桟敷さじき)” の例文
旧字:棧敷
と刹那の大衆は、何の声もなかった——とまず京極方の桟敷さじきがドッと勝鯨波かちどきを爆破させ宮津城下の町人も喊声かんせいを上げてそれに和した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
死顔しにがほ」も「くろわらひも」なみだにとけて、カンテラのひかりのなかへぎらぎらときえていつた、舞台ぶたい桟敷さじき金色こんじきなみのなかにたヾよふた。
桜さく島:見知らぬ世界 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
おおき蝦蟆がまとでもあろう事か、革鞄の吐出した第一幕が、旅行案内ばかりでは桟敷さじきで飲むような気はしない、がけだしそれは僭上せんじょうの沙汰で。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小紋更紗といえば、この、中村勘五郎の息子に、銀之助という少年役者が、その日、芝居の見物をしていた桟敷さじきの裏へ挨拶に来ていた。
桟敷さじき五人詰一間ひとまあたい四円五十銭で世間をおどろかした新富座——その劇場のまえに、十二、三歳の少年のすがたが見いだされる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
這入った処は薄暗い桟敷さじきのような処で、それに一杯に人が居るようであった。桟敷の前には、明るくて広い空間が大きな口を開いていた。
議会の印象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
丁度於伝仮名書おでんのかなぶみをやっていた新富座しんとみざを見物に行きますと、丁度向うの桟敷さじきの中ほどに、三浦の細君が来ているのを見つけました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
広場にはもう立派な毛布が敷きつめられ、不用な品々が山のように積まれ、四方には桟敷さじきが出来ていて、ぎっしり人だかりがしていました。
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その屋根裏へ通うのにはアトリエの室内に梯子段はしごだんがついていて、そこを上ると手すりをめぐらした廊下があり、あたかも芝居の桟敷さじきのように
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どうかすると紅葉や露伴や文壇人の噂をする事も時偶ときたまはあったが、舞台の役者を土間どま桟敷さじきから見物するような心持でいた。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
水上にさし出したる桟敷さじきなどの上に居るか、または水に臨む高楼こうろう欄干らんかんにもたれて居るか、または三条か四条辺の橋の欄干にもたれて居るか
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
天井桟敷さじきに陣どって見物してたんですが、とつぜんやぶから棒に、いやどうも驚くまいことか、その天井桟敷から、「ブラボー、シルヴァ!」と
その時彼は、桟敷さじきの入口の廊下に、祖父が立ってるのを見つけた。祖父はうれしいような恥ずかしいような様子をしていた。
筵で張った粗末な桟敷さじきの下から、丁度小紫人形のあたりを見るように陣取って、遅々たる夜の歩みを、生欠伸を噛み締め乍ら見詰めて居りました。
馬小屋が芝居しばい小屋になっていました。つまり、馬をつなぐ仕切りはそのまま残してあって、これをかざりたてて、見物の桟敷さじきにしてあったのです。
すでに桟敷さじきの申込みもして置いた次第——江戸まで名が響いている、当代名代の女形に、そのような、武術があろうなどとは、存じもよらなんだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
毎日のように舞台へ詰めて、桟敷さじきをかける世話までした。伏見屋の方でも鶴松に初舞台を踏ませるとあって、お玉の心づかいは一通りでなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
祖母と叔父とはやっと桟敷さじきの後の隅っこに座ることができたが、私の座るところがなかった。で、私はずっと後の方で立ったまま見ることにした。
粗末な桟敷さじき、というよりも寧ろ桟敷二列がこの建物の周囲をめぐっているのだが、これもまた原始的なものであった。
「あの、桟敷さじきにおいでなさる時に、ちらりとお見かけ申しましたが、切髪でいらっしゃるけれども、なかなか品のよい、美しいお方でございました」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それと同時に、今度はにぎやかな左右の桟敷さじきに対する観察をも決して閑却しなかった。世の中にはあんなに大勢女がいる。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
くれるの。でも向こう桟敷さじきはきらいよ。窮屈できたなくて、どうかすると乱暴な人や臭い人がいっぱいいるんだもの。
そのためには正面の一番よい桟敷さじきを初日から千秋楽まで買い切っておきますが、どうぞ充分に御覧下さいませ。下地の錦絵はここに持って参りました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
桟敷さじきのこゝかしこに欲然もえたつやうな毛氈まうせんをかけ、うしろに彩色画さいしきゑ屏風びやうぶをたてしはけふのはれなり。四五人の婦みな綿帽子わたばうししたるは辺鄙へんびに古風をうしなはざる也。
坂の中段もとに平生ふだん並んで居る左右二頭の唐獅子からじしは何処へかかつぎ去られ、其あとには中々馬鹿にはならぬ舞台花道が出来て居る。桟敷さじきも左右にかいてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのはたの下に、見晴らしのいい桟敷さじきがあって、醤主席は、幕僚ばくりょうを後にしたがえ、口をへの字に結んでいた。
