むし)” の例文
かれくるしさにむねあたりむしり、病院服びやうゐんふくも、シヤツも、ぴり/\と引裂ひきさくのでつたが、やが其儘そのまゝ氣絶きぜつして寐臺ねだいうへたふれてしまつた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
歩きながら道傍みちばたの豆の葉を、さっとむしりとっても、やはり、この道のここのところで、この葉を毟りとったことがある、と思う。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
体中からだぢう珠数生じゆずなりになつたのを手当次第てあたりしだいむして、りなどして、あしんで、まるをどくるかたち歩行あるきした。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
二人は起きつ転びつむしり合っているうちに、安行は自分の敵を突き退けて十けんばかりは逃げたらしい。敵もつづいて追って行った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
花田は残りの山椒の葉をむしっています。と、また不意に社宅の蔭から文吉が現れました。その後から貸船屋のお秀が現れました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
みんないつかは、一人の例外もなしに、必ずいつかは絶望に身をむしり、悲しみに泣き叫ぶときがくるだろう。かれはそのように思った。
はたし状 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と倒れる処を新吉が掴み付こうと思ったが、イヤ/\荷物を脇へ落したからと荷物を探す途端に、甚藏のつらむしり付いたから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
林冲に翻弄ほんろうされるのが甘美でさえあった。気づいたときは、手にさいごの一剣もなく、林冲の猿臂えんぴにかかって、鞍の上からむしりとられていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ガラッ八が集めて、平次の耳に聴えた情報では、お隣のお秀と張り合って、とうとう紋次郎をむしり取ったといったようなすごい話もあったのです。
紅顔豊頬ほうきょう、みずみずしかった切長の黒瞳も、毛をむしられたシャモみたいな肌になり顴骨かんこつがとびだし、乾いた瞳に絶えず脅えた表情がよみとられた。
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
丁度彼がむしっている草の芽の地面じべたを割って出て来るように、彼の内部なかきざしたものは恐ろしい勢であふれて来た。髪は濃くなった。頬は熱して来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
羽根は飛んでしまい、マストは折れ、その他表面にある附属物は一切滅茶滅茶に破損して、まるでいなごの足や羽根をむしったように鉄製の胴だけが残っている。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
頭上の蓋を掻きむしっている有様と云うのが、恐らくまた、残虐な快感をもたらせたものだったかも知れないのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
冬になって、ストーブをき始めると、彼は早速もう春の脱毛の時期が来たのだと思って、羽をむしりだす。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
手近の杜松ひばの枝などからむしり取って見ると、すぐに其処へ捨てようと云う気になれない。少くとも暫くの間は手すさびに指へ絡んでみたり掌中へまるめてみたりする。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
妙見勝三郎の首がくわえている紙きれを、ツとむしり取って、造酒の足もとへポイとほうった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それでもし不幸にして離婚になると、その男は大いに怒ってその女の結婚玉瑜をその頭の飾りからしてひんむしってしまう。むしってしまえばそれで離婚ということがきまります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
去年夫に白眼の黄色いのを発見されたのがちょうど今頃いまごろであったことを思い出すと、そのまま下りて行って、あの時夫がしたように平戸の花のよごれたのを一つ一つむしり始めた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの裏庭の無花果いちじくの陰で、さびしい花をむしっては、泉水へ流しながら、あれほど私が情をこめて、心のたけを申しました時も、うまくはずして、はっきりとした御返事は下されず。
レモンの花の咲く丘へ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こうした頽廃的な雰囲気の中に、いつも絶えない、座員間の軋轢あつれきと、華やかな底に澱む、ひがんだ蒼黒い空気とは、幼い黒吉の心から、跡形もなく「朗らかさ」をむしり取って仕舞った。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
いそいであたしは一掴ひとつかみくさむしつて、此児このこくちいてやつて、かうつた。
青楼十二時せいろうじゅうにときの図につきてはさながら人の心をむしるが如き色調のやわらかさを述べていふ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女はまったく、じっとしてはいられないような気持ちだった。のない気持ちで、彼女は自分というものを片っ端から引きむしってしまいたいほどだった。彼女の心臓はひどく痛んできていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
