暇乞いとまご)” の例文
再び東京を見うるの日は、どんなにこの都も変わっているだろう。そんなことを思いうかべながら、あちこちの暇乞いとまごいにも出歩いた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
生命救助者を装う髭蓬々の男は、濡れていた半纏が乾いたというので、これに着かえながら、そろそろ暇乞いとまごいをする気色けはいに見えた。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
直談判じきだんぱんをして失敗した顛末てんまつを、川添のご新造にざっと言っておいて、ギヤマンのコップに注いで出された白酒を飲んで、暇乞いとまごいをした。
安井夫人 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
国から旅費を送らせる手数てかずと時間を省くため、私は暇乞いとまごいかたがた先生の所へ行って、るだけの金を一時立て替えてもらう事にした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
帰る時に、兄も暇乞いとまごいに来たが、兄は特に私にむかって、大人はからだが弱そうであるから、秋になったらば用心しろと注意して別れた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
なお後に残って、宝寺たからでらの城下で、療養につとめていた柴田伊賀守勝豊も、ようやく健康に復したので、一日秀吉に暇乞いとまごいをなし
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もうお暇乞いとまごいが近くなった。お前と一しょに行ってしまわなくってはならない。己たち二人の時間がおしまいになるのだよ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
心がきまれば話は早い方がよいと、お松はそのつもりで御老女に暇乞いとまごいをすると、御老女も惜しみながらゆるしてくれました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただの百姓や商人あきゅうどなど鋤鍬すきくわや帳面のほかはあまり手に取ッたこともないものが「サア軍だ」とり集められては親兄弟には涙の水杯で暇乞いとまごい。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
暇乞いとまごいして帰ろうとすると、停車場ステーションまで送ろうといって、たった二、三丁であるがくまなくれた月の晩をブラブラ同行した。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
めては父母兄弟けいてい余所よそながらの暇乞いとまごいもなすべかりしになど、様々の思いにふけりて、睡るとにはあらぬ現心うつつごころに、何か騒がしき物音を感じぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
とおりおききしたいことをおききしてから、お暇乞いとまごいをいたしますと『また是非ぜひうぞちかうちに……。』という有難ありがたいお言葉ことばたまわりました。
月めの終わりに、悟浄はもはやあきらめて、暇乞いとまごいに師のもとへ行った。するとそのとき、珍しくも女偊氏は縷々るるとして悟浄に教えを垂れた。
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
私は早くから同氏に転居の意思あることを話しておいた。そして、或日私は、北京土産に貰った玉版箋を携えて、暇乞いとまごいかたがた同氏を訪問した。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
幸いオークランドに小農地を持ってとにかく暮らしを立てているおいを尋ねて厄介やっかいになる事になったので、礼かたがた暇乞いとまごいに来たというのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お師匠様が小松谷の禅室にお暇乞いとまごいにいらした時法然様は文机ふづくえの前にすわって念仏していられました。お師匠様は声をあげて御落涙なされましたよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
かくて新家元へ相伝の大任を終った翁が、藩公長知侯にお暇乞いとまごいに伺ったところ、御垢付あかつきの御召物を頂戴したという。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
むこうでも弟と声を掛ける事も出来ん、なれども血筋と云うものは仕方が無いもので、今晩もし死すれば兄の顔はこれが見納め、余所よそながら暇乞いとまごいと心得
修繕の終った天祥丸は、K造船工場に暇乞いとまごいをして芝浦へ急行しなければならない。そこで出渠しゅっきょの作業が始まる。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
して、もう一度上方かみがたのぼることになりました。で、今日はそのお暇乞いとまごいかたがた参上したような次第でございます
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
それより後明治三十六年に及びてわれ亜米利加アメリカに渡らんとするの時暇乞いとまごひに赴きし折には先生は麻布龍土町あざぶりゅうどちょうきょを移され既に二度目の夫人を迎へられたりき。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
お雪は旅へ出る少し前に、お増のところへ暇乞いとまごいに来て、いつものとおり、二日ばかり遊んでいながら、そう言って、変って行く自分の身のうえをわらっていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
身なりは変って居りますが、三ヶ月前此処ここへ来た時と同じコバルト色のスーツケースをさげて、寿美子は小杉卓二の、あのちらばった書斎へ暇乞いとまごいに行ったのです。
身体からだを楽になさいましてはおきになりましたきん琵琶びわを持ってよこさせになりまして、仏前でお暇乞いとまごいにお弾きになりましたあとで、楽器を御堂みどうへ寄進されました。
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
