たた)” の例文
「お姉さまの、お胸の肉附のいいところを、あたくしに平手でぺちゃぺちゃとたたかして下さらない? どんなにいい気持ちでしょう」
健康三題 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
堅い棒で肩をたたいたり、肋骨ろっこつをもんだりするのを、ただ読物のせいにばかりした。机によりかかっているからだと厳しくとめられた。
ヴァイオリンの奏する奇怪なレシタティヴォにつれて、伴奏のピアニストが、ピアノの胴を平手でたたくのさえ私は聴いたことがある。
惣兵衛ちやんは、ミツちやんのところへ飛んでゆくと、弓をミツちやんの手からひつたくり、ついでにミツちやんの頭を三つたたいた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
幸子はそう思って、抱かれた梅子が平手でぴたぴたたたいている姉の胸元の、まだたるみのない皮膚のつやと色の白さとを打ち眺めた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
にぎりこぶしで胸をどんとたたいたが、そのくせ、何があってはならないのかという点になると、自分でも見当がつかなかったのである。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
すると、縁側に近く、ぴしゃりとすねたたく音がした。それから、人が立って、奥へ這入はいって行く気色であった。やがて話声が聞えた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人が、訪ねて来たのだ! そう思ったときに、信一郎の心は、はげしく打ちたたかれた。当惑と、ある恐怖とが、胸一杯にち満ちた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何しろ、雷様ときては、怒りつぽく、よく空をごろ/\と、足をふみ鳴らして、雲の人たちの家をたたきまはるからむりもないわけです。
虹猫の話 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
わたしはなんとなく気まずい思いをして町田と顔を見合わせ、雨にたたかれている海の上に目を放ちました。とその時、紳士は突然
メデューサの首 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ぼんの十六日のつぎの夜なので剣舞の太鼓たいこでもたたいたじいさんらなのかそれともさっきのこのうちの主人しゅじんなのかどっちともわからなかった。
泉ある家 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
うして約束すると、刀のつかたたきながら云った信之助の声の方が、青年の話よりも強く鮮かに、もっと生々して耳によみがえって来た。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
右のほおを打つ者あらば左をもたたかせよというがごとき、柔順じゅうじゅん温和おんわの道を説き、道徳上の理想としてこれが一般社会に説かれたのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
大佐は幾度馬博士の肩をたたいたか知れません。知事も、郡長も、御附の人々も総立です。参事官は白いしなやかな手を振りました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それよりも今は大将のいう通り、ナポレオンをどこかの囲い場へ引っ張って行って昼夜兼行でみっしりたたきあげなくてはなりません
廻転ドアにわれとわが身を音たかくたたきつけ、一直線に旅立ったときのひょろ長い後姿には、笑ってすまされないものがございました。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と、肩をたたかれて、その辺の料理店レスドラングへでも入れば、探偵と検事だから自然話は、今世間を騒がせているビョルゲ事件に移ってくる。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
一心不乱に経文を読誦とくしょうしながら、絶え間なく伏せがねたたきつづけ、誰が言葉をかけても、きものがしたように振り向きもしなかった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
町の木戸が厳重に閉されていて番太郎ばんたろう半鐘はんしょうたたく人もいないのにひとりで勝手に鳴響いている。種彦は唯ただ不審のおもいをなすばかり。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
プロムナアド・デッキの手摺てすりりかかって海につばいていると、うしろからかたたたかれ、振返ふりかえると丸坊主まるぼうずになりたての柴山でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
岩石ヶ城の四天王の一人、白虎太郎はこう呼びながら、ふすまを静かにたたいたが室内はいびきの声ばかりで容易たやすく眠りから覚めそうもない。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
得たりと勢込んで紀昌がその矢を放てば、飛衛はとっさに、傍なる野茨のいばらえだを折り取り、そのとげ先端せんたんをもってハッシと鏃をたたき落した。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
出産の当時、この家の門をたたく者があったが、家内の者は混雑にまぎれて知らなかった。しばらくして家の奥から答える者があった。
いい気持で、睡っていた船員や火夫かふ達は、一人のこらずたたき起され、救助隊が編成せられ、衛生材料があるだけ全部船長室に並べられた。
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして空也上人の門流はそのかねに代うるに瓢箪を以ってしていたに過ぎないのである。されば通じては「たたき」と呼ばれたものであろう。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