むしってはならん」とウクライナ人とさかあたまの老人が言った
かじかむ指を噛み、張りつむる胸をむしる。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
かれくるしさにむねあたりむしり、病院服びょういんふくも、シャツも、ぴりぴりと引裂ひきさくのであったが、やがてそのまま気絶きぜつして寐台ねだいうえたおれてしまった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
あくる日平次が谷中の清養寺へ行ったのは、まだ辰刻いつつ(八時)少し過ぎ、お類が朝の膳を片づけて、寺男の弥十は庭の草をむしり始めた時分でした。
ポプラの大木は鞭のようにしない曲りながら、撓い返すと見る間に、片側の葉は残らずぎ飛び、現れた枝は半身むしり取ったこのしろの骨のように見えます。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は絶えず、小びんの毛を掻きむしっては荒い吐息をつき、また、それにつれて刻み畳まれたしわが、ひくひくと顔一面に引っれくねってゆくのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こんなことを言って、いきなり其処そこにある草をむしって、朋輩ほうばいの口の中へ捻込ねじこむのもあった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
草をむしれ、馬鈴薯じゃがいもを掘れ、貝を突け、で、焦げつくやうな炎天、よる毒蛇どくじゃきり毒虫どくむしもやの中を、むち打ち鞭打ち、こき使はれて、三月みつき半歳はんとし、一年と云ふうちには、大方死んで
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
とみ嬢の好奇心は正に頂点に達し、両手は夢中で生垣の檜葉のむしりちらしている。
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
爪の色が見る見る灰色となり、握った指先にむしられたのは一本の桔梗ききょうの花であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
きっとまた、自分に隠れて会合へ出ていったのに相違はないと彼女は思った。なぜ妻にまで秘密にする必要があるのだろう? と思うと、彼女はなにかしらむしりたいような気持ちになっていた。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
男は拾うより早くも其羽そのはねむしり取って、燃えあがる火に肉をあぶった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と云ってから、又しばらむしっていて
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
念のために、玄々斎の着物、滝松の着物を一枚一枚調べましたが、花色木綿の裏のむしられた袷などは一枚も見当りません。
わたくしは何か心の記念のように渚の草の葉をむしり、流れに一葉舟を泛べてからまた小丘の上へ登って行きました。啓司はそこでなお待っていて呉れました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
くさむしれ、馬鈴薯じやがいもれ、かひけ、で、げつくやうな炎天えんてんよる毒蛇どくじやきり毒蟲どくむしもやなかを、鞭打むちう鞭打むちうち、こき使つかはれて、三月みつき半歳はんとし一年いちねんうちには、大方おほかたんで
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
家の周囲まわりに生える雑草はむしっても毟っても後から後からと頭をもたげつつあった。捨吉は表門の外へも出て見て、竹がこいの垣の根にしゃがみながら草むしりに余念もなかった。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
中には、首っ玉へかじり付かれたり、髪をむしられたり、わざと畳に滑って転げたり、きわどいことまでして見せました。
洋傘を振り腕を拡げて手に触れる熊笹をむしって行く。それは少年のような身軽さでもあり、自分の持地に入った園主のような気儘きままさでもある。そしてときどき私に
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
転げるように飛込んで来たのは、五十年配の女——お菊の母親のおらくでした。いきなり徳松を突き飛ばすと、そのひざの上から、娘のお菊をむしり取ります。
蛍雪は出来上ったものをむしって生醤油きじょうゆで食べると近来にない美味であった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「根のある毛が一本もないし、両端が細くなって枯れているところを見ると、切れた毛やむしり取った毛でもない」
その代り食物屋の軒電灯の集まっている暗い路地の人影を気にしたり、カフェの入口の棕梠竹しゅろだけを無慈悲にむしり取ったりした。それがどうやら田舎臭い感じを与えて、かの女に失望の影をさしかけた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
立ち上がると、お村を縛った縄を解いて、そのまま逃げ出そうとするのを、膝の下へ引据えて、引きむしるように、帯を解いて、着物を脱がせてしまいました。
昭青年はこれをいてはらわたむしられるような思いをしました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一枚の褞袍の裏が釘に引裂かれて、一寸五分ほど、むしり取られたまま白い綿を見せているではありませんか。
伊保木金太郎の着物からむしれたらしい、糸屑や小さいきれなどが引っ掛って居るではありませんか。