道頓堀どうとんぼりの芝居に与力よりき同心どうしんのような役人が見廻りに行くと、スット桟敷さじきとおって、芝居の者共ものどもが茶をもって来る菓子を持て来るなどして、大威張おおいばりで芝居をたゞ見る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ほのかなびた庭隅に池と断崖とが幾曲りにも続いて、眺めのよい小高見には桟敷さじきや茶座敷があった。
酋長 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二条の大通りは物見の車と人とですきもない。あちこちにできた桟敷さじきは、しつらいの趣味のよさを競って、御簾みすの下から出された女の袖口そでぐちにも特色がそれぞれあった。
源氏物語:09 葵 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そのくねくね曲った方の一方にじのぼると、背中に負って来た棒や板やむしろなどを、その枝と枝との間に打付けて、たちまち其処に即製の桟敷さじきをこしらえ上げて了った。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
桜町の箔屋はくやが例年の通り桟敷さじきを造って船頭や財副ざいふく客唐人きゃくとうじんを招いて神事踊ば見せたのでござりました。
この興行は、蓋をあけてから、連日、大入満員をつづけているようだった。二階や、桟敷さじきはもとより、「虎ノ間」も、ぎっしりと詰まっていて、立錐の余地もない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それと同時に、玉屋たまや鍵屋かぎやの声々がどっと起る。大河ぶちの桟敷さじきを一ぱいに埋めた見物客がその顔を空へ仰向あおむける。顔の輪廓がしばらくのあいだくっきりと照らし出される。
ぼっとしたような目には、桟敷さじきに並んでいる婦人たちの美しい姿がだんだん晴れやかに映っていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
附近に在る大ススキ山と小ススキ山は、千九百十五米の三角点ある桟敷さじき山と千九百八十米の小在池こざいけ山に当っている、そしてコサイケ山とあるのは鍋蓋なべぶた山らしく思われる。
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
もちろん舞台の額縁プロセニアムは、オペラ風のただ広いものとなった。また、その下には、隠伏奏楽所ヒッヅン・オーケストラさえ設けられて、観客席も、列柱に囲まれた地紙形の桟敷さじきになってしまった。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そして女の桝からややはなれた桟敷さじきの囲いのそとに永く立っていた。私は胸に鼓動をかんじながら見ていると、女はお母さんと何か話をしいしい表の方へ目をやっていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
バルセロナの市長夫妻が、古風なスペイン服で高い桟敷さじきにつくと、金と紅で美装した闘牛士の群が騎馬で出て来て、司会者の前で昔ながらの武士的な挨拶をするのです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
「みんなはなにもかも知っていて、おれ一人がつんぼ桟敷さじきにいるみてえだ、宗ちゃんはおちついて飲めって云うけれども、これじゃあいくら飲んだって酔やあしねえや」
源蔵ヶ原 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
見ないのも残念とあって、二人、人をけて桟敷さじきに押し上がり、一角に陣取って活動を見る。
その時突然桟敷さじきの下で遊んでいた松川場主の子供がよたよたとらちの中へ這入はいった。それを見た笠井の娘は我れを忘れて駈け込んだ。「危ねえ」——観衆は一度に固唾かたずを飲んだ。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これは多分桟敷さじきから階子はしご乗りをしたんだろう。その頃の笑話にその時群集仰ぎ視る者夥し。
罪のない子役のませた仕草しぐさは、涙脆なみだもろ桟敷さじき婦人をんな客を直ぐ泣かせる事が出来るので、横着な興行師しうち俳優やくしややは、成るべく年端としはかない、柄の小さい子役を舞台に立たせようとする。
万八、河長、梅川、亀清、柳屋、柏屋、青柏、大中村と、庇を連ねた酒楼おちゃやでも、大川筋へ張り出した桟敷さじきへ、柳橋芸者に綺麗きらを飾らせ、空の一発千両と豪華のほどを競い、争っている。
円朝花火 (新字新仮名) / 正岡容(著)
顔なじみの出方に迎えられて導かれていった桟敷さじきは、花道寄りの恰好な場所でした。——下総から来た小芳の兄というのは、打ち見たところ先ず三十五六。小作りの実体じっていそうな男です。
桟敷さじきに立っていた彼女がすだれを掻き上げ、「如鬼形之女法師顔」[鬼形の如き女法師顔]をさし出して、「駿馬之骨ヲバ不買かわざるヤ。アリシ」と言った(古事談、第二、臣節)という伝説は
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
連隊の士官たちは、毎晩九時頃から、昼間の練兵の疲れをまったく忘れたかのように、銘々、緑色の新しい軍服に着替えて、ひげをていねいに手入れして、小劇場の桟敷さじきに顔を並べていた。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
正面桟敷さじきには大御所様はじめ当の主人の満千姫様まちひめさま、三十六人の愛妾達、姫君若様ズラリと並びそこだけには御簾みすがかけられている。その左はつぼねの席、その右は西丸詰めの諸士達しょさむらいたちの席である。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それ等の人々は脂粉の気が立ちめている桟敷さじきの間にはさまって、秋水の出演を待つのだそうである。その中へ毎晩のように、容貌魁偉ようぼうかいいな大男が、湯帷子に兵児帯へこおびで、ぬっとはいって来るのを見る。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それを見下ろして、ぐるりと高く雛段形の桟敷さじきが取り巻いている。