母子おやこ)” の例文
和尚さまは『お気の毒であるが、母子おやこは一体、あなたが禍いを避ける工夫をしない限りは、お嬢さまも所詮しょせんのがれることはできない』
半七捕物帳:01 お文の魂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つく/″\と小池は、田舍ゐなかの小ひさな町に住みながら東京風の生活にあこがれて、無駄な物入りに苦んでゐるらしい母子おやこ樣子やうすを考へた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
母子おやこのあいだの感情は、他人の見た眼のようなのではない。——そう腹のふくれるように思ったが、たった今、救われた恩義のてまえ
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お倉やお俊は主人のぜんを長火鉢の側に用意した。暗い涙は母子おやこほおを伝いつつあった。実は一同を集めて、一緒に別離の茶を飲んだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
母子おやこ二人の生活を支えるに十分でありましたから、瓦葺かわらぶきのこじんまりした家に、二人は比較的平和な日を送っていたのでありました。
白痴の知恵 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
顔形、それは老若の違いこそはあるが、ほとほと前の婦人と瓜二うりふたつで……ちと軽卒な判断だが、だからこの二人は多分母子おやこだろう。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
あの人たち母子おやこ二人きりどすさかい、同じ病気になるのやったかてまだお母はんの方やったら困っても困りようがちがいますけど
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
とりあえず巴里パリーから遠くも離れぬサン・ジェルマンの森に住む彼女の女友達の処へ寄寓させて、母子おやこ共当分の休養を取らせる事にした。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
浪人者の文治郎が身を捨てゝも藤原母子おやこを助けたいと思って斯様かように致しました、元より人を殺せば命のないのは承知して居ります
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
今日に到るまで茫乎ぼうことして、推理の範囲外にある事実と同時に「つくし女塾内には呉一郎母子おやこと、女塾生に関する以外の事跡を認めず」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「実は私ども母子おやこは、よんどころないことから、もはやこの国にすまつてをられなくなりましたのでございます。」と申しました。
孝行鶉の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
母子おやこ三人のおちつき場ができたから、そこへいけばどうやら不自由なく暮らしてゆける、関ヶ原くずれなどとも云われずにな」
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
母子おやこの間に、暫らくは沈黙が在つた。美奈子は、屠所に引かれた羊のやうに、たゞ黙つて立つてゐる外は、何うすることも出来なかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
その晩は叔父と従弟いとこを待ち合わした上に、僕ら母子おやこが新たに食卓に加わったので、食事の時間がいつもより、だいぶおくれたばかりでなく
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
南老人、そんな事は委細構わず、浩一郎母子おやこへやでしたと、同じような事を、根気よく繰り返して、しさいらしく首を曲げて居りましたが
古銭の謎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
だから親身の母子おやこの情の出ないのは当り前だ、それを無理に出そうとすれば、自然、どこかからお剰銭つり反動しかえし)が出て来るにきまっている。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
中年にちかづくに従って元気のない影のような人間になっていたが、旧友の遠藤に説きすすめられ、光子母子おやこの金にふと心が迷って再婚をした。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
自分じぶんも、かたわらへながながとて、ちちをのませました。これが、いつまでもつづくものなら、母子おやこのねこは、たしかに幸福こうふくだったでしょう。
どこかに生きながら (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして、幡江から堕胎を拒絶されたとすれば、それは母子おやこごと葬ろうとしたと云っても、もはや心理上の謎でなくなるのだ。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
木村はその後すぐ早月母子おやこを追って東京に出て来た。そして毎日入りびたるように早月家に出入りして、ことに親佐の気に入るようになった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お柳の手もとに育てられて来た女の子が、お増の方へ引き渡されたのは、お柳母子おやこがいよいよ東京を引き払って行こうとする少し前であった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
母子おやこぢやいよ、老婆ばゝあの方は月の初めから居るが、別嬪の方はツイ此頃だ、何でも新橋あたりの芸妓げいしやあがりだツてことだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
父は親切な人であつたから、俺等母子おやこの幸福を謀つて斯く遺言したのである。事実に於て母と義母との間には堪へざる暗闘があつたのであつた。
悪魔の舌 (新字旧仮名) / 村山槐多(著)
それでも時々隣の離れのひさしの上に母子おやこの姿を見かける事はあった。子猫こねこは見るたびごとに大きくなっているようであった。
