淋漓りんり)” の例文
漢文で、「慷慨こうがい憂憤の士をって狂人と為す、悲しからずや」としてある。墨のあと淋漓りんりとして、死際しにぎわに震えた手で書いたとは見えない。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お浜は畳んでいた小手を上げて、そのたなごころから、手首から、二の腕のところまで、真紅しんくの血痕が淋漓りんりとして漂うのを示しました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
悪酒を仰飲あおッた一気の酔いに淋漓りんりたる鬼のように、こういったのは無思慮な血気や、軽輩にすぎなかった。——当然、このあとのものが来る。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしこの上に一頭地いっとうちを抜けば、わが感じたる物象を、わが感じたるままのおもむきを添えて、画布の上に淋漓りんりとして生動せいどうさせる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
筆の穂を墨つぼにたっぷりひたして、幾らかばだった標木の前に突き膝をした。淋漓りんりたる思いをこめて彼は書いたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「火急の際ぢや、ええと何かいい文句はないかいな」と呟いたところを見ると、文句もどうやら有り合せらしいが、墨痕ぼっこん淋漓りんりとしてさすがだつた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
さう云へば遺書の文字さへ、鄭板橋ていはんけう風の奔放な字で、その淋漓りんりたる墨痕ぼくこんの中にも、彼の風貌が看取かんしゆされない事もない。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
怒牛角をひらめかして馬でも人でも突き刺し、ね上げて、その落ちて来るのを待って角に懸けて振り廻す——こう言った、馬血人血淋漓りんりたるところが
動かすがごとしという遍昭へんじょうが歌の生れ変りひじを落書きの墨のあと淋漓りんりたる十露盤そろばんに突いて湯銭を貸本にかすり春水翁しゅんすいおう
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
かつて『曽我物語』を読み、曽我兄弟がその父のあだを報じたる痛快淋漓りんりの段に至り、矍然かくぜんとして案をって曰く「我あに一度は父讐ふしゅうを報ずるあたわざらんや」
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
痛飲淋漓りんり、全く正体もなかつたので、向うは私に気が付いた筈はないけれども、私の方では見覚えてゐた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
聞くともなくそのおとに耳を仮して、目は窓に向かえば、吹きしぶく雨淋漓りんりとしてガラスにしたたり、しとどぬれたる夕暮れの庭はまだらに現われてまた消えつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
流石さすがは信玄勢のウムとこらえたところは豪快淋漓りんりで、斬立てられたには違無かろうが実に見上げたものだ。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
女王姿の狂女に一礼して流血淋漓りんりたる場内を出で、悠々と自分の病室、七号室に帰って行ったが、皆手をつかねて戦慄しつつ遠くから傍観するばかりであったという。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのときには罪人を座せしめ、首を垂れさせて背部より刀を下し、後頭部をなぐって殺すことになっておるが、罪人が倒るると同時に生血淋漓りんりとして地上に流れだす。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
明治三十七年五月二十三日の泊り客の中に藤波金三郎二十五歳、国木田染二十一歳というのが、金三郎自身の手らしく淋漓りんりたる墨蹟を残して居るのではありませんか。
儂思うてここに至れば、血涙けつるい淋漓りんり鉄腸てっちょう寸断すんだん石心せきしん分裂ぶんれつの思い、愛国の情、うたた切なるを覚ゆ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
初夏はつなつ夕映ゆうばえの照り輝ける中に門生が誠意をめてささげた百日紅ひゃくじつこう樹下に淋しく立てる墓標は池辺三山の奔放淋漓りんりたる筆蹟にて墨黒々と麗わしく二葉亭四迷之墓とろくせられた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
悲痛淋漓りんりの感に打たれて、ただ一と聲、お箱の「ああ、醉うた」を叫んだ、な、と思ひやる。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
「六月四日に法事早メマス」とお母さん、ペンの跡淋漓りんりというはりきりかたでお書きです。
眼もくれたり。したしたとながれにじむをあなやと両のこぶしもてしかとおさえたれど、とどまらで、とうとうと音するばかりぞ淋漓りんりとしてながれつたえる、血汐のくれないきぬをそめつ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どれもこれもが北斎もどきの、いかにも豪勇無双の淋漓りんりたる画風のものばかりだった。国芳日頃の酔中の大気焔は、凝ってことごとくこの画中の武者が勇姿となるかとおもわれた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
酔態淋漓りんり、然し人前で女に狎れなかつたさうであるから私より大いに立派で、私はその点だらしがなくて全く面目ないのだが、私は然し酒間に豪放磊落らいらくだつたといふ父を妙に好まない。
石の思ひ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
あたりにはなま血が淋漓りんりとしてしたたっているので、人びとは又もや驚かされた。
それは何人だれが書いたともわからぬ「金毘羅大神こんぴらだいじん」の五字を横にならべた長さ五尺ばかりの額で、よほど昔のものと見えて、紙の色はなりと古びて居るが、墨痕ぼっこんは、淋漓りんりとでも言おうか
