波濤はとう)” の例文
もしマストが折れたら船には一本のマストもなくなる、このまま手をむなしくして、波濤はとうの底にしずむのをまつよりほかはないのだ。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
なんというふかあおさでしょう。ていると、たまなかから、くもがわいてきます。どのたまもみごとです。波濤はとうこる、うみうつります。
らんの花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
匍いだした大隅学士は、この異風景の中に、呆然ぼうぜんとして立ちつくした。それはまるで千里の波濤はとうを越えて、異境に遊ぶの想いがあった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一八三〇年七月の革命は、また一八三二年六月の暴動は、底に潜んだ潮の流れの、表面に表われた一つの波濤はとうにすぎなかった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
年若き夢想を波濤はとうに託してしばらく悠々ゆうゆうの月日をバナナ実る島に送ることぞと思えり、百トンの帆船は彼がための墓地たるを知らざるなり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
寒暑と波濤はとうと力わざと荒くれ男らとの交わりは君の筋骨と度胸とを鉄のように鍛え上げた。君はすくすくと大木のようにたくましくなった。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして、この、太鼓の内部のような船室は、皮であるべきサイドの鉄板が、波濤はとうにたたかれてたまらなくとどろくのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
かれの故郷なる足利町は、その波濤はとうのように起伏したしわの多い山のふもとにあった。一日あるひ、かれはその故郷の山にすでに雪の白く来たのを見た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼女はそういう渦巻の中で、宿命的に持っていた精神上の素質の為に倒れ、歓喜と絶望と信頼と諦観ていかんとのあざなわれた波濤はとうの間に没し去った。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
万里の波濤はとう俯瞰ふかん睥睨へいげいする大ホテル現出の雄図、むなしく挫折ざせつした石橋弥七郎氏の悲運に同情するもの、ただひとり故柳田青年のみならんや!
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
美奈子は、青年がの次に、何を言い出すかと云う期待で、身体全体が焼けるようであった。心が波濤はとうのように動揺した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
実地の生活の波濤はとうをもぐって来ない学者の概括は中味の性質に頓着とんじゃくなくただ形式的に纏めたような弱点が出てくるのもやむをえない訳であります。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
埠頭ふとうも、湖上も、波しずかに、月は白く、こうの声しかしなかったが、やがて一時に、波濤はとう天をち、万雷一時に雲を裂くような喊声かんせいが捲き起った。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船全体を、小きざみに震動させる機関の響き、ひっきりなしにふなべりをうつ波濤はとうの音、ふと忘れている頃に襲いかかる大うねりの、すさまじい動揺。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
奴は咄嗟とっさにあるだけの力を出して、沈んだがまた浮上った夫を背にかけて、波濤はとうをきってこんかぎり岸へ岸へと泳ぎつき、不思議に危難はのがれたが
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
砕ける波濤はとうと海からの風のために、跫音あしおとが聞こえないのだろう。女は、まっすぐにその男のいるベンチに近づく。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
越しかたかえりみれば、眼下がんかに展開する十勝の大平野だいへいやは、蒼茫そうぼうとして唯くもの如くまた海の如く、かえって北東の方を望めば、黛色たいしょく連山れんざん波濤はとうの如く起伏して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
乱立する岩に当って波がくだけると怒ります……波濤はとうの怒りは、この世に見る最も壮観なるものの一つですね。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
思想とはいかに大なる波濤はとうであるか! 破壊し埋没すべく命ぜられたすべてをいかに早くおおい隠し、恐るべき深淵をいかにたちまちの間にこしらえることか。
また、澎湃ほうはいたる波濤はとうの如く常に身辺に押寄せつつある。私等はそのひびきとその波の中に生滅しつつある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
彼女はいつのまにか土間のしきいを踏みまたいでいて、その両足の下に、仔鹿かよの生々しい血首をみた。その瞬間一つの恐ろしい観念が、滝人を波濤はとうのように圧倒してしまった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
波濤はとうがあの小家こいえを撃ち、庭の木々がきしめく時、沖を過ぎる舟の中の、心細い舟人は、エルリングが家の窓かられる、小さいともしびの光を慕わしく思って見て通ることであろう。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
老貴公子はそう云いながら、ここまで聞こえて来る暴風雨や、波濤はとうの音に耳を澄ました。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるにその船が南太平洋の波濤なみにもまれているうち、大暴風にでも遭ったものか、それとも海賊に襲われたものか、まったく行方不明になって、南太平洋の波濤はとうは黙して語らず。
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
時々漁夫の寝ているすぐ横が、グイと男の強い肩でつかれたように、ドシンとくる。——今では、船は、断末魔の鯨が、荒狂う波濤はとうの間に身体をのたうっている、そのままだった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
人の心の底を大きな波濤はとうが過ぎる時こそ、痛烈な時期である。人は自分を自由だと思い、自分の思想の主人だと思っている。ところがもう否応なしに引きずり込まれるのを感ずる。
