生花の法を定めたのである。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
兄の了庵りょうあんについて、禅門に入った。佳麗な比丘尼びくには、清楚せいそな梅みたいに鎌倉中の山門を色めかせたにちがいあるまい。
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
園に達すれば門前につどう車数知れず。小門清楚せいそ、「春夏秋冬花不断」の掛額もさびたり。門を入れば萩先ず目に赤く、立て並べたる自転車おびたゞし。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とにかくその障子の色のすがすがしさは、軒並のきなみの格子や建具たてぐすすぼけたのを、貧しいながら身だしなみのよい美女のように、清楚せいそで品よく見せている。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ぬきえもんに着たえりかまちになっている部分に愛蘭アイルランドあさのレースの下重ねが清楚せいそのぞかれ、それからテラコッタ型の完全な円筒えんとう形のくびのぼんの窪へ移る間に
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、れるにしたがって、彼のなかの苦しいものは除かれて行ったが、何度逢っても、繊細で清楚せいそな鋭い感じは変らなかった。彼はそのことを口に出してめた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
小春の雲の、あの青鳶あおとびも、この人のために方角むきを替えよ。姿も風采なりも鶴に似て、清楚せいそと、端正を兼備えた。襟の浅葱あさぎと、薄紅梅。まぶたもほんのりと日南ひなたの面影。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミルトンは情熱イムパツシヨンドを以て大詩人の一要素としたり。深幽と清楚せいそとを備へたるは少なからず、然れどもまことの情熱を具有するは大詩人にあらずんば期すべからず。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
きれいにかりこんだ灌木林かんぼくりんや緑色の芝生のなかに点在する清楚せいそな百姓家を、あきもせず眺め、楽しんだ。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
竹簾たけすだれが上った。その向うになよたけが立っている。田舎娘だが、天使のごとき清楚せいそな美しい少女である。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
この新人ピアニストの古典には、古い伝統のからを破った、新しいリアリズムの生命があるのであろう。清楚せいそなうちに情熱を盛った、不思議なモーツァルトである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
病院は松林に囲まれて小高い丘の上の清楚せいそな白塗りの建物です。そこから海岸までゆるやかな傾斜になっていて両側の松林では淡日がさして小鳥などよくいています。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その類型というのは、年若な婦人で、大して背が高くなく、さほど清楚せいそでもなく、しなやかな身体、染めた髪の毛、愛嬌ある顔の上にある、身体不相応に大きな帽子。
白粉おしろい気がなく、癖のない潤沢な黒髪を、無造作に束ねているので、たいへん清楚せいそな感じがした。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
太郎が一任されて買ってきたその花は今も心に残っているほど美しく清楚せいそで、花嫁のひろみを引き立たせた。そんな思いにつながったフリージヤだったかもしれない。……
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
下界の動乱の亡者もうじゃたちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚せいその母は、その美しく勇敢な全裸の御子みこに初い初いしく寄り添い
俗天使 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一見清楚せいそな娘であったが、壊れそうな危なさがあり真逆様まっさかさまに地獄へちる不安を感じさせるところがあって、その一生を正視するに堪えないような気がしていたからであった。
堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
お化粧のことも、娘さんはなるべく清楚せいそにと思います。映画の真似なのか、ったまゆの上に眉を描いていて、四本の眉を持った女のひとに時々会いますがぞっとしてしまいます。
着物雑考 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
その代わり、全体が光るほど清楚せいそに磨きあげられて、上には高価な草花もたくさんおいてある。しかし、今この部屋でいちばんみごとなのは、立派な器を並べた食卓だけである。
天蓋てんがいしょう篳篥ひちりき、女たちは白無垢しろむく、男は編笠をかぶって——清楚せいそな寝棺は一代の麗人か聖人の遺骸いがいをおさめたように、みずみずしい白絹におおわれ、白蓮の花が四方の角を飾って
タッタ今まで新婚匆々時代の紅い服を着ていた黛子さんが、今度は今一つ昔の、可憐な宮女時代の姿に若返って、白いもすそを長々と引きはえている。鬢鬟びんかん雲の如く、清楚せいそ新花しんかに似たり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おどろくべき貞操修業者の告白をきいて、右門はいまさらのごとくにその清楚せいそとした遊君薄雪のあでやかさを見つめていましたが、いつにもないことをふいと感慨深げに漏らしました。
