かたき)” の例文
それにその目の恨めしそうなのがだんだん険しくなって来て、とうとうかたきの顔をでもにらむような、憎々しい目になってしまいます。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
黒助兄哥あにい、怨みのある石見様は隠居した上、御親類中から爪弾つまはじきされて、行方不明になってしまった。かたきは討ったも同じことだろう。
「さうねえ、だけれどみんながあの人を目のかたきにして乱暴するので気の毒だつたわ。隣合つてゐたもんだから私までひどい目にあはされてよ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「いやなかなかもちまして。そのようなお方でござりましたら、われわれ兄妹苦労いたしませぬ。……かたきで! ……はい、親の敵で」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此処こゝ食客いそうろうに参っていて夫婦同様になって居た新吉と云うのは、深見新左衞門の二男、是もかたき同士の因縁で斯様かようなる事に相成ります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
記録きろくつゝしまなければらない。——のあたりで、白刃しらは往來わうらいするをたは事實じじつである。……けれども、かたきたゞ宵闇よひやみくらさであつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その間にかたきねらう上野介の身に異変でもあったらどうするかと、一に仇討の決行を主張するものとがあって、硬軟両派に分れていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
「それは高慢というものよ奈尾さん、そんなことではすみませんよ、来てくだすった方たちみんなをかたきにしてしまうつもりですか」
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「貴様は大事の/\わしの坊やを、其の石でおさへ殺したんだな。今にかたきうつてやるぞ!」と、叫びながら、鋭いきばを剥き出しました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
「お前さんは実に偉い。智慧者ちえしゃだねえ。そうすればお玉さんは松五郎の子で無いのだから、かたき同士の悪縁という方は消えて了うね」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「世の中は金と女がかたきなり、早く敵にめぐり逢いたし」——いつぞや辻講釈で聞いた冒頭まくらの歌が、ひしひしと迫って来るようです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
諸国の志士を眼のかたきにして、ろくに罪の有無もしらべずに酷に失した罰を加えるので、玄鶯院の身内に油然と復讐ふくしゅうの血が沸き起こった。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大伴の大納言は一生のかたきだなんぞとむきになって憎んだりしていたあの頃の自分がまるで嘘のように馬鹿馬鹿しく思われて来るのだよ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
どんなかたきを打たれるかも知れないというかすかな恐怖であった。この場をどう切り抜けたらいいか知らという思慮の悩乱でもあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その間、「門閥は親のかたきでござる」と心に叫びはしてもついぞ陽に「門閥」と闘ったことのない、固く抑制され、韜晦された魂であった。
福沢諭吉 (新字新仮名) / 服部之総(著)
これも親のかたきのようなもので、私の尋ねるかたきと他の人の敵とは別人であるように私の書物は私が尋ねるよりほかに道はない。
読書の今昔 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
姉妹は、抱茗荷の説をそのまま、かたきどうしの双生児として生まれました。そして二人はいずれとも区別のつかぬほどよく似ていたのです。
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
「おい!君、お体裁は止めよう。我々はお互に、どうしたら勝てるかと相争うかたき同士だ。もうお互に敵として談判を始めよう。」
この時また、転ぶ様に馳けつけて来た女、この二日間小田島に纏り続け、彼の前でイベットを目のかたきののしり通して居たあの女だ。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
車力しゃりきは「残念ですなア。かたきをにがしてしまって……常陸丸ひたちまるではこの近辺きんぺんで死んだ人がいくらもあるですぜ。佐間さまでは三人まであるですぜ」
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
実之助は、この半死の老僧に接していると、親のかたきに対して懐いていた憎しみが、いつの間にか、消え失せているのを覚えた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして、今度こそ引っとらえて眼に物見せてくれようと、それを楽しみに思っているくらいだ。わしは君代のかたきが討ちたいのだよ
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かつてマルクス主義者は、口を開けばすぐブルジョアがいけないと、まるでかたきのようにののしりました。不倶戴天ふぐたいてんのごとくに攻撃いたしました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
時の御門を悩ましたてまつろうとするとき、公達きんだち藤原治世の征討を受け、かたきと恋に落ちて、非望をなげうつという筋の、通し狂言——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