もやい綱が船の寝息のようにきしり、それを眠りつかせるように、静かな波のぽちゃぽちゃと舷側をたたく音が、暗い水面にきこえていた。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
真暗な洋上で、僕は、何物かに、頭をコツンとたたかれたような気がして、はッ! として、失いかけていた意識を、取返すことができた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
太田が監房に帰ってしばらくすると、コトコトと壁をたたく音が聞え、やがて戸口に立って話しかけるその男の声がきこえて来た。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
わたしはその息子のために、あの置時計をってやりたかった。息子がそいつをパタンと地上にたたきつける姿が見たかったのだ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ヒステレーのこうじかかって来た細君は、浅井の顔を見ると、いきなりその胸倉に飛びついたり、瀬戸物を畳にたたきつけたりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
というたぐいの文句はまれに残っているが、今ではすっかり果樹の豊産を祝う式となって、小児はただ竿さおで地面をたたいて喜んでいるだけである。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのときはもう、うらにまわった透明人間が、物置ものおきからさがしだした手斧ておので、ガンガン、台所だいどころのドアをたたきこわしてるところだった。
カーン/\・カーン/\と、授業の始まるごとに合図の板木をたたくのは先生で、時には先生の奥さんが叩くこともありました。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家にきもののない時にはなたで縁側をたたこわし、それをたきぎにしたという人だった。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし彼はそんなことには頓着とんじゃくなく、よろよろとよろけながら一人の警官の卓の前に進んで行った、そして卓をたたいて叫んだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
しかしながら、独逸ドイツの為すところを見れば、あたかも自己の武器を以て自己の命をたたつぶそうという発狂、瘋癲ふうてんの境遇である。
大戦乱後の国際平和 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
当時の学生はだそういう政治運動をする考がなく、硬骨連が各自てんでに思い思いに退校届を学校へたたきつけて飛出してしまった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
絞殺したうえ顔面がめちゃめちゃにたたつぶしてあって人相は分からないが、推定年齢二十四、五歳、身長五尺二寸、頭髪の濃い色白の女で
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
娘は十二円ボーイに渡して、隣のテーブルの花瓶をとると、エイと土間にたたきつけて、ミジンにわって、サヨナラと出てきた。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
髪をくしけづり、粉白粉こなおしろいもつけて、また、急いで食堂へ戻つたが、網戸をたたく白い蛾の気忙きぜはしい羽音だけで、広い食堂は森閑しんかんとしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
顔を真赤まっかにし、眼に涙をめ、彼は土竜につばをひっかける。それから、すぐそばの石の上を目がけて、力まかせにたたきつける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
老爺おやじは火縄の手を休めて腰を立てると、武士は肩にかけた振分けの荷物を縁台の上に投げ出して、野袴のばかますそをハタハタとたた
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
二度三度とたたきつけた。堅い枯れた木の矢は、ずしんと音たてて挽き材の間にいこんだ。鋸は白い刃をさか立てておが屑のうえに落ちた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
我家といえども親がかり、毎夜のこととなると、そうそうおおっぴらにたたき起す気力がなくなって、立竦たちすくむことが多かった。
茶色の作業服は、青い作業服の肩をたたきながら言った。青い作業服の吉本は自分で自分が分からないらしく、首を傾けて考え込むようにした。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
藪は随分しげつてゐるが、雨はどしどし漏つて来る。八は絆纏はんてんのぴつたりはだ引附ひつついた上を雨にたたかれて、いやな心持がする。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夜叉は脚下にある鉄の鞭を取ってびしゃびしゃと腰のあたりをたたいた。肉が破れて血が飛び散った。馬は一声叫びながら前の方へ駈けだした。
令狐生冥夢録 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「あの人かはいさうに」と人さし指で自分のこめかみをトンとたたいて、「脳バイだつてうわさもあるわ」と、思ひがけないことを言ひだしました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「さあ、こんなものがそんなに欲しけりゃあいくらでも返してやる」と、山のような手紙の中から私の手紙をり分けて後向きにたたきつけた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ポンとひざたたいて、お妙の思いついたのが、いま金山寺屋に教えられた、その、神田帯屋小路の喧嘩渡世、茨右近という人。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)