彼方此方あちらこちら)” の例文
さうして彼方此方あちらこちらまぐさや凋れた南瓜の花のかげから山の兒どもが栗毛の汗のついた指で、しんみりと手づくりの笛を吹きはじめる。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
是から檀家へ此の話を致しますると、孝行の徳はえらいもので、彼方此方あちらこちらの檀家から大分だいぶ餞別が集まって、都合三十両出来ました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
電車の内でも角力の噂がされてゐたが、電車を下りてからも、彼方此方あちらこちらの店先で、誰れが負けたの勝つたのと、興ありげに語られてゐた。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
ソクラテスは鴆毒ちんどくおわったち、暫時の間は、彼方此方あちらこちらと室内を歩みながら、平常の如くに、門弟子らと種々の物語をして
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
三人は、黙つたまゝ園内を、彼方此方あちらこちらと歩いた。誰も口を利かなかつた。皆が、舌を封ぜられたかのやうに、黙々としてたゞ歩き廻つてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ところが、兵営の彼方此方あちらこちらに、こおれる旗とおびただしい雪の吹きだまりが眺められただけで、陣内には、一兵も見えない。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
這麽こんな事を出任せに口走つて見て、渠はヒヨクリと立上り、杉の根方を彼方此方あちらこちらわざと興奮した様な足調あしどりで歩き出した。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二人の妹たちが彼方此方あちらこちらったり来たりもよかったけれども、これからそうは行かないとすると、もともと二人は本家に属する人なのであるから
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人はお壕ばたの広い通りに出た。夜が更けてもまだ十二時前であるから彼方此方あちらこちら、人のゆききがある。月はさやかにてりて、お壕の水の上は霞んでいる。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
蚯蚓みゝずが風邪の妙薬だといひ出してから、彼方此方あちらこちらの垣根や塀外へいそと穿ほじくり荒すのを職業しやうばいにする人達が出来て来た。
陳列台と陳列台の作る迷路を、彼方此方あちらこちらと逃げまどう金色の怪物、はさみ撃ちにしようとあせる追手の人々。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、彼方此方あちらこちらと尋ねてみたが、それらしい家がないので、不思議に思いながら帰ろうと思って新幡随院しんばんずいいんの方へ来た。新三郎はもうへとへとになっていた。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其処で女房は一寸ちょっとした洗濯物をしたり、彼方此方あちらこちらの使ひあるきをしたりして、暮しを助けてゐたのです。
火つけ彦七 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
包が邪魔になるとそれを座敷の眞中に置き放しにして來て、在所ありかを忘れて又彼方此方あちらこちらを探したりした。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
此處こゝを、發車はつしやころよりして、乘組のりくみ紳士しんし貴夫人きふじん彼方此方あちらこちらに、フウ/\と空氣枕くうきまくら親嘴キスするおと。……
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
鶯が庭に来て、軒端のきばに近い木を彼方此方あちらこちらと飛び移っている、その影が障子にうつる、というのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
まだ外に男の半身像や様様さま/″\の石膏像がとをばかりも彼方此方あちらこちらに置かれてあつた。帰りみちを聞くと
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
畑尾は昨日きのふ彼方此方あちらこちらで聞いた鏡子の噂などを語るのであつたが、鏡子は此人が今に大阪なまりを忘れ得ないで居るのが、一層この人をなつかしのある人にするのであるやうに
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
明日は六社様のお祭りだ! 明後日は、祭りの翌日で、草臥くたびれ休みだ。彼方此方あちらこちらの田圃に散らばって田の草を取っている娘達は、皆んな歌ったり巫山戯ふざけたり、大変な元気だった。
駈落 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
私の写生の仕方がいつもそうで、彼方此方あちらこちらから部分々々のいい処をとってはそれを綜合するというやり方で、武子さんにも立ったり掛けたりして貰って、それを横や後ろから、写さして頂いたのです。
好きな髷のことなど (新字新仮名) / 上村松園(著)
今日しも三月二十二日殿様平左衞門様にはお非番でいらっしゃれば、庭先へて、彼方此方あちらこちらを眺めおられる時、此の新参の孝助を見掛け。
三人は、黙ったまゝ園内を、彼方此方あちらこちらと歩いた。誰も口をかなかった。皆が、舌を封ぜられたかのように、黙々としてたゞ歩き廻っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
階下したでは、老父母としよりも才次夫婦も子供達も、彼方此方あちらこちらの部屋に早くから眠りに就いて、階子段はしごだんの下の行燈あんどんが、深い闇の中に微かな光を放つてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
三人のうちで一人洋装をしている妙子は、身軽に彼方此方あちらこちらと、そこらに散らばった畳紙の中味を調べてみて、それを見附けると又姉のうしろへ廻った。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