何でもおれが船へ乗り込む二三日前だった、おめえのところへ暇乞いとまごいに行ったら、お前のちゃんが恐ろしく景気つけてくれて、そら、白痘痕しろあばたのある何とかいう清元の師匠が来るやら
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
付けねばならず彼是かれこれの取まぎれに何處どこへも暇乞いとまごひには出ず廿五日出社の戻りに須藤南翠すどうなんすゐ氏に出會ぬさて羨やましき事よ我も來年は京阪漫遊と思ひ立ぬせめても心床こゝろゆかしにおんみの行を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
本心はやっぱり御奉公がしていたかったのでございましょう、途中からひき返してまいりましたのは、たぶんもうひと眼坊さまにお暇乞いとまごいでもする積りだったのでしょうが
日本婦道記:二十三年 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
同棲慇懃いんぎんし、その家の亭主は御婿入りかたじけなや、所においての面目たり、帰国までゆるゆるおわしませと快く暇乞いとまごいして他の在所へ行って年月を送ると(『北条五代記』五)。
でも、そうそうは宿屋住いも出来ませんので、今日はお暇乞いとまごいにお詣りをしたのでございます
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と、みんなのものに言われて、私は叔母と一緒に学校や近所の家へ暇乞いとまごいにまわった。私の着たのは縮緬の重ねに、襦珍の帯、大きな赤いリボン、そういったものであった。
「実はね、旦那に内証で一寸奥さんのところへお暇乞いとまごひに行つて来たんですよ。あの方には随分よくして戴いたんですからね。」と、婆やは人に物をう隠してゐないやうに
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
幾らか補助金をも貰つてゐるので、出発ぜんに一度この富豪を訪ねて、暇乞いとまごひの挨拶をした。
皆々此の世の暇乞いとまごいに文などを書きしたゝめたが、その間に三条河原では、二十間四方の堀を掘り、鹿垣しゝがきめぐらし、三条橋の下に三間の塚を築き、秀次の首を西向きに据え
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三日めに暇乞いとまごいをして、腰元に路まで送ってもらって、もとの村に帰って来ました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
大学を新しく卒業して、地方の中学校即ち今の高等学校などへ赴任する学生が、先生のところへ暇乞いとまごいに行くと、先生はどういうところへ行っても、研究だけは続けなさいとさとされた。
線香の火 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼女は涙ながらに、ロージャが彼女のところへ暇乞いとまごいに来た時の模様を話した。
「兄貴、われは今熊本の戦争にくところにてちょっと暇乞いとまごいに立ちよりぬ」
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
それは(先生さようなら、永久にお暇乞いとまごいをいたします)と書いてあった。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私の孫が幾つぐらゐのとき、私はこの世から暇乞いとまごひせなければならないだらうか。人間の小さい時には親に死なれても、涙など出ないものである。すなはち、大人のやうに強い悲しみが無いものである。
(新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そこで大変立派な御馳走ごちさうが出まして、正助爺さん、すつかりいい気持に酔つて夜の更けるのも知りませんでしたが、そのうちに東が白んで来ましたので、やうやく気がついて、お暇乞いとまごひを申しますと
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
平生へいぜい親しくした友だちは多くは離散して、その時町にいるものは、活版屋をしている沢田君ぐらいのものであった。清三はその往来した友の家々を暇乞いとまごいをして歩いた。北川の家には母親が一人いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
使番つかいばん大番頭五百石多賀一学などが暇乞いとまごいをして匇々そうそうに退散した。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
この思い出深い植物学教室にオ暇乞いとまごいをするのである。
「道で寄って暇乞いとまごいをする、ぜひ高岡を通るのだから」
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四月十七日の朝、長十郎は衣服を改めて母の前に出て、はじめて殉死のことを明かして暇乞いとまごいをした。母は少しも驚かなかった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
光秀は、主君とわかれて、ここから丹波たんばの領地へ帰る予定である。——で、明るいうちにと、自分の宿舎からいま暇乞いとまごいのためここへ来た。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでもうこの土地にいる必要もないので、徐はさらに暇乞いとまごいに行きますと、青年はまた四枚の大きい杉の板を出しました。
わたくしはその夜十時過ぎに先生の家を辞した。二、三日うちに帰国するはずになっていたので、座を立つ前に私はちょっと暇乞いとまごいの言葉を述べた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
以前彼の飛騨行きを機会に長の暇乞いとまごいを告げて行った下男の佐吉は、かみさんとも別れたと言って、また山口村から帰って来て身を寄せている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それでも、つとめて抑制して、伊太夫へは丁寧な挨拶を試みたつもりですけれども、挨拶が済むと早くも暇乞いとまごいでした。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)