ねずみと猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とてもみじめなまずしい母子おやこ二人の荒物屋があって、小娘のおとめさんもお婆さん見たいにうつむいて、始終ふるえているように見えた人だった。
轟然ごうぜんと飛ぶが如くに駆来かけきたッた二台の腕車くるまがピッタリと停止とまる。車を下りる男女三人の者はお馴染なじみの昇とお勢母子おやこの者で。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
庭には沈丁花ちんちょうげあまが日も夜もあふれる。梅は赤いがくになって、晩咲おそざき紅梅こうばいの蕾がふくれた。犬が母子おやこ芝生しばふにトチくるう。猫が小犬の様にまわる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ところが、ある夜、花井母子おやこは夜逃げしてしまい、どうやら主人の金で株をして穴をあけたためだと、あとで分った。
婚期はずれ (新字新仮名) / 織田作之助(著)
一体その娘の家は、母娘おやこ二人、どっちの乳母か、ばあさんが一人、と母子おやこだけのしもた屋で、しかし立派な住居すまいでした。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこで、その母子おやこなきがらをのむ壁を、永遠に守り、かつ、見はるために、千里をゆく其方そちこまを、あれなる護摩堂の前にすえようと一決したのじゃ。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
これよりずっと前に、ポリデクティーズ王は、この流れ箱に乗って彼の領地へ来た母子おやこの他国者を見ていました。
死なうとする母子おやこの場面で皆なが泣き、そんな芝居よりも祖母や母までがさめ/″\と涙を流してゐるのを傍見して、却つて悲しくなつたことがあるが
サクラの花びら (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
木枯こがらしのおそろしく強い朝でしてな。あわれな話ですね。けれども、あの子は、見どころあります。それから母子おやこふたりで、東京へ出て、苦労しました。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おじょうさんはジェミイ母子おやこがどんなにしんせつにしてくれたかも話したので、両親は、どうしてこのお礼ができるでしょうと、心から感謝するのだった。
ジェミイの冐険 (新字新仮名) / 片山広子(著)
それからそれへと思いめぐらして、追懐おもいではいつしか昔の悲しい、いたましい母子おやこの生活の上にうつったのである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
こは世にありがちの押し問答なれどわれら母子おやこの間にてかかるたぐいの事の言葉にのぼりしは例なきことなりける。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母子おやこの前にあらはれたる若き紳士は、そのたれなるやを説かずもあらなん。目覚めざましおほいなる金剛石ダイアモンドの指環を輝かせるよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
母子おやこして人ンの軒下を借りとる今よりやね、わしは學問がないから理窟はなにも知らん、ただ何事にまれ
第一義の道 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
おきぬ あたし達母子おやことお前さんとは、縁もゆかりもない赤の他人だのに、こうして親切にして貰っているのを思うと、つい泣けて、しようがないのですよ。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「お寒う御座います。どうぞおあたり下さいませ。」母子おやこは靜かに水のたれる音を耳にしながら火鉢によつた。
三十三の死 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
畜生婆あ! 鬼婆あ! 人でなし! お前達母子おやこでグルになつて、一人の可哀さうな女を虐めようてんだろ! 血も涙もない母子おやこぢやないか! 多次郎、多次郎
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
いろいろの人物をあの記憶の簾の前に立たせて見て、もっとも心にかなったのが母子おやこの姿でした。これが、昭和九年、帝展出品の「母子」になったのでございます。
下宿げしゅくをしてはとすすめられたのを、母子おやこいっしょにくらせるのをただ一つのたのしみにして、市の女学校の師範しはん科の二年をはなれてくらしていた母親のことを思い
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
お前さん母子おやこが今のように貧乏に苦しむのですから、いわば因果応報で、如何いかんとも致し方がないのです。
汝達そちたち談話はなしはようわしにもきこえてました。人間にんげん母子おやこ情愛じょうあいもうすものは、たいていみなああしたものらしく、俺達わしたち世界せかいのようになかなかあっさりはしてらんな。
だかち、母親のケニンガム夫人は、この二個の名をいろいろに使って、娘をらそうと努力していた。言うまでもなく、ケニンガムは倫敦ロンドンから来ている母子おやこである。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
それにつけても、清盛の仕打ちの口惜しさが、又想い返されてきて、母子おやこは又涙に埋れるのであった。
「余計なお世話だと? 余計なお世話かはしんねえが、もしあん時にだれも世話する者がなかったら、てめえら母子おやこはどんなになっていたか、それを考えてみろ!」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
氏はいつもの癖ですぐ声をたててわめいた。襖をけて出て来たのは氏の老母であつた。酒井氏は初めてうちのなかに母子おやこ二人しかゐなかつたことに気が付いて恐縮した。
笑ふて語る時あらんも知れずよし貧賤に終るとて此の母子おやこの慈愛ありなまじ富貴にして却つて財物ざいもつ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)