彼は映画のタイトルを読むような気忙きぜわしさで、この三つのうちから、最も清楚せいそな感じの、最も高価な指環を選んだ。それは素晴らしく大きな青光りのダイヤと、黄金の薔薇の花束から出来ていた。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
シカシ人足ひとあしの留まるは衣裳附いしょうづけよりはむしろその態度で、髪もいつもの束髪ながら何とか結びとかいう手のこんだ束ね方で、大形の薔薇ばら花挿頭はなかんざしし、本化粧は自然にそむくとか云ッて薄化粧の清楚せいそな作り
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
建物の裏からは満開を過ぎた梅の蒸すやうな匂が漂つてゐた。それはしかし、あの四君子しくんしたとへられてゐるやうな清楚せいそなものではなく、何処どこか梅自身欝々うつ/\と病んでゐるかのやうな、重たいかをりだつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
こんなことをって袖子そでこ庇護かばうようにする婦人ふじんきゃくなぞがないでもなかったが、しかしとうさんはれなかった。むすめ風俗なりはなるべく清楚せいそに。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かくの如く脆弱ぜいじゃくにして清楚せいそなる家屋と此の如く湿気に満ち変化に富める気候のうち棲息せいそくすれば、かつて広大堅固なる西洋の居室に直立闊歩かっぽしたりし時とは
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
だれにもない清楚せいそな身のとりなしの備わっている薫は、これ以上の男がこの世にはあるまいと見えた。
源氏物語:50 早蕨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
その先生の清楚せいそな姿はまだ私の目さきにはっきりと描かれた。用件があって、先生の処へ行くと、彼女はかすかに混乱しているようなかおで、乱暴な字を書いて私に渡した。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
けれどその草心尼の清楚せいそな美しさも、年とすれば、もう四十路よそじにとどいていたはずである。かつてのような濡れ濡れしい若後家の尼とはおのずから落ちつきも違っていた。
清楚せいそな八畳、すみに小さな仏壇がある。床に一枚いちまい起請文きしょうもんを書いた軸が掛かっている。寝床のそばに机、その上に開いた本、他のすみに行灯あんどんがある。庭には秋草が茂っている。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それに葉子は部屋を楽しくするすべを知っていて、文学少女らしい好みで、籐椅子とういすを縁側においてみたり、清楚せいそなシェドウのスタンドを机にすえたりして、色チョオク画のように
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その年紀としごろは二十三、四、姿はしいて満開の花の色を洗いて、清楚せいそたる葉桜の緑浅し。色白く、鼻筋通り、まゆに力みありて、眼色めざしにいくぶんのすごみを帯び、見るだに涼しき美人なり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しさいらしく帳簿しらべる銀行員に清楚せいそを感じ、医者の金鎖の重厚に圧倒され、いちどはひそかに高台にのぼり、憂国熱弁の練習をさえしてみたのだが、いまは、すべてをあきらめた。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その滑かな清楚せいそな皮膚は、私に取ってはただ遠くから眺めるだけで十分でした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
普通一般の清楚せいそとかすがすがしさといったすがすがしさではなく、えんを含んでかつ清楚——といったような美しさのうえに、そったばかりの青まゆはほのぼのとして、その富士額の下に白い
鼻は太く、歯並みやいやしく、清楚せいそなところが少なく、ただ眼だけは生き生きとしてかなり敏捷びんしょうで、また仇気あどけない微笑をもっていた。彼女はかささぎのようによくしゃべった。彼も快活に答えをした。
私は遺産を近親の死から十五の年に得て清楚せいそな暮しに一生涯事欠かない孤独な少女学究者なのです。日本語と英語フランス語を読むに欠かないだけの素養があるので別に学校などへは行かない。
智慧に埋れて (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
細かな花模樣の青い着物に、白博多の帶が清楚せいそにぱつとまばゆかつた。
多摩川 (旧字旧仮名) / 林芙美子(著)
窓の中を覗いて見ると、つくえの上の古銅瓶こどうへいに、孔雀くじゃくの尾が何本もしてある。その側にある筆硯類ひっけんるいは、いずれも清楚せいそと云うほかはない。と思うとまた人を待つように、碧玉のしょうなどもかかっている。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
清楚せいそな感じのする食堂で窓から降りそそぐ正午の空の光を浴びながらひとり静かに食事をして最後にサーヴされたコーヒーに砂糖をそっと入れ、さじでゆるやかにかき交ぜておいて一口だけすする。
詩と官能 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)