目のかたきにやっきとなることか! 彼等が毎週繰返して、俺には勢力が無いと吹聴ふいちょうせねばならぬ程、俺は勢力をっている訳だ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
前将軍の早世も畢竟ひっきょうこの人あるがためだとして、慶喜を目するに家茂のかたきであると思うやからは幕府内に少なくないばかりでなく
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、何故なぜかたき行方ゆくえほぼわかった事は、一言ひとことも甚太夫には話さなかった。甚太夫は袖乞そでごいに出る合い間を見ては、求馬の看病にも心を尽した。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ボルの奴らに政権とらせてなるもんかよ、なんて、まるで資本家よりもそっちの方が目のかたきなのね。二円ぐらいに喜んでさ。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
思はゞお花殿に力をそへかたき吾助を討取べしと其許心付れしならば其由悴に告て給るべし又此金子はわづかながらお花殿へしんじ申度とて金二百兩の包を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
というのも、るのが自分じゃなくて、あのニーナさんだからなんです。僕の脚本も見ない先から、眼のかたきにしてるんだ。
「——何ですえ、このざまは! かたきの女を、無理に、自分のものにして、それが何で面白い? ……。犬畜生も同じことだ、武士らしくもない」
野槌の百 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この世でかたきどうしに生まれて傷つけ合っているものでも、縁という事に気がつけば互いに許す気になるだろうと思います。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
その以下の者にむかって自分が軽蔑されたけソレ丈け軽蔑してれば、所謂いわゆる江戸のかたきを長崎でうって、勘定の立つようなものだが、ソレが出来ない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ハラハラとこぼして更にお浦の死骸にしがみ附き「誰に此の様な目に遭わされました、浦子さん、浦子さん、此のかたきは必ず高輪田長三が打ちますから」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
いわゆる江戸の姑のそのかたきを長崎の嫁でって、知らず知らず平均をわが一代のうちに求むるもの少なからぬが世の中。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
お母さまは、シンデレラを目のかたきのようにして、わざとたくさんの用事をいいつけて、朝から晩までこき使いました。
シンデレラ (新字新仮名) / 水谷まさる(著)
私達はたゞくじを引いただけよ。そして仕方が無いと思つてゐるのよ。——しかし杉山さん。私達はお前さんのかたきなの? お前さんは私達のてきなの?
疵だらけのお秋 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
このかたきはきっとせがれに討たしてくれよ、と一言いい して、船艙キャアルの口から飛び込んで船底に頭を打ちつけてごねやした。
おせいは、こぶしをつくってみせた。タツもうなずいた。組長たちは、ちかごろ『赤煉瓦』で、いろんなことをッぱ抜かれるので、眼のかたきにしていた。
工場新聞 (新字新仮名) / 徳永直(著)
いや、この市街から永遠に去って行ったのである。かたき同士の不思議な旅が始まった。怪奇に充ちた生活がはじまった。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「誰か、まあ、あんたのかたきっていうようなもの、あんたを悲しい目にわせたり、あんたに迷惑をかけたりした人間」
政右衛門の「危うき場所」を救った幸兵衛は、実は政右衛門の師匠であり、そうしてこの師匠の娘お袖は実は政右衛門のかたき河合股五郎かわいまたごろう許嫁いいなずけである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
大きな鞄はここでかたきを取ってやろうと思って、火事が済んだあとで人が開けようとすると、口をしっかりと閉じて中の小さな鞄を出すまいとしました。
二つの鞄 (新字新仮名) / 夢野久作香倶土三鳥(著)
「足しになろうがなるめえがいいやな。おいらはただ、お前のかたきを討ってやりさえすりゃ、それだけで本望ほんもうなんだ」
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
自分のことを眼のかたきにして、手の上げ下しにろくなことを云わない津村にしたところで、腹の中は見え透いている。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「マア!」と言うて人のいい細君は眉をひそめた、私もかたきながらこの話を聞いては、あんまりいい気もしなかった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
彼はずっと前から何かかたきを討ってやろうと待ち構えているのだから、この好機会を見のがすことはできなかった。
それだのに自分がそんなに評判を立てられるといふのは、この二人にところがないに相違ない。座頭役、かたき役の評判では見物は来ないものだといふのだ。
どうしてわたしとあなたとがかたきどうしでしょう。わたしてきは、ほかになければなりません。戦争せんそうはずっときたほうひらかれています。わたしは、そこへいってたたかいます。
野ばら (新字新仮名) / 小川未明(著)
ロミオ ではカピューレットのむすめか? おゝ、おそろしい勘定狂かんぢゃうくるはせ! おれいのちはこりゃもうかたきからの借物かりものぢゃわ。