もっとはっきり言えば、果てしのない波濤はとう彼方かなたに、それにとり囲まれてその位置が見分けられた。それから約二マイルばかり陸に近いところに、それより小さな島がもう一つあった。
恐ろしい陰惨な音を立てて、波濤はとうが突進し、砕け散った。ふちは淵に呼びこたえた。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
場末のこのあたりは、ふもとの迫るすそになり、遠山は波濤はとうのごとくかさっても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山のは、おおきないのししの横に寝たさまに似た
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東亜の山脈は波濤はとうのごとく日本海よりビスケイ湾に連亘れんこうし、あるいは起き、あるいは伏し、あるいは続き、あるいはえ、逶迤いいとして不規則なる折線をもって二大陸を南北に横截おうせつせり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
少なくとも後々は是を波濤はとうの底に隠れて、しかるべき理由のあるごく僅かな人だけが、稀々まれまれにそこを訪い、また戻って来て見聞をかたり、もしくは後より派遣せられて、人間の住む国へ
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかしながら、永遠に向かって押し寄せる波濤はとうのうねりの中に、喜びと美しさが存している。何ゆえにその心をくまないのであるか、また列子のごとく風そのものにぎょしないのであるか。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
天をかぎる巨木が青葉の波濤はとうをつくり——それが五月の雨にけぶっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼女はさういふ渦巻の中で、宿命的に持つてゐた精神上の素質の為に倒れ、歓喜と絶望と信頼と諦観ていかんとのあざなはれた波濤はとうの間に没し去つた。
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
これらの動揺の波濤はとうの中をくぐりぬけて小原は東西にかけずりまわった、かれは帽子をぬいでそれを目標にふりふり叫んだ。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
窓に近いげんにざあっとあたって砕けて行く波濤はとうが、単調な底力のある震動を船室に与えて、船はかすかに横にかしいだ。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
岸をんで殺到する波濤はとうの響が、前よりも、もっと恐ろしく聞えて来た。が、相争っている二人の耳には、波の音も風の音も聞えては来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
万里ばんり波濤はとうをのりこえて恐竜探検にここまでやってきた一行のことであるから、一刻いっこくも早く恐竜にはっきり面会したくてたまらない人々ばかりだった。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かさなりうように、なら家々いえいえ屋根やねは、さながら波濤はとうのごとくでした。うえですむことのできないものは、ここがゆい一の場所ばしょであったかしれません。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
その時、上流かみから乗り入れた千余騎は、一団また一団、乱れ合って、波濤はとうとたたかう無数のいかだのように、河面を埋めて、次第に下流へ下流へと流されて来た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
裏に出ると、浅間のけむりが正面に見えて、その左に妙義がちょっと頭を出していて、それから荒船あらふねの連山、北甘楽きたかんらの連山、秩父の連山が波濤はとうのように連なりわたった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
天空の偉大な洒落女しゃれおんなが、大洋のセリメーヌが、あらゆるものをおのれの下に静めながら、海の波濤はとうをも一婦人のように物ともしないで、無窮の空に上ってゆくのを
その日は、空が青い光を放ったように思われ、波濤はとうの頂きが、薔薇ばら色のうねりを立てていた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
どこに救援エス・オー・エスを求めることができたであろう——舵機を損じている艦は、三十フィート五十呎もある山のような波濤はとうに翻弄されて、ただ木の葉のごとくに揺り挙げられ揺り降ろされ
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
波田はスカッパーから、太平洋の波濤はとうを目がけて、飛び散って行く、汚物の滝をながめては、誠に、これは便所掃除人以外にだれも、味わえない痛快事であると思うのであった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
伏しておもんみれば関節がゆるんで油気がなくなった老朽の自転車に万里の波濤はとうえて遥々はるばると逢いに来たようなものである、自転車屋には恩給年限がないのか知らんとちょっと不審を起してみる
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
海賊なりとて、みだりわらうなかれ。およそ波濤はとうの健児たるもの、何者か海賊たらざりしものある。およそ万里の大海を開拓するもの、通商植民の先駆たるもの、何者か海賊たらざりしものある。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しばし暗黒、寂寞せきばくとして波濤はとうの音聞ゆ。やがて一個ひとつ、花白く葉の青き蓮華燈籠れんげどうろう、漂々として波にただよえるがごとくあらわる。続いて花の赤き同じ燈籠、中空なかぞらのごとき高処に出づ。また出づ、やや低し。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝津瀬たきつせの様に、頭上から降りそそぐ鹽水しおみずの痛みに、目はめしい、狂風の叫び、波濤はとうの怒号に、耳はろうし、寒さに触覚すらも殆ど失って、彼はただ機械人形の様にめくら滅法にオールを動かしていた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
事務長のいるのに気づいた瞬間からまた聞こえ出した波濤はとうの音は、前のように音楽的な所は少しもなく、ただ物狂おしい騒音となって船に迫っていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)