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ところで私の足を見ますと出血淋漓りんりとしてどしどしと新しい血が出て来る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
と、スクリーンに、赤インクを持つて大書された淋漓りんりの文字が現はれた。
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
墨痕ぼっこん淋漓りんりと自ら退屈男の書きしたためたのは実に次のごとき大文字です。
ここに雌雄しゆうを決しようとする両士、渾心こんしんの力を刀鋒とうほうにこめての気合いだから、いとも容易に動発しないとはいえ、流汗淋漓りんり、栄三郎の素袷すあわせの背には、もはや丸く汗のひろがりがにじみ出ている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかしここにある乱立相鬩あいせめいでいる松どもは、淋漓りんりたる悲しいものを人間からあたえられていないものはない、普通の樹木に決して見られない人くさいものが、立派な形の奥の方でもだえているのだ
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
よ、松島はヒシと左眼を押へて悶絶もんぜつす、手を漏れて流血淋漓りんりたり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
三時頃から、角の諸式屋の自転車を借りて山に上り、途中の傾斜の甚だしいところは自転車を押して上った。秋風が芋の葉を動かしてはいたが、太陽はぎらぎらと背中に照りつけ、汗が淋漓りんりと流れた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
その折酔筆淋漓りんり、障子紙に書いて下さったのが、この歌である。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
ひんがしのの白かべに八重やへざくら淋漓りんりと花のかげうつしたり
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
先生詩酒ニ跌倒てっとうシ傾倒淋漓りんり磅礴ほうはくきわまりナシ。ああすでシ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鮮血淋漓りんりたる兵が
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
当るを幸い——主膳は机の上のすずりをとって、発止はっし唐紙からかみへ向って投げつけました。硯の中には宿墨しゅくぼくがまだ残っていた——唐紙と、畳に、淋漓りんりとして墨痕ぼっこんが飛ぶ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女仙外史の人の愛読耽翫たんがん所以ゆえんのもの、決して尠少せんしょうにあらずして、而して又実に一ぺん淋漓りんりたる筆墨ひつぼく巍峨ぎがたる結構を得る所以のもの、決して偶然にあらざるを見る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
淋漓りんりたる血しおが、小袖の下を這って、縛られている手の指先までぽとぽと垂れてきた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私が二葉亭から請取った何十通の手紙の中でこれほど墨痕ぼっこん淋漓りんりとした痛快なものはない。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
膏血かうけつ淋漓りんりたり。下に承くるに盆を以てす。盆満つれば即ち巨桶中に挹注いふちうす。かくの如きもの十余次。巨桶すなはち満つ。数人之を扛して出づ。官文書を判して一吏に付し、ともに同じく出づ。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
眼もくれたり。したしたとながれにじむをあなやと両のこぶしもてしかとおさへたれど、とどまらで、たふたふと音するばかりぞ淋漓りんりとしてながれつたへる、血汐ちしおのくれなゐきぬをそめつ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
誠は指頭しとうよりほとばしって、とが毛穎もうえいたんに紙を焼く熱気あるがごとき心地にて句をつづる。白紙が人格と化して、淋漓りんりとして飛騰ひとうする文章があるとすれば道也の文章はまさにこれである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
艦隊敵と離れてまた敵に向かい行く間と、艦体一転して左舷敵に向かい右舷しばらく閑なる間とを除くほかは、間断なき号令に声かれ、汗は淋漓りんりとして満面にしたたるも、さらに覚えず。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
突き当りの障子一パイに、書きも書いたり、淋漓りんりとした大文字が数行。
この人の酔態淋漓りんりたる風貌が紹介されている。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
ところが翌朝、盧俊儀ろしゅんぎは何思ったか、同勢出発という間際になって、衣裳箱の白絹を取り出してそれを旗四枚に仕立てさせ、一りゅうごとに一ぎょう墨痕ぼっこん淋漓りんりとこう書いたものである。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは癡翁ちおう第一の名作でしょう。——この雲煙の濃淡をご覧なさい。元気淋漓りんりじゃありませんか。林木なぞの設色せっしょくも、まさに天造てんぞうとも称すべきものです。あすこに遠峯が一つ見えましょう。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
松島の右舷砲しばし鳴りを静めて、諸士官砲員淋漓りんりたる汗をぬぐいぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
龐徳はあくまで淋漓りんりたる戦気を帯びて、三軍の先鋒に立ち、一路樊川はんせんへ猛進した。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)