取り残された彼方此方あちらこちらの陰鬱な重い土蔵の廂合ひあはひから今はまたセンチメンタルな緑色の星の影さへ一つ二つときらめき初める、ホフマンスタールの夜の景色
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「でも、剣においては。——いやよくお名まえは彼方此方あちらこちらで聞きますぞ。……そうだ、やはり佐々木小次郎」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
思うようなところがないので、彼方此方あちらこちらと探し歩いた、すると一個所、面白い場所を発見みつけた。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さつきは雨脚あめあししげくつて、宛然まるで薄墨うすゞみいたやう、堤防どてだの、石垣いしがきだの、蛇籠じやかごだの、中洲なかずくさへたところだのが、点々ぽつちり/\彼方此方あちらこちらくろずんでて、それで湿しめつぽくツて
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
仕様事なさに、一日門口へ立つて見たり、中へ入つて見たりしてゐたが、蛇の目傘をさした源助さんの姿が、時々彼方此方あちらこちらに見えた。禿頭の忠太おぢと共に、お定の家の前を通つた事もあつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
好い天気が続くので下宿の窓から眺めて居ると、彼方此方あちらこちらの家で大掃除がはじま色色いろいろの洗濯物が干される。寝台ねだいの藁蒲団までが日に当てられる。一体に巴里パリイの女の掃除きな事は京都の女と似て居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
叔父は武家奉公は面倒だから町家ちょうかけと申しまして彼方此方あちらこちら奉公にやりますから、私も面当つらあてに駈出してやりました
自動車の窓に吹き入って来る風は、それでもやや涼しかったが、空には午後からの暑気を思わせるような白い雲が、彼方此方あちらこちらにムク/\とき出していた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と驚いた人々が、提灯を振り廻しつつ、さながら、次郎の手足の如くになって彼方此方あちらこちらを探しはじめました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼れは他郷から歸省した者のやうに、今夜は少年時代の自分の姿を闇の中の彼方此方あちらこちらに見詰めた。……もつと快活で元氣のよかつた昔の事が未生前みしやうぜんの事件のやうに心に浮んだ。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
戦国のことゝて彼方此方あちらこちらにかっせんのたえまはござりませなんだが、いくさがあればそれだけにたのしいこともござりまして、殿様が遠く御出陣あそばしていらっしゃいますと
盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……裏町うらまち横通よこどほりも、物音ものおとひとつもきこえないで、しづまりかへつたなかに、彼方此方あちらこちらまどから、どしん/\と戸外おもて荷物にもつげてる。此處こゝはうかへつておしつゝまれたやうにはげしくえた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
声は小迷さまよふ様に、彼方此方あちらこちら、梢を渡つて、若き胸の轟きに調しらべを合せる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
僕等は博士のお供をして彼方此方あちらこちらを訪問した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
と娘は右の金を神棚へ上げ、そのうち暗くなるから彼方此方あちらこちら片付けるうちぽつーり/\と降出して来ました。
夕餐ゆふめしの膳が片付いて、皆んなが彼方此方あちらこちらへ別れてゐるところへ、俥夫の提灯ちやうちんを先に、突如だしぬけに暗い土間へ入つて來た。散らばつてゐた家の者はまたぞろ/\出て來て一ところ/\に集つた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
と、彼方此方あちらこちらを、殆ど、無我夢中に駆けまわり、暴風雨あらしゆる樹々のように
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女の匂がまだこまやかに立ちめている暗がりの中にびしい雨の音を聞きながら、彼は夜もすがらまんじりともせずにいたが、次第に明け方が近くなって来、彼方此方あちらこちらでガヤ/\人声がし始めると
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と両手を差伸さしのべれば、お嬢様は恥かしいのが一杯なれば、目もくらみ、見当違いのところへ水を掛けておりますから、新三郎の手も彼方此方あちらこちらおいかけてようよう手を洗い
まだ私の娘の死骸が分りませんので諸方へ手分てわけをして捜している内、何処其処どこそこういう死骸が流れて来たなどゝ人の噂を聞き、船で彼方此方あちらこちら捜して永代の橋の処まで来ると
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
彼方此方あちらこちらを見ながら水司又市がぶらり/\と通掛りますると、茶屋から出ましたのは娼妓しょうぎでございましょう、大島田おおしまだはがったり横に曲りまして、露の垂れるような薄色のこうがいの小長いのを
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御番退ごばんびけから御用おおでいらしって、彼方此方あちらこちらとお歩きになって、お帰り遊ばしてもすぐ御寝おげしなられますと宜しいが、矢張お帰りがあると、御新造ごしんぞ様と同じ様に御両親が話をしろなどと仰しゃると
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)